表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/12

03_許しと償い

 企業関連の検索に、古下さんの名前は引っかからなかった。

と言う事は、過去に何かがあったんだろう。

何かを特定する術は、今の所分からない。

モニターに倉田さんの顔が表示される。


『華音君、何か分かったか?』

「こちらは企業関連の恨みの可能性は低そうって事位です」

『とんでもない事が分かった』

「とんでもない事?」

『古下は。黒の御使いのメンバーだったようだ』


 息を呑む。

流石に黒の御使いのメンバー全員が死んだとは思ってなかったけど。

……完全に、終わった訳じゃなかったって事。

でも……。


「どうして今になって?」

『現時点では何とも言えないが、犯人も黒の御使いの元メンバーだった可能性がある』

「分かりました」


 黒の御使いが?

多分、黒の御使いの元メンバーだと仮定すれば、何故それを知る人物がいたのかって仮定にたどり着く。

だから古下さんを殺害した犯人も黒の御使いのメンバーだった可能性が高いって事だろう。

そうだとすればこの流れるような手口にも納得が行く。


「倉田さん。だとしたら犯人は下水道を使って逃走してるかもしれません」

『なるほど。直ちに向かわせる』

「10年経っても基本的な水道構造は変わらないです。ただ、そうなると私1人では追うのに時間がかかりますが、やってみます」

「あら。人手が必要なようね」


 振り返ると、森田さんと桜庭さんが入って来た。


「有村様。私もお手伝いさせて頂きます」

「もう様は良いですって言ってるんですけど……」

「2人増えれば問題は無いでしょう?」

「CEOも手伝ってくださるんですか?」

「残念だけれど、私は別の人物を探すわ。それと倉田さん。警察には連絡させて頂きましたけれど」

『どうした? 桜庭君。そっちでも何かあったのか?』

「ええ。ですが……」


 何故か桜庭さんは言い淀む。


「情報は必要だ。共有した方が良い」


 桜庭さんが深呼吸をする。


「入院患者の小川高久が行方不明になりました。この事件と関わっている可能性もあるので、ここでもご連絡させて頂きますわ」

『小川高久……』


 私を見てハッとした倉田さんは、ただ『分かった』と言うだけだった。

でも、だったらもう1人って?

モニターに映された人物に納得する。


「久し振りね。榎田健文さん」

『翔太の野郎も言ってましたけど、確かにでたらめですよね。こんな形でPCPに関われるなんて』



 PCP本部。

本部があると言う事は。

通常であれば支部も存在するだろう。

けれど、PCPに支部は存在しない。

あるのは暗部。

刑務所内からモニターを見て指示を出せる権限を持った人物。

通常の刑務所業務を全うし、尚且つ緊急時には社会貢献の為に協力して貰う。

代わりに、刑期が軽くなる。

PCPの実績が無ければ成し得なかった離れ業。

けれど成功させると誓ったから。

彼がPCP暗部第2課代表。

榎田健文。

翔太君の幼馴染。

風船村で殺人を犯し、今なお服役中だけれど、犯罪に対する考え方を聞き、協力をお願いした。


「犯人の追跡範囲を拡大。更に被害者の追跡を手分けして行って頂戴」

『了解』

『協力、感謝する』


 倉田さんからの通信が切られる。

犯罪は許してはいけない。

けれど、犯した罪を償おうとする気持ちを大切にしなければならない。

犯罪を無くしたい願いは大切にしなければならない。

犯罪を防ぐのに肩書なんて必要無い。

犯罪に感謝する人間がいる事も。

私達は知ってしまったから。

久遠が犯した事件に、感謝を述べた人がいる事を知っている。

森田さんと榎田さん、華音ちゃんで分担すれば見つけ出す事は出来るだろう。


「さっき来た連絡って、小川さんって人の事だったんですね」

「そう。病院からいなくなったって連絡が来たのよ」

「と言う事は、桜庭さんが身元引受人って事になってるから、ですよね?」


 デスクに座り、中央病院付近の映像をピックアップする。

華音ちゃんはこちらを見ず、手元も忙しなく動いているけれど、意識がこちらに向いているのが手に取るように分かる。


「小川さんが倉田さんの名前を出した時、私の方を見たのって何でだったのか、分かりませんか?」


 知りませんか?

ではなく分かりませんか?

事実確認ではなく、意味を聞いているのだろう。

事実を私が知っている前提で、聞いている。


「何か仮説があるのなら、聞くだけは聞くわ」

「私が初めてCEOに会ってから、入院してる誰かの身元引受人だなんて話、聞いた事は無いです。であれば私が目を覚ます前って事ですよね」

「……それで?」

「ここからは資料を調べただけです。想像でしか無い。私が目を覚ます前に翔太さんが解決した事件で、1人だけ奇跡的に生還した人がいたんです」


 ……。

そう……。

やっぱり知られてしまっていたのか。

予感はしていたけれど。


「10年前なら誤魔化せたでしょうね」

「当てずっぽうで言っただけですよ」

「その謙虚な物言いも。 ……変わったわね」

「やっぱり、小川は……」

「そうよ。有村君の事件で、生き残った人。それが小川高久よ」


 PCの操作音が止む。



 食事の後も、由翔君とはゲームしたり、喋ったりした。

ゲームはお互いの読み合いで勝ったり負けたりして面白かったし、お喋りの内容は好きな哲学者について語った。

オイラーが好きって思ってたら全然違っててビックリしたけど、デカルトの話は面白かった(そもそもオイラーは哲学者ではないけど)。

神の存在証明とか有名な言葉『Je pense, donc je suis』位しか知らなかったけど、人間自体を知っていくと病弱な体質を逆に利用して学問を学んで行ったのが、逆境を跳ね返してるみたいで良いよねと由翔君は言っていた。

あまりにも話が盛り上がったからか、今日は由翔君の家に泊めて頂ける事になった。

義父さんからは迷惑をかけるんじゃないぞとだけ言われ、今は由翔君のベッドに2人で寝てる。

おじさんは仕事だからと外出し、おばさんは後片付けをしている。


「玖芦君って本当にPCPに興味があるだけ?」

「そうだよ。どうして?」

「お父さんと挨拶したって事は、お母さんっていないんだよね。それに、施設でずっと思ってたって言ったよね」


 思わず起き上がり、由翔君を見てしまう。

由翔君は特に気にした様子も無く、僕の方を見てくる。


「それだけじゃないよね?」


 ……素直に凄いって思った。

目の前の男の子が8歳である事を忘れそうになってしまう。


「僕は児童養護施設で育ったんだ」

「だから施設って言ったんだね」

「そうだよ。僕が8歳の時に今の義父さんに引き取られたんだ。施設を出て、僕の本当の父親と母親が誰なのかを知る為にね」

「おじさんは知ってるの? その事」

「うん。言ったよ。そしたら協力してくれるって」

「でも、まだ分かって無いんだよね」

「そうだね」

「ねえ」


 由翔君は嬉しそうに起き上がる。

まるでPCPを知った時の僕みたいに。


「俺達も探してみようよ!」

「え? 僕達だけで?」

「ううん。色んな人に聞いたりもするよ。でも、図書館で調べたりもさ。出来るじゃない」

「図書館で調べるなんて無理じゃないかな」

「過去の新聞を調べれば良いじゃない!」

「……要は色々やれる事があるって事だね」

「明日はPCPを見学させて貰ってさ、明後日から調べてみようよ!」

「分かった。じゃあ今日はもう寝よう」

「うん! お休み玖芦君!」


 由翔君は嬉しそうに頷いて、すぐに寝息を立てた。

僕の本当のお父さんとお母さん。

別に捨てられたって言う感覚は無い。

ただ、真実を知りたい。

でも。

もし本当に捨てられたんだとしたら?

僕はどう思うのだろう。

真実を知った時に、僕はどう思うのか。

そこが少しだけ気になった。



 きっと当時の私がこの事を聞いたなら。

余計にふさぎ込んでいた、或いは小川を殺そうと考えたのかもしれない。

それほど余裕が無かった自覚はあるし、何も聞きたくはなかったのは事実。

だから私の気を使って、言わない決断を皆でしてくれた事は考えるまでも無い。

それだけ信頼してる。

けど。


「小川の行方を探して、どうするつもりなんですか?」

「これ以上の犠牲者を出させないようにするのよ」

「それだけは協力出来ません」


 資料通りなら。

小川は私達の両親を飲酒運転で殺害した張本人。

今までは植物状態になってたから何も思ってなかっただけど!

……その人を助けたいかはまた別の問題。


「黙っていた事についてはごめんなさい。謝るわ」

「それは私に気を使って頂いての事なので気にしてません。ですけど!」

「貴女がいないと事件解決は出来ないと思うわ。お願いよ華音ちゃん」


 呼吸が荒くなる。

館華さんと話して、犯罪者の視点に立って物事を考えられるのが私だけだと思った。

でも私は犯罪者の視点に立つ事が出来ると同時に。

被害者だ。

過去があったからこそ今がある。

それは理解してる。

でも、許すかどうかは別。


「私は小川を許す事は出来ません」

「華音ちゃん……」

『許さなくても良いんじゃない?』

「……え?」


 口を開いたのは榎田さんだった。


『ごめん。口挟んで良いか迷ったんだけどさ……』

「大丈夫よ。榎田さん」

「……犯罪を、肯定する事ですそれは」


 否定して、私を外して欲しかった。

そんな事をしてくれる人達じゃないのは分かってるけど。


『俺もさ。幼馴染を殺した奴を殺した。2人殺そうと思ったけど、1人は翔太に止められたんだ。だからそいつは服役中だけど、今も生きてる』

「……」

『正直、今でもそいつの事は許せない。でも、罪は償ってる』

「……どう言う事、ですか?」

『あいつに許される為に償う訳じゃない。許されようとも思ってない。だから華音ちゃんは許さないで良いと思うんだ』

「そんな訳……」

『恨みがある奴と殺されそうになった奴。相容れる訳が無いよ。それにさ』


 榎田さんは目を閉じ、しばし沈黙した。

どこか晴れやかな笑顔で。


『翔太に犯行を暴かれて自首を決めた時に、生きるって決めたからさ』


 本当は死ぬつもりで……。

だから翔太さんは助けた。

兄さんを重ねて。

榎田さんは助けられた。

それに呼応し、涙が流れた。


 救われた気がした。

助ける事は許す事じゃない。

許さなくたって良い。

そう言われて。

本当に救われた気がした。

ハンカチを渡される。

桜庭さんは目を閉じ、ゆっくりと頷いた。

私はゆっくりと涙を拭き、ハンカチを桜庭さんに返して頬を2回叩く。


「被害者と犯人の映像をさかのぼって下さい!」

「了解致しました」

『もうやってるぜ!』

「私は小川を追うわ」

「小川がもし生きていたら。翔太さんとCEO立ち合いの下、1回会わせて欲しいです」


 小声で。

しかしハッキリ言った私の言葉に、桜庭さんはゆっくりと頷いた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ