11_誘拐
帰って来ると由佳ちゃんからのテレビ電話がかかって来た。
由佳ちゃんから、小川との話を聞く。
華音ちゃんは、それをただ静かに聞いていた。
何を思ったかを考える事は出来るけれど、華音ちゃんにしか分からない。
『後は蒔世の居場所だけだな』
「ええ。まだ見つからないかしら?」
『やってはいるけどな。多分こうなる事も計算されてたとしか思えないぜ?』
「捜索範囲を広げてはいますが、お時間を頂く事になるとは思います」
翔太君と由佳ちゃんがいないから仕方ないとは言え、これだけの人数でモニターしても消息が掴めないでいる。
PCPは翔太君頼みの部分がある事は未だに拭いきれていない。
何か無いだろうか。
この状況を打破できる策が。
「自動追跡……」
「え?」
呟いたのは華音ちゃんだった。
「成形認証、4スタンス、それにこのシステムがあれば、私達が映像を追わなくても自動追尾って出来そうですよね」
「……今からそれを導入できないかって事かしら?」
「はい。お願いします。桜庭さん」
……。
随分大胆な事を言うようになったものだと舌を巻く。
今までは軽口を叩いて来たのみ。
自分の身に降りかかった災厄を嘆くしかしてこなかった子が向き合う事を覚え。
今は力にして来ている。
以前は塞ぎ込む事しか出来なかった子が、皆の力を借りて。
一人一人が思いを繋ぎ、自分なりの結論を出している。
それらをまとめる事が出来るのは、全世界で私のみ。
皆の思い、歴史を知った私だけが出来る事。
私はスマホをかける。
「お疲れ様。桜庭です。今すぐにお願いしたい事があるのですが、宜しいですか?」
『あたしは急いでそっちに向かうわね!』
電話の間も、華音ちゃんの視線は、モニター内を食い入るように見つめていた。
由佳君からの情報で、翔太君の推理が正しい事が証明された。
遺体発見現場からその事を知らされる。
白井琳斗28歳。
彼もまた黒の御使いの元メンバーだった。
学生時代に教師から行き過ぎた体罰を受けており、その教師が黒の御使いによって自殺に追い込まれた。
……。
人は憎しみを抱えた時、誰かに当たらずにいられない。
誰だってそんな負の感情は抱えたくない、或いは負の感情を分かって欲しいから。
人は人を傷つけてしまう。
翔太君が私に言った事をふと思い出す。
「警視監! 近隣の住民に聞き込みをしましたが……」
「目撃情報は何も……申し訳ございません」
「PCP本部で犯人を追跡中だ。この事件も確実に解決に向かってる。鑑識の皆さんも引き続きお願いします」
はい!
全員の統率された返事を聞きながら、蒔世亮介の行動を考える。
下水道には既に合捜班を向かわせている。
それにもかかわらず、現時点で行方不明。
警察の捜索、PCPのモニター追跡で行方が掴めないなんて状況が、事実として存在している。
考え方を変えないと捕捉、逮捕は不可能と言う事。
警察の動きで不可能……。
ハッとする。
捜査協力者に、電話をかける。
「もしもし倉田だ。情報収集をお願いしたい」
機械に任せる事は逃げる事でも何でもない。
ただ、犯人を捕まえる為の効率化の結果だ。
もう、逃げません。
私は倉田さんにそう言った。
そして新たなシステムの提案を桜庭さんに言った。
そのシステムに更新されるまでは私が頑張るだけ。
それでも蒔世さんを映像で捕捉する事が出来ない。
森田さん、榎田さんも、表情から現状が分かる。
この状況を打破する為に、何か出来ないのか。
翔太さんは別で行動してるし、由佳さんはこっちに向かってる最中。
『倉田さんの指示通り、情報集めて来たで』
ハッとする。
私だけじゃなく、モニターを追ってた全員が。
桜庭さんが薄く笑う。
「……そうね。最初から貴女に連絡しなくてはいけなかったわね」
『詳細はこっそり把握しといたで。今後は仲間外れにせんときや』
「悪かったわ。詩乃芽さん」
にっこり笑う中にブチ切れてるように見えるのは桜庭さんを連想させる。
大塚詩乃芽さん。
ここには支部と暗部がある。
榎田さんが暗部2課の代表。
2課があるなら、1課もある。
1課、主にサイバー犯罪を担当するのが大塚さん。
大塚さんもきっと、サイバー犯罪についての思いがあるんだろう。
『スマホ会社に問い合わせて本人のスマホ履歴にアクセスさせてもろたで。今蒔世の位置情報を送るわ』
だから桜庭さんが大塚さんを誘った。
サイバー犯罪の解決において、大塚さん自身の顔が曝け出される訳には行かない。
だからこその暗部。
「まだこの近辺にいるようね……」
『なんて野郎だ。だが、何でだ?』
「ここでまだやる事があるのかもしれません」
『気付かれんよう履歴アクセスは中断しとくで』
「でしたら我々警察側の人間をこっそり向かわせます!」
ただ、やる事って何を?
警察とPCPの包囲網が張られた事を、蒔世は知ってる筈。
それなのに何故?
目を閉じる。
私にはその推理力は無い。
……兄さんなら、どう考えるんだろう。
誰よりも家族思いな兄さん。
まず考えるのは家族。
蒔世は悪に対して異常なまでに潔癖だ。
だとすれば、小川を再度襲うか……。
ハッとする。
「今、翔太さんって家にいますよね!?」
『そうよ華音ちゃん。でもあそこは防犯システムが』
「目的は、翔太君ではないと言う事かしら?」
『まさか……』
私の事を理解できる、たった1人の子供である可能性と言う事ですよ。
「玖芦君が危ない……」
『急いで戻るわ!』
それぞれが動く中、言いようの無い不安に駆られる。
由翔と玖芦君に資料を渡し、蒔世さんの目的を考える。
小川さんの警備は強化しておいたから問題無いだろう。
多分小川さんから情報を聞いてから殺すって言うのは嘘だろう。
1ヵ月前に目を覚ました小川さんから今までに何も聞かなかった事はあり得ない。
それに……。
ドオオオオオン。
激しい揺れる室内。
今のは爆発音!?
立ち上がり、急いで部屋を出る。
煙に塗れた部屋。
背筋が凍る。
「由翔! 玖芦君! 大丈夫……」
既に室内に、2人の姿は無かった。
そして大穴が開いた玄関のドア。
セキュリティが意味を成さない方法で侵入して来るとは……。
幸いではないけど室内に血の跡や体の一部が無い。
2人は無事だろう……。
由佳からの電話。
『翔太! 今そっちに大急ぎで戻ってるわ!』
「……玄関を爆破され、由翔と玖芦君が攫われた」
由佳が息を呑む音が聞こえる。
絶望してる暇があったら考えろ。
何の為に由翔達を攫った?
殺害するなら爆破で十分だ。
だけどそれをしなかったって事は……。
「モニターで追ってるか?」
『もう華音ちゃん達がやってるわ!』
『合捜班をそちらに向かわせる!』
……。
両小指を絡め、手を口元に当てて考える。
まさか本当に久遠正義の?
でも、何故蒔世さんがそれを知れたんだ?
それに、どこへ向かうつもりだ?
そうじゃないとこの状況の説明がつかない。
だとすればどこかへ向かう筈。
それさえ分かれば……。
PCPのシステムで見つけられなくても。
「吉野さん!」
素早く現場にやって来た合捜班らに後を任せ、俺は部屋を出る。