7章 火事のあと
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ラファエルはフェリエ公爵邸を出て、王城には寄らずまっすぐにバルテレミー伯爵邸へと向かった。
バルテレミー伯爵邸の周囲には騎士が集まっており、近くの屋敷に住んでいる貴族達も様子を窺っていて、物々しい雰囲気に包まれている。
ラファエルが顔を見せると、門を見張っていた騎士が頭を下げて中に入れてくれた。
「──燃えたのは一部だけか」
かつては立派な屋敷であっただろうバルテレミー伯爵邸は、年月と共に古ぼけ、壁にはひびが入ってしまっていた。更に今は屋敷の一角が黒く焼け焦げている。
昨夜、突然発生したバルテレミー伯爵邸での火災は、見張りの騎士が早期に気付いたことで周囲に燃え広がることも屋敷が全焼することもなく消火された。
火元は邸内のサロンだ。状況を見る限り、家人達による火災であろうということだった。
サロンにいたのは、バルテレミー伯爵夫人であるイヴォンヌと、娘のイザベルとリアーヌ。発見されたときには、全員息を引き取っていた。
既に遺体は騎士団が回収済であるという。
玄関から入り、現場へ向かう。サロンは玄関ホールの近くにある。入ってすぐに、煤の臭いが鼻についた。
サロンの扉は焼け落ちていた。
中では騎士達があちこちを調べるために動き回っている。ラファエルは邪魔にならないように気をつけながら、室内に足を踏み入れた。
「ああ、ラファエルも来たか」
そこには、既にフェリクスがいた。わざわざ王族が出向く事件ではないのにここにいるのは、ラファエルがこちらに直行すると踏んでいたからだろう。
「……これは酷いね」
ラファエルが呟くと、フェリクスは振り返って首を左右に振った。それから、特に損傷の酷い一角を指し示す。
「あのテーブルの周りに、三人が倒れていたらしい。遺体の損壊が酷く、死因の特定は難しいだろうということだよ」
このサロン周辺の火災だけで済んだことが奇跡のような燃え方だ。
昨日の夜、この屋敷の使用人はイヴォンヌの依頼で騎士団の宿泊棟に保護していた。屋敷の中にいたのは、イヴォンヌとイザベルとリアーヌの三人だけだ。
あの家族が全員火事による自死を決意したというのは考えづらいから、おそらく誰かの独断だろう。使用人の保護を申し出たのはイヴォンヌだから、彼女が娘達を殺めてから火をつけたのかもしれない。
ラファエルは改めて室内を観察した。
カーテンやソファ、テーブルクロス等、様々な布製品を中心に焼けてしまっている。そこに次々に火をつけていったと考えるのが妥当だろう。
「──これは」
ラファエルはふと燃えて崩れかけたテーブルの下に何かが転がっているのを見つけた。胸ポケットから手袋を取り出してはめて、そっと手に取ってみる。
それは、透明な小瓶だった。
「ん? それは、小瓶だね。中は空のようだが」
装飾は控えめだが、蓋まで綺麗な硝子でできている。底の周囲に入れられたレースのような模様には、ラファエルも見覚えがあった。
同じものを、オードラン伯爵邸からの押収品の中で見たことがある。そちらには、まだ中身がいくらか残っていたが。
「これは、毒物が入っていたものでしょう。もしかしたら、瓶の内側から検出できる可能性が」
アランの執務室から検出された毒物の入った小瓶は、これと全く同じデザインだった。他国に咲く花から取れる特殊な成分を抽出してできたものらしい。
フェリクスが溜息を吐いた。
「毒、か。そういえば、オードランの元当主は例の毒について吐いたのか?」
「いや。その件になると口を噤むから、進まないんだ。庇うような相手だということだけは分かるけどね」
毒物の入手経路として、最有力容疑者は元伯爵夫人のナタリアである。しかしこちらも、何も知らないの一点張りだ。
アランと離婚すれば牢から出られるのかと喚くばかりで、全く話が通じない。
「それでも、この小瓶の中身が同じ毒だということはほぼ確実だよ」
「それでは、これも異国の──」
「だろう。どこから入ってきたのか……でもこんなに小さければ、上手く隠せば入国時に気付かれることはないか」
ラファエルは小瓶を近くで調査をしていた騎士に預けた。このまま持ち出すよりも、証拠品として押収してもらった方が良いだろう。
元々どれだけ入っていたか分からないが、この小瓶の全量を三人で分けて飲んだのだとしたら、全員がほぼ即死だ。
バルテレミー伯爵夫人であるイヴォンヌがイザベルとリアーヌに毒を飲ませて殺害し、サロンのあちこちに火をつける。その後、自分自身も毒を呷ったと考えれば、全てに説明がつく。
問題は、手広く商売をしトルロム国との繋がりもあったアランと違い、イヴォンヌは貴族の夫人だということだ。
何故ただの貴族夫人が、このような珍しい毒物を持っていたのか。
「どれだけ出回っているかと考えると、頭痛がするね」
フェリクスがそう言って、天を仰いだ。




