7章 模様替えと笑い声
その日の午後、フェリエ公爵邸前には多くの荷馬車が停められ、使用人も忙しく動き回っていた。以前ミシェルの部屋にと頼んでいた調度が、まとめて届いたのだ。
昨日エリーズから言われるまでミシェルはそのことをすっかり忘れていた。正直、バルテレミー伯爵家やアンドレ伯爵家のことなど、何かと沈んでしまいがちなことばかりだったのだ。
しかし、古い家具が倉庫にしまわれ、代わりにラファエルと共に選んだ棚やテーブル、カーテン等が運び込まれてくると、心は浮き立ってくる。
忙しない様子を見ていると、ミシェルは落ち着かなくなってきた。
「──私も手伝いたいわ」
バルテレミー伯爵家では屋敷が忙しいときにはいつも以上に雑用を言いつけられていた。オードラン伯爵家でも、自分自身のことは全て自分達でやっていた。
ミシェルの部屋のことなのに、誰かにやってもらうというのはそわそわする。
エマが呆れたように首を振った。
「駄目ですよ。ミシェル様は、公爵夫人様なのですからね。商人が恐縮して何か落としても知りませんよ」
「それは困るわね」
ミシェルが笑って言うと、エマが嬉しそうに頷いた。
「……私も気になりますけどね。でも他の人の仕事を取ってはいけないと、エリーズから言われてしまったんです」
「エリーズがそんなことを?」
「ここに来て少しした頃ですね。オードランの屋敷のつもりで動いていましたから、驚かれてしまったようで」
きっとエマは、以前のようにミシェルの身の回りの世話の全てをしようとしたのだろう。
オードラン伯爵邸にも使用人は何人もいたが、ここまで多くはなかった。しかもナタリアからミシェルに関わるなと言われていて、洗濯すら誰一人やろうとはしなかったのだ。
「ここでは、侍女が洗濯をしていたら驚かれそうね」
「というよりも、あの家がおかしかったんですよ」
ミシェルが紅茶に口をつけてほうと息を吐く。
そのとき、仕事を終えた商人が声を掛けてきた。
「奥様。全ての品を運び終えましたので、ご確認をお願いしたいのですがよろしいでしょうか?」
「ええ、すぐに参りますわ」
ようやくミシェルが動くことができる。そう思ってわくわくと立ち上がったミシェルは、エマと共に自室に向かった。
扉の前にはララとノエルがいた。目を輝かせるララを、ノエルが窘めている。
胸を高鳴らせて扉を開けると、そこは全く違う部屋になっていた。
「まあ、素敵だわ……!」
ミシェルはここ数日の憂鬱も忘れて、心からの感嘆の声を上げた。
真っ先に目を引くのは、たっぷりとひだをとった水色のカーテンだ。重いその布は左右に纏められ、代わりに愛らしいレースが午後の日差しを柔らかくしている。
花の装飾が彫られた木製の椅子に、水色の布張りのクッション。テーブルには、花が刺繍されたレースのクロスが掛けられていた。
棚には、愛らしい鳥の装飾がされている。
机の上には、色ガラスを使ったランプに、可愛らしいガラスペン。揃いのデザインのレターセットも出して置かれているのは、ミシェルに見せるためだろう。
続き部屋の寝台には、同じ水色の布とレースを使った天蓋が掛けられている。
以前エマと一緒に買い物に行って買ったテディベアが変わらずそこにいて、何故だか笑えてしまった。
ミシェルはその部屋にある全てがとても可愛らしく素敵だと思った。
それは、ミシェルがまだ今よりも自分の好みを知らない頃に、ラファエルが導いてくれたからこそ知った好みだ。
「素敵な部屋をありがとう。とても気に入ったわ」
「お言葉、ありがとうございます」
ミシェルの礼を聞いた商人は嬉しそうに笑った。
支払いや書類のやりとりは全て済んでいたらしく、商人は次の仕事があると言って、何台もの荷馬車と共にフェリエ公爵邸を辞した。
ミシェルが椅子に座ると、まだ落ち着かずにいるララが口を開いた。
「すごく綺麗です! 奥様は趣味が良いですね。私もこんなお部屋は憧れます……」
「本当に素敵。一緒に選んでくれたラファエル様に、お礼を言わなくてはね」
ノエルが、出したままだった小物を片付けながら微笑んでいる。
「旦那様も、奥様がそう仰っていたと知ったらお喜びになりますよ」
「そうね。……楽しみだわ」
以前ならば、ミシェルの言葉一つでラファエルの心が動くなど、信じられなかっただろう。今はこんなにも自然に、気持ちを共有できると信じられる。
自分の変化に驚くけれど、少しも嫌ではない。
「でも、まだラファエル様は帰っていらっしゃらないでしょうし、少し休憩にして皆でお話しましょうか」
「では、私が紅茶をお淹れします!」
ミシェルが言うと、ララが我先にと部屋を出て行った。ノエルが微笑ましいものを見る目をララに向けている。
ララはきっと、紅茶と山盛りの焼き菓子を持って部屋に戻ってくる。
ノエルとエマも休憩だからと気を抜いて、気軽に話をしてくれるこの時間が、ミシェルは好きだ。元々ミシェルは、格式高い家の人間ではないのだから。
フェリエ公爵邸には、楽しげな笑い声が今日も響いている。




