プロローグ〜二輪の真白な薔薇〜
「ああ、花が枯れてしまうわ」
美しい彼女が、ゆっくりと伸ばした手で花弁に触れる。
指先は雫のように、色褪せた白を滑って落ちた。
「一度枯れた花は、決して元には戻らないの。貴方も、私も」
弧を描く唇と、伏せられた目。
「──貴方、どうかお待ちになって」
私は、彼女を見ていなかった。
彼女も、私を見ていなかった。
「ええ。どこにもいきませんよ」
私の瞳を見て、彼女が微笑む。
微笑み返した私は、既に仮面を被っていた。
◇ ◇ ◇
美しすぎる花は、いつだって人を魅了する。
それは花の意思など構わない。
そしてここにもまた、花に魅了された男が、一人。
「ああ、美しい。美しい」
あの白い肌の内側にも、赤い血が流れているのだろうか。
どのような顔で泣くのだろうか。
どのような声で叫び、どのような瞳で私を見るのだろうか。
「……あのこそ泥さえいなければ」
あの花は私のものだ。
私が先に見つけたものだ。
「摘まれていても構わん。どうにかして、取り戻す手段は──」
花瓶に入れて飾ってしまえば、私のものになる。
あの花に似合うよう、最上級の花瓶を用意しなければ。
「ああ……待っていなさい。私の可憐な薔薇」
花瓶は白にしよう。
穢れない白があの薔薇には似合う。
ああ、ああ。
私の白い薔薇よ。
「──早く、私の元へ堕ちておいで」




