06_継承
「だから、玖芦君が乳児院に引き取られた詳しい日付が必要だよ」
「うーん……。 確かに必要だけど、聞かないと流石にわからないよ」
「とにかく、子供を乳児院に引き渡すって相当な事だと思うんだ。だからその辺りの記事を片っ端から見てこうよ」
「効率的じゃないよそれは流石に。僕は別に構わないけどさ由翔君」
「フォトグラフィックメモリーなら俺だって出来るから大丈夫だよ」
「あ、そうなんだ」
「何だよまた自画自賛かよー」
「ごめんごめん。で、図書館の後だけど」
……こんな感じの会話がさっきから後部座席で展開されてる。
由佳ちゃんが倉田さんと行く所があるって言うから半ば強制的に子守を引き受けさせられた。
由翔だけでも訳が分からないってのに、更に訳の分からない子が来てあたしにはついて行けない。
天才同士の会話ってやつなのかもしれないけど。
とにかく図書館へ連れてけってうるさいから車で向かってる。
何でも、玖芦君の生い立ちを調べる為に図書館へ向かうみたいだけど、図書館って発想がそもそも分からない。
昔の新聞記事を確認するとかなんとか。
着くや否や2人は走って入口へ向かってしまう。
心配は無いと思うけど、一応周囲を警戒しながら歩いて後を追っていく。
既にカウンターで昔の新聞記事をお願いしてるみたいだ。
つまり、あたしはただの運転手だったと言う訳だ。
今日はたまたま仕事も休みだったから良いんだけど。
何とはなしに雑誌コーナーを見ると、格闘技の雑誌が目に留まる。
格闘技を始める女性が増えてる話は楓が話してたっけそう言えば。
……。
まだ、未練があるんだろう。
じゃなきゃ料理雑誌を適当に見てただろうから。
「なあなあ優子おばさん」
「一応楓と同い年なんだけど」
「あいつ色気だけはあるじゃん」
「だけってあんたね……。 んで、どうしたの?」
「皇桜花ってどんな奴だったんだ?」
「……」
振り返ると、玖芦君もこっちに来てた。
「二大事件って言われていますけど、黒の御使いの事は殆ど分からないって義父さんも言っていました」
「おばさんも当事者だったんだろ? 記事を探して貰うまでの間に聞きてーって思ってさ」
「……知ってどうすんのよ。あんた達」
「どうするかはわかんないよ。だって聞いてねーもん」
「あのねぇ……」
「僕はどうして人が争ってしまうのかを知りたいです。そして、それを無くしたいって」
……昔の翔太みたいな事を言う子だと思った。
犯罪を無くしたい気持ちが今の状況を作ったんだと懐かしい気持ちになる。
由翔にまだそれが無いのも無理は無いけど。
って言ってもあたしはあたし視点でしか語れない。
「とりあえず座ろっか。近くに喫茶店もあるし」
「ありがとうございます!」
「俺コーラフロートが良い!」
「静かにしなさいあんたは」
……昔話か。
席に座り、普段飲まないホットコーヒーを頼む。
「って言ってもあたしはリーダーだった皇桜花と何回か戦ったってだけよ」
「戦った? 拳銃とかじゃなかったの?」
「拳銃位は避けられるわよ一応……」
「当たり前では無いと思います……」
「とにかく、武力であいつに対抗出来たのがあたしだけだったって話。そこから受けた感じでしか話は出来ないけど。あいつは常に死と隣り合わせで生きて来た。だから自分が怪我をする。血を流す程度じゃビクともしなかった。それ位に芯が強かったのか、異常だったのかは分からないけど」
話している優子お姉さんの表情は、遠くを見ていて、どこか柔らかい表情だった。
二大事件の主犯と戦ったにしては、首を傾げたくなるような表情だと思った。
「とにかく強かった。それに苛立ちもした。こんな力を持ってて何故悪事に手を染めたのかって」
僕は静かに耳を傾ける事にした。
由翔君も、簡単に割って入って良い話ではない事を悟ったみたいだ。
「そりゃあ半世紀にも及んだ心の闇を幼い頃から聞かされて、それまでは親に殺されそうになってた奴がまともでいる事の方が無理かもしれないけどさ。ああ、こいつがあたしの近くにいればなぁって。頭の良さの方は分かんないけど、それでももっと別の立場で戦ってみたかった……かな。勿論倉田さんには散々釘を刺されたけど」
どこか晴れやかで、どこか寂しそうな、そんなアンバランスな表情。
「おばさんは、ライバルが欲しかったんだな」
「はは。そうかもしれない」
ライバル関係が人を強くすると言うのは聞いた事がある。
勉強する事は楽しいけど、由翔君と話をした時間は、それとは比べ物にならない位楽しかった。
同じ目線で物事を語れる人を求めるのかもしれない。
優子お姉さんを見て、そんな事を思った。
「番号札2番でお待ちの吉野由翔君。吉野由翔君」
「あ。ほら呼ばれたわよ。調べ物があるんでしょ」
「ここまでアナウンスしてくれるのスゲー」
「内設のカフェなんだから当たり前でしょ。さっさと行く!」
コーラフロートを飲み干す由翔君を見て、慌てて僕もオレンジジュースを飲み干す。
優子お姉さんは僕を見て頷き、湯気の立っていないコーヒーを啜った。
由佳からの連絡で、黒の御使いに自ら進んで加入を希望した人物がいる事が分かった。
いわゆる例外。
警視庁襲撃前に、何かあったんだろう。
多分小川さんもそれに関わってるから拉致された。
「だとすると、殺害されている可能性が高いわね」
「いや、殺害が目的なら意識が戻った後で拉致なんて面倒な事をする訳が無いだろうな」
「小川から、何か情報を掴もうとしてる可能性ね」
「1ヵ月前までの行方不明者は古下さんを含め、3名いました」
『……3人は確かに多いな』
「引き続き調べてくれ。華音ちゃん」
「はい!」
「病院から運び出されたような台車、車椅子なんかはとりあえず無かったわ」
「ドラムバッグとかの一見すると人が入ってないようなカバンとかならどうだ?」
「確認してみるわね。翔太君」
小川さんを連れて何か情報を得ようとしてる可能性は分かった。
後はどこへ連れて行くつもりなのか。
これを考える。
犯人はPCP本部周辺に住んでる可能性がある。
その仮説が正しければ、まずは自分の家に連れて行くだろう。
連れて行ってしまいさえすれば、いかようにもやり方はある。
或いは別の場所を借りて、そこへ連れて行こうとしてるのか。
『一応、ホテルは調べてみます』と合捜班の方が言ってくれた。
この辺りのホテルは駅前を含めれば10件。
後は最近借りられた倉庫か廃墟か。
……違う。
前提条件がおかしい。
「楓。小川さんが拉致された時の状況をもう1回聞かせて欲しい」
「良いけれど……どうしたのかしら」
「病院内で、目撃者はいなかったんだよな?」
「ええ。夜の検診の時はいつも通りだったって言っていたわ」
「そうだ。目撃者がいないのがおかしい」
『気付かれないようにしたんじゃないのか?』
「どうしても最初に会わないといけないだろ? その時に大声を出されたら気付かれる。それが無いのがおかしい。つまり」
「小川さんは自分から連れて行って貰った可能性がある……と言う事ね?」
「その可能性を考えといた方が良い」
「でしたら、途中でバッグから出たか、変装して2人で病院を出た可能性も考えられますね」
『了解!』
皆が行動をしてくれてる間に考える。
両小指を絡め、手を口元に当てて。
ここまで考えて疑問が残る。
小川さんの居場所をどうやって掴んだのか。
ここまで仮説を立てても、この部分だけがどうも納得が行かない。
偶然知れる訳が無い。
それに。
今までの方法は小川さんが拉致された事を、PCPがすぐに知る事が前提の方法だ。
そこまで情報が漏れたとは思えない。
情報が公開されて無かった訳じゃないから、知ろうと思えば知れる。
ただ、かなり詳しく調べないと知れないのは事実。
……まさか。
「遅れてごめんなさい!」
「詳細は翔太君から聞いているわ」
「こっちの状況は作業しながら聞いて下さい由佳さん!」
由佳が戻って来る。
俺は踵を返す。
詳しい事は後で話すと由佳に伝えて。
新聞に書かれたニュースを細部までチェックしたけど、関係がありそうな記事は特に無かった。
行方不明、殺人事件、事故。
ありとあらゆる情報を探した。
由翔君もいてスムーズに調べる事は出来たけど、やっぱりと言うか。
そう簡単には分からない。
由翔君は両小指を絡め、手を口元に当てていた。
奇妙な癖だなと思った。
「由翔君はいつもそうやって考えるの?」
「ん? 単に爺の真似してるだけだよ」
「どうして真似してるの?」
「大切なものを守る為のポーズだから」
「え?」
「今は形だけで良い。それがいつか本物になる」
8歳とは思えない凄みを感じた。
「って、婆が言ってたんだ」
ニカッと笑う由翔君。
「でも、結局有力な情報は無かったね」
「うーん……。 本当にそうなのかな」
「何か気になったの?」
「だって生まれたばっかりの玖芦君を預けるって、よっぽどの理由が無いとしないよ?」
それは……そうかもしれない。
どんな理由があるにせよ、その理由が軽い訳が無い。
少なくとも、僕はそう信じたい。
「余程の理由があったのに、事件が無い……」
「新聞に載らない事件ってあるのかな?」
「え?」
「新聞って事件全部を載せれるのかな? って思ってさ。新聞社っていくつもあるけど、どこも内容って似たり寄ったりだよね。書き方が違うだけで。だからそれで全部の出来事をまとめるって、出来ないんじゃないかなって」
「そう……言われてみれば、載せきれない事件だってあるかもしれないけど、そうだったらもう調べようが無いと思うよ」
「PCPにまとめたフォルダがあったよ」
「今は忙しいんじゃない? ほら、由翔君のおばさんだって朝から出かけてたし」
「邪魔しなければ大丈夫だよ」
「終わったの? あんた達」
「うん! って訳でPCP本部に連れてってよおばさん!」
「ああ!?」
「新聞に書いてなかった事件とかも、あそこならありそうじゃん!」
「出前のピザ頼むようなノリで行ける場所じゃないっての! 第一あたしは楓に許可取んないと中に入れないっての」
「……取って頂けませんか?」
「玖芦君。あんた意外と図々しいのね……」
やれる事がまだあるのと、一緒に探してくれる友達がいる事で、僕自身もやる気が出て来てるんだろう。
優子お姉さんが言ってたライバルとはちょっと違うかもしれないけど。
お姉さんは頭を掻きながら、ため息をつく。
「とりあえず、電話するだけはするわよってだけよ」
図書館を出るなり、電話をかけてくれるお姉さん。
ふと、僕は疑問に思う。
メディアに出ない事件ってどんな事件なんだろう。
そういう事件があったとして、僕の両親に関わってるなんて可能性があるのかと。