【第一章】灘 珠希 ⑥
◇第六話◇
「お、珠希くん! 今日もちゃんと来たね。偉い偉い」
「まあ、聞きたいこともあったし」
「え、なになに? まさか『結衣さんは彼氏いるの?』とか?」
んなわけないだろ。
やはりこの子は自己肯定感がすこぶる高い。
「違うよ。なんで僕が文芸部に勝手に入れられてるかって話。昨日は聞けなかったし、なんなら僕はまだ文芸部に入ることを了承してないんだけど」
「ええー!!! 昨日あんなに楽しそうにしてたのに入ってくれないの?」
……昨日の僕そんなに楽しそうにしてたかな。
まあ確かに昨日の柊さんとの会話は初めて話すにしては居心地がよかったような……気がしなくもない。
「なんでそこまでして僕を部に入れようとするの?」
これは単純に気になっていた疑問だ。
まず僕たちは友達でもなければクラスメイトというわけでもない。ましてや僕はこの前の放課後初めて彼女と話したくらいの付き合いだ。
「それは……そうこの部活見てわかる通り私しかいなくてさー。それで部員探してた時に珠希くんがちょうど部室の前にいて名前も教えてもらったから勝手に入部届出しちゃえーって出しちゃいました。てへっ」
「てへっじゃねーよ。そんな中身のない理由で勝手に入れられてたまるか」
「まあまあいいじゃん! こんな美少女とこれから放課後毎日過ごせるんだよ? 絶対楽しいって!」
これは断れない流れだ。
特にコミニケーション能力の低い僕は美少女にここまで念を押されて首を横に振れるほど自分を持っていない。
「はあ。まあいいよ。正式に僕も部員になるよ。その代わり一つ条件を出してもいいかな?」
「やったー! 楽しくなりそうだね!」
彼女は目を輝かせて希望に満ち溢れた顔でこちらを見てくる。
僕は彼女から視線を逸らし話を戻した。
「それで条件なんだけど、ここは文芸部だよね?」
「そうだよ」
「じゃあ、とりあえず活動内容を教えてよ」
「お、早速やる気満々だね〜」
彼女がニヤニヤしながらこちらを覗き込んでくるのを無視して彼女に続きの説明を促した。
「今は部員が私だけだから私のしている活動内容の説明になるけど、それでいい?」
僕が首を縦に振り承諾の意図を伝えると彼女は説明を続けた。
「私の活動は基本的に地域のコンテストに出す用の小説を書いてるよ。年中あんまり変わらないかなー」
「そっか」
「それで珠希くんが言ってた条件ってなに? まさか『俺と付き合え』とか? それは強引過ぎるよ〜。そういうのはね、もっとムードとかが大事なんだよ〜」
彼女はまたニヤニヤしながら見当違いなことを言っている。
くそ! ちょっとばかし顔がいいからって僕をからかい過ぎだ。
そして僕は席から立ち上がり荷物をまとめようとする。
「ごめんごめん! 冗談だから帰らないでよ。ちゃんと聞くから、ね?」
「……次僕を馬鹿にしたら今度こそ帰らせてもらうよ」
「はい! 了解であります!」
彼女は警官のようなポーズでそう言っているが反省の色は無いようだ。
「『僕は小説を書かない』これが僕がこの部に入る条件」
「え、なんで?」
「理由は……言いたくない」
僕には小説を書けない理由がある。
けどそれを誰にも話したくはない。
これで彼女も僕を諦めるだろう。
と思った僕が甘かったのだとすぐ思い知らされる。
「うーん、わかった! 珠希くんは執筆作業はしなくていいです! けどその代わり私の編集者になってもらいます!」
「はい?」
「だから、君は私の担当編集者。私は小説家になるために小説を書き続ける。これをこれからの私たち文芸部の活動基盤とします!」
拍子抜けだ。てっきり断られるものとばかり思っていたのに。
ほんとに彼女の言ってくることはよめない。
……けどまあそれくらいならいいか。
「わかったよ。これからよろしく」
「よろしくね! 珠希くん」
――【第一章】灘 珠希 完 ――