第18話 王子
「いやぁ、ダイア王子。よく来てくださいました」
事務所の奥でボスがヘコヘコと頭を下げている。
その視線の先には生意気顔のダイア王子が満面の笑みで立っていた。
屈強な男が小さな子供に頭を下げる構図に笑いを抑えきれない。
肩を小刻みに揺らした俺が事務所のデスクに突っ伏していると、
「ダマーラさん、今回は大手柄でしたね」
柔らかな声と共に熱々のコーヒーカップがゴトリと机に置かれた。
ハッと顔を上げると、受付嬢のマイさんが笑顔でこちらを見下ろしている。
「お、大手柄なんてお袈裟ですよ。俺はただ偶然遭遇しただけですから」
「うふふ、そんなに謙遜しないでください。ダイア王子が居なくなって事務所は本当に大騒ぎだったんですから。ダイア王子の案内役だったウルフ族の人なんてもう真っ青で。王子と逸れてしまった責任を取って何度も首を吊ろうとしたくらいですから」
「そ、そんなにですか?」
「はい、そんなにです」
驚く俺の顔を見てマイさんが楽しそうに頷く。
(ほぇ〜。ウルフ族の王子ってやっぱり凄いんだなぁ。あのボスがあんなにヘコヘコしてるんだもんなぁ)
王族の凄さに改めて感心する俺の前で、
「タイタン、喉が渇いた。ジュースを準備してくれ」
「はい、喜んで」
王子にボスが胡散臭い営業スマイルで応対した。
「ブフォッ」
その余りに普段と違う様に思わず噴き出す。
すると、物凄い剣幕でボスに睨まれた。
(やべっ!)
射殺さんばかりの視線を受けて、慌てて仕事に戻る。
その日、俺が仕事をしている間、ずっとボスは王子のご機嫌とりをしていた。
夕刻。
「さて帰るか」
大きく伸びをした俺が、退社の準備をしていると、
「ダマーラ、ちょっと待て」
疲れ顔のボスに呼び止められた。
そのまま、王子に会話が聞こえないように部屋の隅に連れて行かれる。
「実はな、今晩のダイア王子の泊まり先が決まっていないんだ。できれば、お前の家で泊めてやってくれないか?面識もあるし、ちょうどいいだろう」
「えー、いやですよ。俺子守苦手ですし……」
ボスの提案に俺が露骨に嫌な顔をすると、ボスがグイッと近づいて威圧してきた。
「ダマーラ。お前、今朝王子を連れてきたから有耶無耶になっているが……結局遅刻してるからな?」
「んなアホな!? 今朝は王子と遭遇したからノーカンでしょう!?」
俺の抗議にもどこ吹く風だ。
頭の後ろで腕を組み、下手くそな口笛を吹き始める。
「ピーピープュー♪」
(さては、ボスめ……さっき笑ったことをまだ根に持ってるな?)
☆☆☆☆☆
「いいか? 俺が怪人であることは絶対に言うなよ。絶対だぞ?」
結局、王子を一晩預かる事になった俺は、自宅の前で何度も念押しをしていた。
そんな俺に王子が堂々と言い切る。
「安心せい。私とて一般人の前で他の怪人の正体をバラすような無粋な真似はしない。ドーンと構えておれ」
(いや、どの口が言ってるんだ……)
「ただいまー」
これ以上の王子の説得を諦めた俺が、自宅のドアを開けると、
「おかえりー」
部屋の奥から部屋着姿のサツキが出てきた。
無地のTシャツにショートパンツというラフな格好だ。
その姿を一目見た瞬間、
「テ、テンシジャ……」
隣に立つ王子が何か惚けたように呟いた。
直後に、
「その子がさっきメールで言ってた今日預かることになった子ね? 可愛い〜」
サツキが王子の頭を遠慮なく撫でる。
お陰で王子の綺麗な銀髪がクシャクシャだ。
(お、おい。いきなりそんな扱いして大丈夫か!? 相手は仮にも怪人界を代表する王族の跡取りだぞ!?)
自分の事を棚に上げ、ヒヤヒヤした俺が真横を見ると、
「か、か、可愛い!? 仮にも一男である私に向かって可愛いなんて! ぶ、ぶぶ、無礼だぞ!」
顔を真っ赤に染めた王子が反論していた。
どうやら、満更でもなかったらしい。
「ふふ、ごめんね。男の子にはカッコいいだったね」
そう言ったサツキが王子の手を取り、居間へ連れて行く。
「あの二人、意外と相性がいいのか?」
その後ろ姿を見送った俺は、仕事のメールをチェックする為に一度自室に向かった。
帰宅直後に自室のパソコンで緊急の仕事連絡が入っていないか確かめるのが俺の日課だ。
何事もなくメールチェックを終えた俺が居間へ向かうと、
「サツキー。抱っこぉー」
「ちょっ、ダイアちゃん。くすぐったいよぉ」
「サツキの体あったかーい」
「ダイアちゃんもあったかいよ」
「撫で撫でぇー」
「もうダイアちゃんったら甘えん坊なんだから」
あろう事か、王子がサツキに抱きついてバブバブしていた。
胸元に顔を埋めて鼻の下をだらしなく伸ばしている。
(こんのマセガキ……。いつもは偉そうにしてる癖に赤ちゃん言葉なんか使いやがって。もうそんな歳じゃねーだろ)
その様子を冷たい目で見つめていた俺は、ズカズカと歩み寄り、サツキから無理やり王子を引き剥がした。
「ちょっとこっちに来い」
そのまま、部屋の外へズルズルと引きずって行く。
「なぁんなのじゃ! 人が楽しく遊んでいたのに!」
不満気に喚く王子を扉の外に置き、小声で話をした。
「おい、妹にあんまり近づくと危険だぞ。正体がバレたらどうするんだ?」
「サツキちゃんにならバレてもいい〜。むしろバラした〜い」
体をくねらせながら寝ぼけた事を言う王子を見て顔を引きつらせる。
(ダ、ダメだ。こいつ。完全に色ボケしてやがる……)
「というか、お前の“目”は怪人は見抜ける癖に、ハイスペックは見抜けんのか?」
俺からの質問に、
「勿論見抜けるとも。同胞を見抜く時と違ってかなりの集中力を必要とするが、その分大まかな強さまで分かるのじゃ!」
王子が胸を張って答えた。
「なら、その自慢の“目”でサツキをよく見てみろ。集中して眺めれば嫌でも近づきたくなくなるだろ!」
俺の言葉に最初は『なぁーにを言ってんだこいつは?』という顔をしていた王子だったが、ドアの隙間からサツキの様子を伺う内に徐々に顔から血の気が引いていった。
「は、は、は、は、ハイスペックゥゥゥ!!!」
やがて震える唇で呟き、尻餅をつく。
「しかもヒーロー志望。近づきたくなくなっただろ?」
俺がそう言った瞬間、
「い、居られん! こんな家には居られんぞぉ!」
王子が猛ダッシュで玄関に向かって走り出した。
その襟元を後ろから掴んで止める。
「待て。この家から出ることは許さん」
「嫌じゃぁぁ! 殺されるぅぅ!!!」
「殺されない」
「殺されるぅぅぅ!!!」
「殺されない」
「殺されるぅぅぅ!!!」
「一旦、落ち着け」
ゴツン。
口を押さえた俺がゲンコツを落とすと、王子がようやく静かになった。
「何をそんなに怖がっているんだ? ハイスペックなんてそれほど珍しくないだろ?」
俺の質問に、
「で、でも流石にあれはヤバ過ぎじゃろ? 強さにも限度というものがある」
王子が泡を食ったように叫ぶ。
「あまりに強すぎて直視できないほどじゃ!」
「強い? あのサツキが?」
その言葉に釣られ、居間を覗いてみる。
そこにあるのは普段と変わらずテレビを見てくつろぐ妹の姿だ。
(いや、ないない。この前もしょっぱい怪人にボコられてたし)
苦笑いを浮かべた俺は、再びコソコソと玄関に向かおうとしていた王子の襟元を掴んで首を傾げた。
(いや……そんなに強くないよな?)
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