012_善悪は主観に非ず
僕と由翔君は両手を縛られ、後部座席に乗せられた。
車までの道は布を被せられ、義父さんは見た事の無い黒のパーカー、黒のズボンを履いていた。
「堂々と歩いて俺らを攫えば、すぐに爺達が気付くぞおじさん」
「ご忠告ありがとう。だが、そうはならないよ」
「ははーん。カメラに映らなくなる材質でできてんだな」
「特注品でね。インビジブルと言う」
インビジブル……。
だからPCPでも見つける事が出来なかった。
「でも、何故義父さんは僕と由翔君を誘拐したんですか?」
「玖芦君がおじさんを理解できる、たった1人の子供ってどう言う意味だ?」
「今、向かう場所で全てが分かる」
車は尚も走っていく。
「僕の生い立ちをどうやって知れたのですか?」
「……そうだな。玖芦は知る義務があるだろう」
「俺が聞いても良いのか? その話は」
「ああ。構わない。友人の君は別だ」
僕の生い立ちが分かる。
義父さんが知れた理由も。
けど、何故だろう。
どうして僕に話してくれなかったんだろう。
「私は黒の御使いの警視庁襲撃前まで、久遠正義の調査を頼まれていた。だが、奴が犯罪を犯してからの消息は一切掴めなかった。分かったのは久遠に関わる事件には吉野さんらが関わっていると言う情報だけ。しかもそれが分かったのは雷鳥峠での事件実行直前になって。だから私は視点を変えて調査を行う事にした。館華星と久遠詩鶴。久遠正義に関わった女性を調べる事にした」
「調べるには女から。って事だな」
「館華星はともかく、久遠詩鶴は妙な素振りを見せている事が分かった。様々な乳児院に足を運んでいると言う事実。そう。彼女が久遠正義によって殺害される前の事だ」
……。
耳を塞ぎたくなるような感覚。
信じたくない事実を突きつけられようとしている、その前のような。
車が止まる。
連れられた場所は空き地だった。
正面に高層ビルが聳え立つ。
「あれは桜庭コーポレーションの本部ビルだ」
「楓のビルか」
「……」
久遠正義、館華星はあそこで命を絶とうとした。
全ての憎しみを一身に背負い。
それを終わりにする事でゼロの世界を作ろうとした。
犯罪者を断罪して。
そう、義父さんから聞いた。
「私は2大事件が解決した後、ふざけたバカ者どもを処刑しながら久遠詩鶴が訪れた乳児院を片っ端から訪れた。そして名字が分からない、ただ一人の子供がいた」
僕を縛ったロープが切られる。
そんな事も気にならない位に、体の震えが止まらない。
「玖芦。君の血液、髪の毛からDNA鑑定を行った」
ドクン、ドクン。
そんな事、ある訳が無い。
それなら犯罪を止めたいって思った僕はナンナンダ?
「仲間に頼んで警察の情報にアクセスした結果」
自分で自分の体を抱く。
呼吸が荒くなる。
「久遠正義のものと一致した」
「そ、そんな……」
「玖芦。君は久遠正義と久遠詩鶴との子供だ。そして」
両足に力が入らず、へなへなと崩れ落ちる。
「犯罪者を断罪すると言う私の考えを理解できる、世界で唯一の子供だ!
目の前の義父さんがただの知らない人に見えた。
頭の中が真っ黒になり、何も考える事が出来ない。
ただ、久遠正義が自殺をしようとした桜庭コーポレーションのビルが、ぼんやりと目に入るだけだった。
「誘拐の理由があるとすれば、玖芦君がターゲットになってるのは間違いない!」
「モニターしてるけど、それらしき人すらいないわ」
「これだけ探しても何でいないんですか?」
翔太がPCPに戻って来てから全員がモニターを見てるけど、蒔世を見つける事が出来ない。
翔太はいつもの格好でひたすらに考えてる。
でも、焦ってるのはあたしも同じ。
セキュリティが万全でも、同じマンションに住んでる人物ならセキュリティは何も意味を成さない。
「カメラに映らなくなる布があった筈だよな? 由佳」
「でも、それをも映すって言われてませんでしたか?」
「……多分、そう言う専門の組織から購入したんでしょうね。防犯カメラから完全に見えなくなる素材の洋服か何かを」
……そこまでして犯罪をしたいのか。
それよりも由翔達の安否だ。
「ドライバーが乗車してないのに発信する車があるかもしれない」
口を開く翔太。
『そうか! 人間は見えなくとも』
『動いてる車は不自然って事だな? 翔太』
「俺達は車で動こう!」
「あたしも行くわ!」
「私も行きます由佳さん!」
「森田さん。後をお願いするわ!」
「畏まりました」
由翔!
無事でいて!
翔太が珍しくあたしの手を握る。
「玖芦。私と共に来るんだ」
義父さんは尚も続け、僕に手を差し伸べる。
「義父さん……。 僕は……」
「勇気を出して、悪を断罪するんだ。この世は安全な場所から平然と悪事を働くようなゲスが多い。それを裁く事を躊躇ってはいけない! 勇気が必要なんだ玖芦。分かるな?」
「でも……それは結局は犯罪で……」
「いいや違う。勇気が無いだけなんだそれは。お前も思った事は無いか? テレビドラマで殺されて当然の奴が殺されて、それを悲しんだりするならまだしも、悪だと糾弾する事の違和感に。悪がただ裁かれただけ。糾弾なんて滑稽な事をしているのは何故かと」
思わなかった訳ではない。
義父さんが犯罪を犯した事を聞いた時……。
義父さんが犯罪を犯した動機は、安全地帯から人を地獄に叩き落している人物らへの制裁。
ネットで言う荒らしの駆除と変わり無い。
何が違うんだろうと言う疑問が全く無かった訳じゃなかった。
……。
心は嘘を付けない。
だからこんなに心が揺れているのか。
でも、僕が目指すのは犯罪が無くなればって言う……。
「それなら、私の犯罪を知った時に止めたいと願ったか?」
「……」
「それが答えだ。玖芦」
……断罪を本当は望んでる?
それが……僕の……本心……。
「詭弁だそんなの!」
我に返る。
由翔君が義父さんを睨み殺す勢いで睨んでいた。
「PCPに勇気を貰っておいて何だそれ! 勇気を出して悪を断罪する? 笑わせんな! 犯罪に勇気なんて言葉を使うんじゃねえ!」
「由翔君……」
「良く言った由翔!」
振り返る。
翔太さんに由佳さん、それに2人の女の人。
「蒔世さん。そこまでだ!」
「もうこれ以上、好きにはさせないわ!」
由翔君と僕は2人の女の人に回収される。
「何故、ここが……」
「映像に映らない特殊な服。そう言う事よね? 蒔世亮介さん」
「実際の映像ではこう映るって事です」
表示された画像には、翔太さん達の姿しか映っていない。
「……ここまで、か」
「さあ、蒔世さん。もうこれ以上は」
「そう簡単に諦める訳にはいかない!」
翔太さんに拳銃を突きつける義父さんに、思わず翔太さんの前に立つ。
「もう止めて下さい義父さん!」
「玖芦。私にはやらなければならない事がまだある! そこをどくんだ! お前を死なせるような事は決してしない!」
「翔太だって死なせないわよ」
僕らの前に優子さんが構える。
そしてライオットシールドを構えた警官が包囲する。
「もうここまでだ。蒔世亮介! 連続殺人の現行犯で逮捕する!」
こうして義父さんに手錠がかけられ、一連の事件は解決した。
「人を殺す事で救われた奴が少なからずいるって事を俺達は知ってる」
「だが救われる事があっても、決して解決にはならない」
「あたし達が選んだのは、そんな道だから」
「善悪は主観では無い。法律よ。何があろうと、やらせはしないわ」
「その為に、私達がいるんです」
その言葉は、僕にも響いた。