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02_由翔と玖芦

 小川高久の病室はカラになっていた。

1ヵ月ほど前に意識を取り戻したと連絡は受けていた。

ようやく起き上がれるようになったばかりだった筈。

1人でどこかへ行くなど不可能。

であれば他の人物が彼を連れて行った事になるけれど……。

誰が、何の為に?

トランプ館での事件の発端となった飲酒事故について聞けるような状態でもなかった彼を、どうして……。

小川高久は、華音ちゃんの家族を飲酒運転によって死なせてしまった張本人。

その復讐として華音ちゃんの義理の兄である有村秀介君によってヘリを墜落させられてしまい、奇跡的に一命は取り留めたものの、植物状態になってしまった。

小川高久の事は華音ちゃんだけには言っていない。

翔太君らと話し、余計な情報を与えるべきではないと判断したから。

前に進むと決めた華音ちゃんが立ち止まってしまわないように。

強がってはいるものの、とても脆い子だから。

仮定を立てる事すらバカらしい事だけれど、華音ちゃんが連れて行った可能性は0。

そして小川に家族はいない。

だから余計に誰が連れて行ったのかが分からない。

翔太君に電話をしてみるけれど、留守電に切り替わってしまった。

子育ては私達の想像以上に大変だろう。

詳しい話はまた明日にするとして、現状を考える。

看護師の話だと、18時の定時検診の時はいつも通りだった。

だとすれば、その後。

幸い、病室には小川以外がいない為、忍び込む事自体は難しくはない。

逆に言えば、面会時間が過ぎたこの時間に連れ去る事は、忍び込まない限りは不可能。

そこまでして連れ去る理由があったと言う事。

警察を呼ぶべきだろう。

私は看護師に許可を貰って110番し、警察に事情を伝える。

念の為、PCPでモニターをさかのぼってみた方が良いだろう。

人を連れた人物を追うのであれば、華音ちゃんに小川の事情を伝える事無く出来る。

今は事件が解決したばかりだから自由に使えるだろう。

私は華音ちゃんに電話をかける。


『もしもし?』

「華音ちゃん私よ。一つお願いがあるのだけれど」

『すみません。殺人事件の調査で忙しくて、手短にお願いします』

「殺人事件?」

『詳細はさっきグループLINEに送りましたから確認してください』


 通話が切れる。

殺人事件の調査なんてさっきまでは無かった筈。

それにあの切羽詰まった声音。

緊急事態だろう。

戻って自分で調べるしかなさそうだ。

LINEを確認する。

PCPからそう遠くはない場所。

けれどこの文面、詳細を見る限り、華音ちゃんがあんなに慌てる事にはならないだろう。

余程の事が起こっている。

……そして今のこの状況。

訳が分からない事が起こっただけなのに、証拠らしい証拠が何も残っていない。

言いようの無い不安。

身の回りで立て続けに事件が起こっている。

翔太君が以前に言っていた。

同じ地区で立て続けに事件が起こったならば、それは関係してると考えた方が良い。

現状がまさにそう。

直感が告げている。


 この2つの事件は関係している可能性が高い。


 何か分かったら警察から連絡をお願いと、看護師に名刺を渡す。

小川の事が、華音ちゃんに知られる可能性を考えながら。



 古下則次32歳。

工場勤務。

勤務態度は極めて良好。

殺害された事に、同じ職場の人間は驚いていた。

華音君から犯人追跡が困難である事を告げられる。

嫌な予感がすると華音君は言っていた。

1課だけではなく、合捜班も加わって緊急捜査本部が立ち上げられた。

それを指揮するのが私、倉田拓也だ。

現場周囲の聞き込みを重ねながら徐々に捜査範囲を広げてはいるが、どうにも後手に回らされているのは拭えない。

華音君の映像が音声とともに表示される。


『倉田さん。犯人が立ち寄ったデパートがあります。向かって頂く事は可能ですか?』

「場所を教えてくれ。鑑識も向かわせよう」

『多分荷物を持った人物が確認できていないので、犯人が残したままだと思います』

「ありがとう。もうやっているだろうが、被害者の動きを追ってくれ」

『何かわかりましたら追ってお伝えします』


 これだけ目撃者がいない状況で残された証拠。

何も痕跡が見つからない可能性はあるが、そんな事を言っている状況ではない。

被害者の動き次第だが、一つ気になる事があった。

古下の過去についてだ。

職場の同僚は誰も知らず、聞くと言いにくそうにしていたそうだ。

ここから何か掴めないだろうか。

華音君の情報を基に整理した場合、職場関連の話ではない可能性がある。

そうした場合、本人の過去に何かがあったパターンが可能性として挙げられる。


「倉田警視監! すぐに我々が!」

「いや、電話で問い合わせよう。君達も現場へ向かってくれ。一刻を争う可能性もある!」

「はっ!」


 とにかく時間が惜しい。

市役所に問い合わせる。

通っていた大学名を教えて貰い、次は大学へ。

だが、大学は在学中に除籍処分となっていた。

自主退学ではなく、除籍?


「何故、古下さんは除籍となったのでしょう?」

『いえね。革命の時だなんて言ってたらしいんですよ。その時は何の事かさっぱりだったんですけど、あったじゃないですか二大事件。どっちかの組織に所属してるらしいって噂が流れたんですよ』

「な……!」

『今となってはどっちだったのかは分からないんですが……』


 職員に丁寧に礼を言い、通話を切る。

古下が黒の御使いのメンバーだった?

だが、久遠らによって黒の御使いのメンバーは大半が殺害された筈。

……生き残りがいたと言う訳か。

だが、犯人はどうやってこの情報を知った?

考えられる答えは2つ。

独自の調査で真相にたどり着いた。

もう1つは。

犯人も黒の御使いのメンバーだった。

翔太君に電話をかけるが、つながらない。

由佳君も同様。

何か事件に巻き込まれている……と言う訳ではなさそうだが。

解決となった二大事件。

だが、残火は確実に燃えていたのかと、不安に駆られる。



 せっかくだから蒔世さんを家に招き、食事をする事にした。

……何よりPCPを何故知ってるのかを聞きたかった。

由佳も同じ気持ちだろう。

由翔は玖芦君とテーブルにつき、何か話してる。

そんな様子を蒔世さんは嬉しそうに眺めてた。


「蒔世さんはPCPに興味がおありなんですね」

「いえ、実は興味を持ってるのはこの子でして」

「はい。義父から二大事件の事を聞いて、興味を持ったんです」

「あそこなぁ。PCあるだけであんま面白くないよ」

「息子さんも出入りされているんですか?」

「あ……いえ、妻も働いているので、託児所に預けるよりはと」

「そうなんですね」

「もし良ければ、見学させて頂きたいと思っています」

「それはそうと、PCPをどちらでお知りになったんですか?」

「インターネットに情報はあると思いますが?」

「それが我々だと、何故? HPには名前も顔も公開していない筈です」

「ああ……それですか……」


 蒔世さんは納得したように頷き、スマホ画像を俺に見せる。

それは、久遠と星さんと俺が飛び降りている様子の画像だった。

……なるほど。

警察の中にいる若者と、今あるPCP。

この2つを結び付けたって事か。


「当時の私は感動しました。世間を相当に騒がせた二大事件! それを追ってたのが当時の貴方達のような若者だって事に! 私も当時は学生でしたから私も若者ではありましたが、皆さんの活躍に感化されたと言っても過言ではありません!」

「は、はぁ……」

「生きるエネルギーを常に頂いています! これだけ大きな活躍なのに、メディアでは一切取り上げられない! だから私は独自に調べる事にしたんです! すると何でしょう! 事件が起こる前に解決されてしまっているケースさえ存在している! 人知れず去るヒーローのごとく!」

「お、お義父さん……」

「あ、いやはや……これは失礼しました」

「確かにこの画像からであれば予測する事は可能ですね。それに事件についての情報は非公開と言う訳でもないので、そこまで熱心に調べて頂いてお恥ずかしい限りです」

「僕も義父さんからこの話を聞いて、お話を伺いたいと」

「だめだよ」


 その一言に、俺を含めた全員が黙る。

由翔の声だった。


「あそこは皆が命を賭けてる場所なんだ! 興味があるだけで見学しようなんて思うんじゃねえ!」

「由翔君……」


 確かに由翔は口は悪いけど、あそこで仕事の邪魔は一切しない。

それを興味本位で覗かれる事に我慢ならなかったんだろう。

俺は静かに由翔の頭を撫でる。


「あ、これは失礼しました……」

「いえいえ。ただ、情報漏洩も考えられますし、見学はちょっと難しいですかね……」

「本気なら、見学させて頂けますか?」

「え?」


 玖芦君の一言に、また全員が沈黙。

物腰の柔らかい子だと思ってただけに、意外だった。


「僕は本気で犯罪について考えています。何故喧嘩が無くならないのか、施設でずっと思っていました。こんな悲しい気持ちになるのに、どうして止めないのか。だからその心理を知りたい。知った上で止めたい。そう本気で思っています」

「詭弁だな。第一PCPじゃなくて良いじゃねーかよ。喧嘩止めてーなら止めれるだろ」

「でも、犯罪は止まらないよ。喧嘩は最初のきっかけだよ。勿論止めたいと思ってるけど」

「でもお前、まだ子供じゃん」

「き、君だって子供じゃないか。僕は11歳。多分君より年上だぞ」

「俺は8歳だ!」

「ほらやっぱり! 僕の方が色々知ってるよ」

「8歳なんて人間が与えた単位だ! 神様と爺婆が俺に授けたのは1人だ! だから神の前に人は平等なんだぞ」

「キリストみたいな事を言うんだね由翔君。爺婆は置いといて……」

「第一、俺は数学オリンピックに出れる位には天才だ。年なんて関係ないね」

「僕だって東大受験問題レベルなら分かるよ」

「ならオイラーは何が凄いと思ってんだ?」

「やっぱり微積分分野への貢献じゃないかな。公式だけで言ったら数知れないし」

「オイラーの公式って言わねーんだな」

「正確には別の人が発見してるからねあの式は。証明したのはオイラーだけど」

「でも、俺は違うと考える」

「じゃあ、由翔君は何が凄いと思ってるんだい?」

「アウトプット能力だ。何故数多くの天才が理解されなかったのか。それはアウトプット能力に乏しかったからだ。その内面を誰も理解する事が出来ない。オイラーは違う。さっき玖芦君が言った公式だって、きちんと形にする能力があったからこそ日の目を浴びた。言わばオイラーは天才を理解する天才だったと俺は考える」

「……確かに、彼の論文は未だに発表されていないものもあるらしいし……それでも足りえなかった。文字と言う概念でオイラーを留める事が出来なかった……」

「それほどの天才だった。そう思わないか?」

「いつか、8万ページあるって言われている論文を読んでみたいね」

「だから人類史上最もアウトプット能力に長けた人物だと思うね俺は」

「君が普通の子供じゃないのは分かったよ。だけど僕だって負けてないって言うのは理解して貰えたかい?」

「うん。玖芦君は俺の話に余裕でついてこれるんだね。凄いや」

「それ、間接的に自分を褒めてる?」

「自画自賛してたじゃん」

「由翔君は間接的利益を得たでしょ」


 楽しそうに話す異次元の子供2人。

まるで会話の内容は分かんなかったけど、って言うか子供の話す内容じゃないけど。

由翔が初対面の子供を名前で呼んだ事に驚いた。

PCP内で過ごす事が多かった由翔は、本やPCモニターの膨大な情報量を瞬時に記憶できる能力を身に着けた。

だから今の年齢でも高校受験までなら進学校でも最も上の高校にすら入学できる学力を身に着けている。

だから周りの子供達とは根本的に話が合わない。

ゲームもやるが、1人だけやりこみ度が違うのだ。

小学生のゲームと言えば、せいぜいクリアして終わりだろうが由翔は違う。

バトルが出来るゲームなら環境を調べ上げ、対策を練りつつ自分の戦術を使うと言ったプロゲーマーも驚くような所まで極めてしまうのだ。

だから1人に孤立させてしまった。

今まで周りの子をお前としか呼ばなかった由翔が、初めて名前を呼んだ子供。

蒔世玖芦。

あいつも、ヴァイオリンなら天才的だったな。

12年前の事は、今でも昨日の事のようだった。


「子供の頃の貴方が真面目に勉強をしてたら、こうなっちゃってたのかもね」

「それは否定しない……」


 食事を運んできた由佳が冗談めかして俺に言って来るが、否定できないのが辛い。

勉強しなかった俺を肯定するつもりは無いけど、由翔を見てると教育って本当に難しいって思わされる。

でも。


「あそこは皆が命を賭けてる場所なんだ! 興味があるだけで見学しようなんて思うんじゃねえ!」


 ただ、この言葉が嬉しかった。

人の思いにこれだけ真剣に怒れる子であって良かった。

……蒔世さんは難しくても、1度位なら。

玖芦君をPCPに招いても良いだろうと思えた。

記念写真を撮ろうとスマホを取り出すけど、電池切れな事に今更気付く。

充電器を忘れたツケだ。



 無事に翔太の護衛を終え、自宅に帰宅する。

大学卒業と同時に翔太達が引っ越してから、もう6年が経つ。

元々1人用の広さじゃないから引っ越しも考えたけど、もうかれこれ20年以上住んでるこの家に愛着のようなものまで湧いてるのも事実。

だからってわけでも無いけどずるずると来てるって訳だ。

電気をつけ、作り置きのおかずを食卓に並べ、いつも通りになった1人の夕食を食べる。

由佳ちゃんが妊娠した時は翔太の顔が分からなくなる位に殴ったけど、恋人だったしあの時はPCPからの給料も出てた事を考えると、ちょっとやりすぎたかもと反省はしてる。

由翔の言葉遣いが何故かあたしに似ちゃったのも含めて。

由翔が生まれてから、翔太達の仕事が忙しくなった。

時には死にかけた事もあった。

その度に安全な仕事に就いた方が良いんじゃないかと翔太と勿論由佳ちゃんには言ったし、今でもPCPでの仕事にあまり肯定的ではない。

けど、翔太は言った。


「姉ちゃんが守ってくれ。俺はそれ以外の犯罪を防ぐから。俺って自分の命に無頓着だし、これからも多分それは変えられないと思うから」


 都合の良い役割分担だけど、目に見えて犯罪率が低下してる事実を見せられたら首を縦に振らざるを得ない。

こうしてあたしは現在、レストランの副料理長兼アドバイザーって言う結構都合の良いポジションを務める傍ら、PCP、主に翔太と華音ちゃんのボディガード役として過ごしてる。

本当に人手が足りない時はあたしが本部でPCモニターを見ながら指示する事もあるけど、それは稀だ。

勿論、レストランでそんな都合の良いポジションなんて通常はある訳無い。

楓が紹介してくれた店だから。

憎らしいけど、そう言う所は流石資産家だ。

それに、ボディガードって言うけど要は翔太と華音ちゃんの危険があたしに降りかかるだけ。

別にライフルじゃない限りは大丈夫だと思うし、今日みたいな楽な日でも危険手当って事で多目にお金が貰える。

あたしにとっては願っても無い事だ。

食事を終え、どうしようかと思った矢先にスマホが振動する。

こんな時間に?

画面を見ると倉田さんからだった。


「もしもし?」

『優子君か。翔太君達が家に戻ったかは分かるか?』

「はい。3人でちゃんと……って何かあったんですか?」

『事件発生したんだが電話が繋がらなくてな。事件に巻き込まれていないのなら良い』

「一応こっちからも連絡はしてみます」

『ああ。すまないな』


 事件解決の傍からまた事件。

PCPの日常だ。

倉田さんはあれから警視監に昇進し、ノンキャリアの神様って呼ばれるようにまでなってるらしい。

朋歌さんから聞いた話だ。

まあ、あれだけの事件の指揮を執り、解決に導いた実績があれば普通の結果だろう。

朋歌さんとは倉田さんの結婚式の日に初めて会ってから、たまに食事をしてる。

しっかりしてると思ったら抜けてたり、いたずら好きだったりと、掴み所のない人だ。

それでも、倉田さんの事を第一に考えてる事は伝わってくる、真の強い人。

現状に満足してるあたしとは大違い。

勿論料理の勉強は常に欠かしてないし、トレーニングだってしてる。

し過ぎで色んなジムの人が店に勧誘に来る位だ。

ただ、満たされてないのは事実。

そう思うのは多分。


 最初は翔太達を守る盾となれれば良かった。

ただ、あの子らを見てる内に。

自分も動きたくなった。


 それが原因だろう。

要は熱にあてられたって事だ。

そんな事を考えながら翔太と由佳ちゃんに電話してみるも、全く繋がらない。

多分電池が切れてるんだろう。

ハッピージョブとしけこもうにも、由翔を寝かせてからじゃないと無理だし。

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