あの人が住んでいた屋根裏の部屋
剥き出しになっている天井の梁。
横に伸びる小さな長方形の窓。
乾いた空気と、前の住人が残していったというレトロな物の数々。
あの人が住んでいた屋根裏の部屋に、私は憧れていた。
「あまりここに入り浸るな」
気怠そうなあの人の言葉を無視して、私はそこへと通った。
部屋の隅には、いつもえんぴつが一本。
缶コーヒーの空き缶へ、ぶっきらぼうに突き立てられていた。
いつの時代の物かも分からない、缶コーヒー。
飲み口が切り離すタイプのプルトップを、私はこのとき初めて見た。
えんぴつと空き缶は、大きくない部屋の片隅に、汚れたスケッチブックと共に置かれていた。
どこか隠されるように置かれたそれを、私は見て良いかと尋ねた。
「別に構わない」
あの人は、こちらを見ずに言った。
星座を結んで大きく羽を広げる白鳥。
一輪挿しへ活けられた、大輪のひまわり。
そしてえんぴつ立てになっている缶コーヒー。
まるでモノクロ写真のような、とても一本のえんぴつで描いとは思えない絵が、スケッチブックを捲る度に現れる。
「これはあなたが描いたの?」
「まあ」
それ以上、私は何も聞かなかったし、あの人も何も言わなかった。
私が屋根裏部屋を訪れる度、絵は増えていった。
ベッドから見上げた天井と裸電球。
狭い窓から見える、家々の屋根。
「少しは外で描いたら良いのに」
「いつかね」
あの人は遠くを見ながら答えた。
「それなら」
あやふやな態度に業を煮やした私は、その遠くを遮るように前に立ち、宣言した。
「今月の終わり。丘の上の公園まで行こう? そこで私と、街の絵を書いてよ」
断られる前に一方的に約束を取り付けて、私はその日、部屋を去ってしまった。
約束の日。
私はあの人が居るはずの、屋根裏部屋へと向かった。
そこにはもう、あの人の姿は無かった。
大家と名乗る老人から、私はあの人が亡くなったことを聞かされた。
絵描きとして芽が出始めた頃に病を患い、もう、長くはなかったのだとも。
「今日、この部屋を訪ねてきた人に、これを渡すように頼まれていてね」
私は大家さんの手から、あのスケッチブックを受け取った。
震える手で、それを捲って行くと、最後のページに、私がいた。
これから訪れる未来と真っ直ぐ向き合うように、凛とした表情を浮かべている私が。
「私、こんな顔したことないよ」
やっぱりモノクロ写真みたいな、一本のえんぴつで描かれた絵。
「お前ならどこへでも行けるさ」
あの人の声が、私の耳にはしっかりと、届いていた。




