8章 二人の王子
「私が、でございますか?」
突然話をふられたラファエルが、予想していなかったらしい返しに小さく驚きを見せる。
「そうよ。貴方のことだから、夫人ともあまりそういった遊びをしていないのではないかと思って。興味のあることというのは、出会ってみなければ見つからないわ」
ミシェルは驚いた。
ここ最近のミシェルの悩みは、以前ラファエルに言われた、やりたいことや好きなことが見つからないことだったのだ。
周囲の人達に聞いてみたところ、エマは街の雑貨屋を巡るのが好きらしく、裁縫も得意だという。ララは乗馬が趣味で、公爵家にも実家から馬を連れてきたのだとか。ノエルは恋愛小説が好きで、自由なお金の多くを本に使っているらしい。
皆にやってみるかと聞かれてみたが、刺繍はどうしても勉強の一環のイメージが強く、趣味にできるほどの思い入れはなかった。乗馬はそもそも馬に乗ったことがないため、怖くて手が出せない。
恋愛小説は、主人公の可哀想な境遇に過去の記憶が思い出されてしまった。読書は好きな方だが、ミシェルは旅行記や冒険小説、推理小説などの方が性に合っているようだ。
ラファエルは王妃の言葉に納得したように頷いて、ミシェルに優しげな目を向けた。
「ありがとうございます。是非、そうさせていただくことにいたします」
「ええ。こちらはもう良いから、息子達の方に行ってあげて。待っているようだから」
王妃が呆れたように王子達の方をちらりと見る。二人は会話をしながらも、時折こちらの様子を窺っていたようだ。
ラファエルが小さく笑った。
「そうですね。それでは御前失礼いたします」
「失礼いたします」
ラファエルに続いてミシェルも一礼すると、王妃がまたね、と手を振ってくれた。
次に向かったのは少し離れたところにいる王子達のところだ。
ラファエルがそちらに足を向けると、すぐにジェルヴェが見つけて満面の笑みを浮かべる。ジェルヴェがフェリクスに耳打ちすると、フェリクスも気付いて手を振った。
二人の前まで移動すると、ミシェルが王族に対する礼の姿勢を取るよりも早くジェルヴェが口を開いた。
「待ちくたびれたよ、ラファエル」
ラファエルが苦笑して小さく首を振る。
「先にあちらに挨拶しないといけないだろう?」
「分かっているけれど、それでも待ちくたびれた。……やあ、公爵夫人。結婚式ぶりだね」
ラファエルの言葉に返したのはフェリクスだ。そのままミシェルにも声がかけられ、ミシェルは慌てて淑女らしく膝を折って頭を下げた。
「お久し振りです、フェリクス殿下、ジェルヴェ殿下」
「そういうのいらないから、楽にして。ラファエルとは昔からの付き合いだから、夫人も同じようにしてくれて構わないよ」
フェリクスがそう言って、ラファエルに同意を求めるように視線を向ける。ラファエルは小さく嘆息してから仕方がないというように頷いた。
「皆に傅かれるというのも窮屈だろうから、ミシェルも気軽に接してあげてほしい」
その言葉は、ミシェルにとってはとんでもないお願いだった。
王子相手に気軽にと言われても困る。とはいえミシェルにその願いを断ることなどできる筈もない。頷いて、受け入れることしかできないのだ。
「勿体ないお言葉、ありがとうございます」
「早速固いね。ラファエル、今度は逃げられないように大事にするんだよ」
フェリクスが苦笑して、ラファエルに言う。ラファエルが小さく嘆息して頷いた。
「幸せにするって約束したから、絶対に叶えるよ」
「お前のそれは重いんだよ! なあ、夫人」
「え。いえ、そのようなことは」
むしろ今ラファエルの率直な言葉にどきどきしていると言ったら、ジェルヴェはどんな顔をするだろう。しかし言葉にせずともその思いは伝わったようで、ジェルヴェは何か甘すぎるものを食べたときのような顔でミシェルとラファエルを見ている。
「あー、やだやだ。俺が最初にミシェル嬢はどうだって言ったときは興味なさそうにしてたってのに、いつの間にか捕まえてるんだからな」
「ああ、それは私も思ったよ。デビュタントのとき、ラファエルもミシェル嬢のことは見ていたよね」
「……そうなのですか?」
ミシェルは初めて聞く話に、首を傾げた。
「以前、婚約の継続が難しくなったことは話したでしょう? 二人は、夜会で見かけた令嬢を何人も勧めてくれていたんだよ」
ラファエルが、場所を気にして言葉を濁しながら説明する。
つまり、婚約者に駆け落ちされて婚約破棄もやむなしかとなったラファエルに、フェリクスとジェルヴェが丁度良い令嬢を見かけてはあれはどうだと言っていた、ということだろう。
それならば、ミシェルを個別認識できていなくても仕方ないことだ。なにせここには、大勢の令嬢がいるのだから。
「でも、あの日の夫人は目立っていたから。デビュタントの中では圧倒的に可愛かったと思うよ」
「そうそう。そうじゃなきゃ俺達だってラファエルに言ったりしないって」
「ありがとうございます。そう言っていただけて光栄ですわ」
ミシェルはそつなく微笑んで礼を言った。
ここは社交界だ。女性を褒めるのは男性として基本中の基本なのだから、本気で取って照れることはない。
しかしフェリクスとジェルヴェは呆れた目をラファエルに向けて、首を振っている。
「あ、これ、本気にされていないね」
「ラファエル。お前、もっと夫人を褒めてやれよ。可愛い子に自覚がないと厄介だぞ」
「……そうすることにするよ」
ラファエルはそう言って、また少しミシェルとの距離を詰めた。




