リリアナの家族
結婚式の1週間前
父であるエインズフォール男爵はこう言った。
「リリアナ、おまえは1週間後イングリット伯爵のもとに嫁げ」
「え?1週間後でございますか?」
「すぐに嫁いでくれる女を探していたから儂が手を挙げた。おまえなんかに伯爵夫人が務まるかはわからんが通常の3倍の支度金を用意すると言っていたのでな。良かったな。生まれて初めて儂の役に立つことが出来るじゃないか」
目の前の父と呼ばれる男はそうやって目を細めた。その笑みには娘を思いやる心の一欠けらもないことくらいはリリアナにはわかっていた。リリアナは18歳になってはいたが、デビュタントもしていなければ使用人としての仕事に忙しくイングリット伯爵がどんな人物かも知らない。
貴族の結婚の準備期間が1週間しかないということが普通の結婚ではないことくらいわかっていた。でもこの生活から抜け出せるかもしれない。この人が私の本物の家族になってくれるのかもしれないと思うと生まれて初めて心が躍ったのだ。
結婚式の前日、夕食の準備を終えたリリアナは調理場の隅っこで今にもカビの生えそうな黒パンと夕食の残りのもう野菜くずしかはいっていないスープを飲んでいた。そこへ異母兄がやってきて白いドレスを油まみれの調理場の床に投げ捨てた。
「さすがにドレスくらいは用意してやったから感謝しろ、娼婦の小汚い娘には勿体ないがな」
「……ありがとうございます」
「その卑しい紫色の瞳を見なくて済むと思うとせいせいする。おまえが伯爵夫人になんかなれると思うなよ。こんな結婚がまともなものか。愛人を隠すためなのか、犯罪絡みか、理由はわからんがおまえがまともな家庭を築けると思うなよ」
そう吐き捨てるように言ってドアを足で蹴って出ていった。
紫色の瞳は踊っ子だった母の色だったこともあり、エインズフォール家は忌み嫌っていた。
リリアナは古びたドレスをゆっくりと拾い上げ、夜な夜な繕いなおして翌日袖を通し大聖堂へ向かった。
結婚式で初めて見た夫は透き通るような金髪に深い紺色の目をした綺麗な男だった。背が高く、スラリとしているのにしっかり筋肉がついていた。近衛騎士の象徴である白い軍服を着ているのを見てリリアナは初めて夫の職業を知った。
(綺麗な人だわ。お名前はなんというのかしら。私はお名前も知らない方に嫁ぐのね)
バージンロードの上でリリアナはそんなことを考えていた。