暗殺の予感(フィルストーム)
フィルストームさんsideです
目が覚めると久しぶりの自室のベッドの上だった。口の中がなにか甘くバターのいい香りがすることに気付く。
「リリアナ様がジャンさんお疲れ様と言って焼いてくださったマドレーヌです」
ジャンは大切そうにマドレーヌの包みを撫でながら、冷たい視線をベットで寝ている主人に向けている。どうやらこの口の中の美味しいマドレーヌは妻が作って渡したものらしい。美味しい。
「ほへ?はんふぁって?もぐもぐ」
「旦那様。このままだと屋敷内で暗殺されると思われます」
「ふぁんさふ?もぐもぐ」
「リリアナ様はイングリット伯爵家のアイドル。砂漠のオアシス。野に咲く奇跡の花。天が我が伯爵家に遣わせた優しき女神なのですよ」
「ジャン、どうなってんだ一体?てかさっき腹パンしたよな?」
「(頭)どうなってんだ?というのはコチラの台詞でございます」
そしてジャンはおよそ結婚式から100日後に現れたこの屋敷の主人に対して説明した。それはそれは説明した。耳に着けたイヤーカフ式の魔道具から彼の仕える王太子の命にかかわる緊急招集かかかり、あんな最低な形で王城に戻って行った後、ひとりぼっちの結婚式をするしかなかったリリアナのことを。一晩中声を殺してドレスのまま泣いていたことを。使用人と仕事をしたりお喋りをしながら交流することで少しずつ笑顔を取り戻してきたことを。誰かが熱を出せば一晩中看病し、失恋したというと泣きながら話を聞き、手が足りなければ汚れ仕事であろうが微笑みながら手を貸し、いつも労を労い優しいリリアナのことを。
そして最近疲れ気味だというジャンに、大好物のレーズン入りのマドレーヌを焼き、メッセージカードに美しい字で「いつもありがとうございます。ジャンさんがいるからわたしは毎日笑っていることができます」と書いて渡してくれることを。その渡す時の照れたようなはにかむような可愛らしい笑顔であることを。
その説明には4時間かかった。
「すまん。でも悪気は無かったんだ。王太子を暗殺する計画の情報をこの1年追ってきてやっと尻尾を出したんだよあの日に」
ベットの上でつい正座をしてしまう。昔からジャンには頭が上がらないのである。
「旦那様も暗殺にはお気をつけいただかないと……。庭師のイワンはリリアナ様のことを孫娘のように可愛がっておられます。なぜか最近毒草入のハーブティーを煎じていました」
「え?あの気難しいイワンが?何故かってか完全に俺が標的だよね?てか毒草?伯爵家の庭でなに育ててくれてんの?」
「コックのアラゼフは最初こそリリアナ様のことを疑っていましたが、泣きながら美味しいご飯ありがとうございますと言って調理場でお礼を言われるリリアナ様に即堕ちして、旦那様のことを毒殺するつもりですし」
「また毒?????怖いよ!」
「侍女たちなどの女性陣はリリアナ様の完全な味方です。私ですら彼女達がどんなことをするのか想像出来ません。旦那様お気を付けて」
「てかそれが1番怖いんだけど?????」
「私もこの3ヶ月何度もリリアナ様に会って謝罪したほうがよいとお手紙を旦那様に書いては無視されまして、夜な夜なイワンやアラゼフや他の有志と酒を酌み交わしながら何度も旦那様を(想像の中で)ボッコボコにする方法を協議しておりましたよ」
「おまえもかよ……てかリリアナ嬢は凄いな?どんだけ好かれてるんだ???」
「リリアナ様は私達使用人のことを家族みたいだと。それが嬉しいんだと、笑ってそして涙を流されるのです」
「……」
「旦那様のことですからエインズフォール男爵のこともある程度は調べているでしょう。それに結婚式でのあのドレスを見ればリリアナ様がどんな風に扱われてきたかもわかっておられるはずです」
「それはもちろん」
「いいですか旦那様?リリアナ様はこちらの事情も理由もなにもわからないままイングリットに嫁いでくださって、あんな史上最低の結婚式をさせられて、しかもそのまま3ヶ月以上放置され、いつ離縁されるかも分からないから使用人の仕事を覚えていつでもこの家を追い出されるかもしれないと思っておいでです」
詰め寄ってくるジャンの顔が悪魔のように笑っている。
「旦那様はこのままだと屋敷の使用人達に殺されます」
「うっ……はい」
「というかこれ以上リリアナ様に悲しい思いをさせたら……私も久しぶりに剣を持たねばなりません」
「なっ……」
何を隠そうこの家令。ジャンポール・エバンデス元近衛騎士団団長である。過去最高の腕前でその白い騎士団の制服が真っ赤な返り血で染まったということから「紅き血の騎士」と呼ばれ恐れられていた。フィルストームが6歳の時に騎士団を辞め家令としてこの屋敷にきてから、まさに第2の父であるジャンから地獄のような特訓を受けてきたことを思い出し背筋が凍りつく。
「まさか?この件が片付いたら離縁しようなんて考えてませんよね?」
「いや、」
「よろしい。では旦那様頑張ってください」
こうしてジャンは部屋を出ていった。