6章 断罪
◇ ◇ ◇
扉の向こうから、バルテレミー伯爵とアンドレ伯爵の声が聞こえる。
ラファエルはアンドレ伯爵の自分勝手な物言いとバルテレミー伯爵の保身ばかりの言葉に腹が立っていた。しかし隣にいるフェリクスが、まだだとラファエルを引き止めている。
確かに、ここにはもうミシェルはいない。フェリエ公爵邸の守りは万全だ。バルテレミー伯爵家も、既に騎士達に包囲させていた。
「ああ、楽しみだ。それでは部屋をお借りするよ」
アンドレ伯爵が言う。
今、ミシェルが監禁されていた部屋の鍵はアンドレ伯爵が持っている。それこそが証拠の一つなのだ。バルテレミー伯爵邸に滞在していたミシェルに、アンドレ伯爵が関与していると示すための物証となる。
これで言い逃れはできない。
ラファエルはアンドレ伯爵がバルテレミー伯爵から離れるのを待って、扉を開けた。
「──全て聞かせていただきましたよ」
口元には仮面の微笑みを。声は絶対的な冷ややかさで、相手を威圧する。
貴族社会での戦い方は、亡き父親に叩き込まれている。
「ひ──っ」
バルテレミー伯爵が、喉の奥から短い悲鳴を漏らす。
一方アンドレ伯爵は驚いた表情ではあるものの、まだ余裕があるようだ。
「おやおや、これはフェリエ公爵様でいらっしゃいますか。このような場所でお会いするとは、なんと奇遇でしょうか」
「アンドレ伯爵。私は『全て聞いた』と言ったつもりですが」
「ええ、何をでしょうか?」
それでも白を切るアンドレ伯爵に、ラファエルは笑みを深める。
アンドレ伯爵は逃れられない証拠を手に持っている。
「その手の中の鍵は何でしょう? 妻が奪われようとしているのに、私が黙っていると思われていたのでしたら心外ですね」
「私達は今夜のディナーの話をしていただけですよ。ご自分が奥様から逃げられたのではないのですか?」
アンドレ伯爵はあえてラファエルが言及した鍵のことには触れずに言う。それは、この状況をどうにかするために適当なことを言っているだけだ。ラファエルがまだ彼等と比べて若く経験が浅いが故に舐められているのだろう。
「ミシェルが、私から逃げて自らバルテレミー伯爵家に留まると? 寝言は寝てから言っていただきたい。あの子がどれだけ私の側で笑っていたか」
「もしそうでしたら、バルテレミー伯爵が攫ったのでしょう。私は関係ないことです」
アンドレ伯爵の言葉に、バルテレミー伯爵が目を見開く。
ここにきてアンドレ伯爵は保身を選んだらしい。
あっさりと切り捨てられたバルテレミー伯爵は、ぐうと唸って肩を落とす。きっとアンドレ伯爵が万一のときには自分が切られるであろうと知っていたのだ。それでもこんなにも抵抗したのは、こんな親でも子供への情は残っていたからだろう。
「──……白々しい」
ラファエルが吐き捨てると、アンドレ伯爵がラファエルを嘲笑うように口角を上げた。
「もし公爵様が『何か』を聞いていたとしても、ただ一人の証言。それもまだ若い貴方様の言葉だけで、私を裁くことはできますまい」
「──……一人だと言ったつもりはありませんよ」
ラファエルは、言葉と共に開きかけのままにしていた扉を大きく開けた。そこには王太子であるフェリクスと、その護衛を務める近衛騎士達がいる。
もう言い逃れはできない。
アンドレ伯爵が目を丸くした。その膝ががくがくと震え始める。
「で、殿下──!?」
「これまでは、金に困っている家の娘を『買って』嫁にしてきたのだろう。行方不明と言ってしまえば、生家の者も何も言えなくなる。でも、アンドレ伯爵。……私達にそれは通用しないね」
アンドレ伯爵は、その有り余る金を使って若い女を買ってきた。いつものように手に入れようとして、直前でラファエルに横取りされたのがミシェルだ。
きっと、その分だけより強く執着をしたのだろう。
ラファエルのような若造に自分よりも多くの金を積まれ、自分よりも強い権力で奪われた。そう考えてもおかしくはない。ましてミシェルは、とても美しく愛らしい。
だから、判断を誤った。
「殿下と近衛騎士の証言の信憑性を疑う愚か者が、この国にいるとは思えませんね」
ラファエルがとどめとばかりに話を再開する。
「ミシェルをこの家に連れてきたときの兵は、この屋敷にいるのと同じ、貴殿の私兵ですね。……伯爵が個人的に雇うことのできる護衛にしては、人数が随分と多いようです。これだけでも、この場で捕らえる理由としては充分です」
ラファエルが言うと、アンドレ伯爵ががくりとうなだれる。
すぐに近衛騎士がその手に縄をかけ、持っていた鍵を丁寧に証拠として保存した。これを機に、過去の妻達についても調べが進むだろう。
ラファエルは自分の身内に手を出されたことを許さない。特別法の適用を申請して、できる限り重い刑罰にするつもりだった。
フェリクスが、うつろな顔のバルテレミー伯爵に目を向ける。
「バルテレミー伯爵」
名前を呼ばれて、バルテレミー伯爵がびくりと顔を上げる。
その瞳に浮かんでいる色は恐れだ。
バルテレミー伯爵は、かつては随分贅沢な暮らしをしていたらしい。所有している領地は、確かに害虫による飢饉がなければ今も豊かだったに違いない。
しかし復興が遅れてしまったのは、バルテレミー伯爵の怠慢が理由である。
それにどんなに裕福であったとしても、幼い令嬢を虐げるために買うというのは人道に反している。
「長きに渡る当主としての務め、ご苦労だった」
フェリクスの言葉を合図に、バルテレミー伯爵にも縄がかけられる。
今、バルテレミー伯爵邸の当主執務室には近衛騎士達が押し寄せている。過去の帳簿や契約書等、余罪の可能性があるものは全て捜査権限で押収しているのだ。
たとえ余罪が見つからなかったとしても、ミシェルの誘拐未遂だけでもバルテレミー伯爵家はもう終わりだろう。
ラファエルはフェリクスと共に応接室を出た。




