4章 双子の縁談
「それで、何があった?」
ミシェルはパンを口に運びながら、ここまでの顛末を語った。フェリエ公爵家に嫁いだ話をするとデジレは大仰に驚いて見せたが、馬車の襲撃に遭い監禁されていると言うと、途端に表情を険しくした。
「実は、ここのお嬢様に縁談の話があったんだ」
「……縁談、ですか?」
「何でも、随分な金持ちとの縁談らしくてな。旦那様はそれで手を打とうとしたんだが、お嬢様達は暴れて大変なことになってた」
ミシェルは首を傾げた。
確かに、イザベルとリアーヌの理想は高そうだ。ミシェルが考えると申し訳ない気持ちになるが、かつて二人がラファエルに憧れていたことは知っている。
美しく有能な若き公爵家の当主以上の人間は、なかなかいないだろうということも分かる。しかし、そんなに嫌がるほどだったのだろうか。
「どちらに縁談があったのでしょう? それに、そんなに嫌がるなんて相手の方にも悪いですよ」
「いやー、それがな。何でも相手は歳上の伯爵で、結婚は五回目だとか。しかもイザベル様とリアーヌ様のどっちでも良いって言ったらしい」
「ミシェル様、それって」
黙って話を聞いていたエマが目を見張る。
ミシェルも驚き、思わず開いた口を手で隠した。
「──……きっとアンドレ伯爵様だわ」
ミシェルがオードラン伯爵家を出るきっかけになった縁談相手だ。
妻を虐待していた疑惑があり、過去の四人の妻は命を落としたり行方不明になっているという、アンドレ伯爵。そんな相手と結婚させられるくらいならば逃げようと、ミシェルに言ったのはエマだった。
「お金に困っている家の、気が強くて年若い令嬢……条件は合うわね」
「ですね。ミシェル様、もしかしてこの誘拐の黒幕って」
「そうだとしたら辻褄が合うけれど、まだ確証はないわ。私がお会いしたのはあの一度だけよ」
ミシェルが言うと、エマがくしゃりと顔を歪めた。
「あの変態、ミシェル様を諦めてないんですかね。最悪」
ミシェルは眉を下げ、小さく溜息を吐いた。
デジレがミシェルとエマのやり取りを聞いて眉を吊り上げている。
「なんだ。つまりミシェルがこんなことになってるのは、まさか自分達の代わりにミシェルを嫁がせようってことか?」
「嫁がせるつもりではないんじゃないですかね。多分、代わりに連れて帰って監禁でもするつもりでしょう」
今のミシェルは、没落したオードラン伯爵家の人間ではない。フェリエ公爵夫人であり、ラシュレー侯爵家の令嬢だ。
アンドレ伯爵は金に困っている人間相手には強いが、そうでない相手には弱い。それは金でどうにかなる家の令嬢を妻にしているからだ。
フェリエ公爵家もラシュレー侯爵家も金に困ってはいないから、ミシェルを渡す理由がない。
アンドレ伯爵がミシェルを手元に置く場合、正式な手続きを踏むことはできないのだ。
「あー、でもそれなら、ミシェルが客を名乗ったのにも意味があるのか」
「そうですね。黙って攫われていたら、さっさとアンドレ伯爵様に渡されていたでしょう」
ミシェルがバルテレミー伯爵家の客人でいる間にアンドレ伯爵に身柄を引き渡すと、バルテレミー伯爵家はフェリエ公爵夫人の誘拐に協力したと思われてしまう。そうでなくとも、客人を何者かに攫われたとなれば家の責任である。
いずれにせよ、相手がフェリエ公爵家であれば取り潰しにされてもおかしくないだろう。
「きっと、イザベルとリアーヌが馬車の中で騒ぐのも、その声で私が誰だか気付くのも、想定外だったんだわ」
当初の計画では、ミシェルを襲うのはイザベルとリアーヌの仕事で、一時的にバルテレミー伯爵家の倉庫に監禁し、翌朝にはアンドレ伯爵に引き渡されていたのかもしれない。
しかし計画は狂った。
ミシェルが客人を名乗ったことで、バルテレミー伯爵はミシェルを引き渡せなくなってしまったのだ。
バルテレミー伯爵家が使うにしては豪奢な馬車と、練度の高い護衛に扮した男達。イザベルとリアーヌにいたぶられるばかりの監禁生活。
この仮定で、それら全てに説明がついてしまう。
「……ここで私の思考力を奪って、離婚届にでも署名させるつもりだったのかしら」
そうすれば、ラファエルも関係なくなる。
結婚生活を苦に思った妻が家出し、離婚届をつきつけて姿をくらました。バルテレミー伯爵は止めたが、本人の意思は固かったため説得はできなかった。
それだけの話になってしまうのだ。
「逃げても、また追われてしまうかもしれないわね。どこかに証拠とかあれば良いのだけど」
ミシェルは俯いて目を閉じ、思考に集中しようとした。
できればこの場でアンドレ伯爵を捕らえてもらうことはできないだろうか。もしミシェルが逃げ出しても、また追われてしまったらいつまでも危険なままだ。ラファエルに迷惑をかけてしまう。
それに、このまま放っておいて他の令嬢が食い物にされるのも気分が悪かった。
「あー。それなら、今日の夜も公爵様は来ると思うぞ。アンドレ伯爵は元々来る予定になってるから、上手くいけば話し合いの現場を押さえられるかもしれない」
デジレの言葉に、ミシェルははっと顔を上げた。




