【第一章】灘 珠希 ③
◇第三話◇
「どこか空いている教室はないかなー」
栄介と別れた後、僕は空き教室を探して別棟に来ていた。
思い返せば別棟に入ったのは初めてだ。
「ヤンキーとかがたむろでもしてたらどうしよう……」
そんなことを考えながら一部屋一部屋鍵がかかってるかを確認しながら廊下を歩いて行くとあっという間に端まで来てしまった。
「やはり別棟の空き教室で昼休みを過ごすなんてのは、小説や漫画、アニメの世界だけだよなー」
と口にしドアノブに手をかけると、
ガチャ!?
「え、空いてる……」
なんと鍵が開いていたのだ。
なぜ開いている? 誰か居たらどうしよう? 怖い人だったら? 今300円しか持ってないよ?
空き教室を探していたはずの僕だが、いざ見つけてしまうとなぜかとても大きな不安を抱き、心臓の鼓動が加速した。
しかし、進んでみないとどうにもならない。
「よし」
僕は再びドアノブに手をかけ少し、恐る恐る扉を開き、中に足を踏み入れた。
「誰もいない……。はあ、よかった」
僕は、誰もいない教室の入り口で安堵の笑みを浮かべた。
しかし、安心したのも束の間、次の瞬間僕の鼓動がもう止まってしまうのではないかというほどに加速する。
「なーにしてるの?」
「わあ?! びっくりした……」
突然、元気な女の子に思える陽気な声で背後から話しかけられたのだ。
僕の心臓は加速した。
女の子に話しかけられたのは何年ぶりかな?
そう、あれは去年の夏のことだ。
僕はあの頃から学校に来た日の休み時間は自分席で本を読んで過ごしていた。
そんな僕に気を遣ってよく栄介が僕の席に来てたわいもない話をしてくれていたのだが、それをよく思わない女子生徒に目をつけられ、終いには昼休みには校舎裏に呼び出され、「あんた栄介君とどういう関係なの?」だったり、「あんたがいると栄介君と話せないからどっか言っててくんない?」などという脅しを受けたのだ。
これが多分最新の家族以外の女の子と話した記憶である。
ああ。自分のことながら僕可哀想だな。
「おーい! 聞こえてますかー?」
振り返るとラノベの挿絵に出てくるような大きな目をした美少女がニコニコしながらこちらを見ていた。
鼓動が速くなると同時に、僕は頭で考えるより先に謝罪の言葉を発していた。
「ご、ごめんなさい。ごめんなさい」
「なんで謝ってるの? 君何にも悪いことしてないよね?」
「い、いやなんとなく、で、です」
別棟の空き教室で急に美少女に話しかけられるなんていう非日常なラブコメ展開に緊張しカミカミになった僕の言葉に彼女はゲラゲラと少女のように笑っていた。
「そんなに笑わなくってもいいじゃないですか?」
「ごめんね。でもおかしくってさ。噛みすぎでしょ。」
彼女は口では謝ってはいるものの、多分全く反省はしていない。
その証拠に彼女は、笑い終わるとすぐにゲラゲラ笑い始めた。
そんな彼女の笑顔は少し可愛くて、惚れそうになる。
もう、これ以上僕が惚れる前に早くそのあどけなくて可愛い笑顔で笑うのはやめてくれ。
「じゃあ、僕はこれで」
「ちょっと待って。君、クラスと名前教えてよ?」
彼女は突然こんなことを聞いていた。
普段の僕ならそのまま無視して帰るところだが、そんな純粋無垢な表情で言われたら無視なんてできない。
「2年5組20番、灘 珠希です。それじゃあ」
「灘 珠希君か。うん! 覚えたよ。またね!」
そうして、僕は立ち去ったのだが、明日の放課後、この時安易に個人情報を伝えたことを後悔することになる。