07_闇の闇
翔太に何か策があるんだろう。
それを信じるだけだとして、今は犯人確保が最優先。
小川さん拉致の映像を追う事にする。
「由佳さん。行方不明者の現場を確認したいので出て来ます」
華音ちゃんはそう言うと、急いで部屋を出て行ってしまう。
行方不明者の消息が続々と分かって来てて、警察が順々に向かってる。
死亡推定時刻が分かれば、翔太の仮説の真偽も分かる。
『行方不明者の捜索は一区切りついたぜ』
「小川さんの行方はまだ掴めてないんですよね」
「ええ。探してはいるけれど、巧妙ね」
「翔太の推測が合ってるとしたら、ここが一番気をつけなきゃダメな所だから」
『殺害した順番とは逆に、小川を皮切りに順番に発見させてくって事なら、確かに』
「分かっているわ」
楓さんが分かってるわなんて普段は言わない。
焦るのも無理は無い。
この間にも、小川さんが殺害される可能性だってあるんだから。
ここまでやられた事なんて黒の御使いと久遠ぐらいだ。
元メンバーだったと仮定しても。
殺意が明確な意思を持ったから、行動に移してる。
最後まで遂行する為に。
『こうなったら犯行時刻前後に病院を出入りした人間を1人ずつ映像で追うしか無いんじゃないか?』
「時間がかかり過ぎるわね。それに、犯行直前に病院へ入ったとも限らないわ」
「同じ服装で病院を出入りした人物の特定なら出来ますか?」
「え? ……映像を見返せばそんなに時間はかからないと思うけれど」
「出入りで服装が合ってない人物を抽出すれば、かなり絞れますよね」
『そうか。違う服装で出る人はまずいない』
「……バッグや持ち物に気が回り過ぎていたわ」
「多分翔太は別の視点で動いてるんで、こっちはこっちで見つけましょう!」
神経衰弱の要領だ。
病院の出入りで人数が増えるだけだと、退院者まで含まれちゃうけどこれなら。
翔太から、テレビ電話のコールが鳴り響く。
全員が沈黙した。
車を走らせ、考えをまとめる。
まず犯人は、何かしらの方法で小川さんが目を覚ました事を知った。
それが殺人を行うきっかけになり、まずは目当ての人物を殺害。
最後に小川さんを拉致し、殺害した順番とは逆に発見させて行く。
この方法を実行できる人間は極僅かに限られる。
少なくとも、俺達が早期に見つけてくれるだろうと予測できる人物。
つまりPCPに詳しい人物。
そして、少なくともPCP本部周辺に住んでる人物。
マンションに入り、エレベーターで5階へ。
迷わず扉の前に立ち、インターホンを鳴らす。
「はい……。 あ、吉野さん。どうかされましたか?」
最近変わった事。
行方不明者以外に確かに存在した事柄。
そう考えた時、条件に見合う人物として真っ先に浮かんだ。
扉が開き、蒔世亮介が顔を見せる。
「息子が図書館にまで……重ね重ねご迷惑をおかけしてすみません」
「いえ」
蒔世さんが紅茶をテーブルに置きながら座る。
「それで、何かご用件が?」
「小川高久さんと言う方が、病院から拉致されました」
「何と……」
「そしてこの近所で起こった殺人事件。一連の事件の犯人が、貴方ではないかと考えています。蒔世亮介さん」
紅茶のカップを口に運ぼうとした手が止まる。
「いきなり何を仰るのかと思えば」
「黒の御使いの元メンバー」
視線が俺をまっすぐ見る。
「覚えていますよね。10年前の襲撃事件」
「忘れる訳が無い二大事件の1つです」
「あの事件の前に、メンバーから外された人達がいた。黒の御使いに望んで入った人達がそれです。古下さんもその1人。恐らくですが蒔世さん、貴方も。そして今から話す推理が合ってるとしたら、小川さんもメンバーだった」
「……荒唐無稽な話ですね」
「そうでもありません。小川さんは現在PCPのスタッフが身元引受人をしています。一連の事件がPCPに調べられる事を前提にされている事を知らないと、まず意味が無いんです。そしてPCPに裏切りは発生し得ない。そう考えた時、詳細まで詳しく知っている人間である事が条件の1つ。そして追跡の結果、PCP本部近辺に住んでいる可能性が高い事が挙げられます。この2つの条件に当てはまる人物は蒔世さん。私の知る限り貴方しかいません」
「PCPには力を貰っていると、申し上げたはずですが?」
「それは事実の内の1つでしょう。ですが私の昔の写真から、PCPと言う組織を連想できるのは、やはりおかしい。あれから10年経っているんです。知り合いでもない人間に初めて会って開口一番にPCPをご存じですよねなんて言わないでしょう。少なくとも確信を持てる何かがあったから」
「……」
「そう。最初から知っていたんですよ。私達の事を。警視庁襲撃前に、情報は少なからず聞いてた筈ですから。前々から、組織の幹部以上から目を付けられていました。それこそ、PCPを作る前から」
「なるほど。それらが全て事実だとすれば。私が犯人である可能性が0ではなくなりますね」
蒔世さんは紅茶を飲む。
俺は蒔世さんをまっすぐ見る。
「ですが、それは前々から私がPCPを知っていると言う証拠でしかないです。一連の事件を私が実行したと言う証拠では」
「いえ。私が蒔世さんを捕捉した時点で、証拠は見つけられます」
「……」
「お分かりですよね? 一連の犯罪は、消息を追われないように細心の注意を払って実行されています。ですが、今は私が蒔世さんを、ある意味捕捉した状態になっています。今度は蒔世さんから映像を逆算すれば」
「……小川さんの居場所も分かると?」
「そう言う事です」
「……町外れの廃墟に、寝かせてあります」
蒔世さんはそれだけ言うと大きく息を吐き、立ち上がって窓の外を見る。
今の会話はPCP本部に音声ライブで配信してるから、誰かが向かってくれるだろう。
蒔世さんの返答を待つ。
「これが二大事件を解決した、PCPの力……ですか」
「……何故、今になって?」
「二大事件の関係者に、復讐をする為」
「復讐?」
「黒の御使いに望んで入った者がいた事はご存じですよね」
「ええ。特別留置場にいる、幹部から聞きました」
「黒の御使いによって救われた者が、組織に陶酔して加入した」
「貴方は、違うと?」
「婚約者が自殺したんです。彩茅の親友が、過去に激しいいじめを行った。いじめられた人物は、世界的な音楽家となった。ある日、黒の御使いによっていじめに対する復讐が行われた。そのやり方は惨いの一言だった。親友だけならいざ知らず。彩茅にまで及んだ。周りの関係者をどん底に突き落とす事によって、本人を嬲るつもりだったのでしょう。その末に自殺した。いや、殺されたと言って良い」
「……その復讐をする為に、機会を伺っていたと?」
「いえ。それまでも定期的に殺害していましたよ。人知れずと言うだけで。行方不明として処理された事件の方が多いです」
……後で調べてみる必要がありそうだな。
「だが、私が殺害したのは陶酔したバカ共だけだ」
「……」
「自分の全てを捨てて相手をどん底に落とすのは理解できる。自分の今後も全て捨てると言う事だ。それに対して私が何か言う権利などない。だが、陶酔した連中は何だ? 何も捨てず、そして誰かをどん底に叩き落す。こんな連中に彩茅が殺されたと思うと、その気持ちが分かるか!? ただ自分の持ってるものを捨てる事が出来ない中途半端な連中が、面白半分で他人をどん底に叩き落すこの無責任な行為を許せるのか!?」
「小川さんも、その1人だったと」
「……そうです」
「殺害しなかったのは何故です?」
「彼が独自に仲間にしている連中がいると聞きましたから。それを聞きだしてから、殺す」
「殺害する為に連れ去ったのなら、何か口実を作って嘘を伝えた。そうですね?」
「貴方の意識が戻ったと知って、殺害しようとしている人がいると伝えてね」
「……有村秀介に妹がいると」
「兄が犯罪者だと言う噂を流したのは黒の御使いですよ? 知らない訳が無いでしょう」
……それを利用したって事か。
1つ疑問が残る。
「玖芦君を引き取ったのは何故? 彼は何も関係ない筈だ」
「PCPの事、そして消息不明のメンバーを怪しまれる事なく調べる為ですよ。表向きは玖芦の両親を探す為。両親探しのついでに探して貰えば、目立つ事なく捜索が出来る」
「……普通に生きているだけの人物が探偵を頼るなど、おかしな話だからと言う事ですか」
「ええ。それほどに万全を期さないと貴方に防がれてしまう可能性がありますから。ですが、これは大正解でしたよ」
「……どう言う事ですか」
「私の事を理解できる、たった1人の子供である可能性と言う事ですよ」
たった1人の大切な人の為に。
自分が10年汚れる事を決意したこの人の心の闇は計り知れない。
復讐に取りつかれながらも、考え抜かれた狡猾な手口。
だけど。
「貴方も大切な人がいるなら分かる筈です」
「分かります。ですが、私達はそれを許さない。善悪は価値観じゃない。ルールだから」
「……そう言うと思いました」
言いながら素早くナイフを出し、俺に向ける。
反射的に俺は立ち上がり、後ろに下がる。
「ですが、殺人を最後まで遂行する為に、まだ捕まる訳にはいかない」
素早く窓を開け、飛び降りる蒔世さん。
ここ、5階だぞ!?
ベランダに出ると、フックにかけられたロープ。
……準備してたって事か。
「由佳! 聞いてたよな?」
『もう追ってるわよ!』
『今倉田さんに連絡したわ』
「……華音ちゃんは?」
『行方不明者の現場へ向かうってちょっと前に出て行ったわ』
「……え?」
行方不明者の現場には警察を向かわせた方が良い筈。
わざわざ華音ちゃんが現場を見に行った……?
「俺が出た後か?」
『え? ええ。翔太君が出てから大体10分後位かしら』
やばい!
この会話はPCPに音声ライブで配信してる。
そしてそれはPCPメンバーならスマホでも聞ける。
って事は華音ちゃんの向かった所って……!
急ごうとすると、玄関の扉が開く。
入って来たのは玖芦君と由翔、それに姉ちゃんだった。
「あ! 爺! サボってんじゃねー!」
「あんた、ここで何してんの?」
「僕のうちで、何かされていたんですか?」
……最悪のタイミングだ。