7章 オードラン伯爵邸の調査
冒頭アラン視点、すぐにラファエル視点となります。
「く……っ。そ、そうだ。ミシェルは! あの娘は私の妹だ。あれも連れてくるべきだ!」
アランの怒鳴り声が、倉庫の中に反響する。
アランをここで捕らえるのならば、ラファエルが大金で買ったミシェルも処刑させなければならないに決まっている。王国法では、外患罪は親族まで処刑される重罪なのだから。
アランは既に今後の明るい未来を諦めていた。
アランの頭には、ミシェルを同じ地獄に道連れにしてやるということしかなかった。
◇ ◇ ◇
「詭弁? 事実でしょう、伯爵。貴方は、この国を売ったんだ」
ラファエルの言葉に、アランが顔を赤くして噛みついてくる。
「く……っ。そ、そうだ。ミシェルは! あの娘は私の妹だ。あれも連れてくるべきだ!」
ラファエルは不快さに歪んでしまいそうになる顔を、笑みを深めることによって誤魔化した。
アランなどに見せる表情などラファエルは持ち合わせていない。こんな人間は笑顔だけで充分だ。
「ミシェル……ですか? そんな令嬢、オードラン伯爵家にはいませんよ」
「なんだって?」
「ミシェル嬢は、ラシュレー侯爵家の娘です。オードランの家から追い出したのは、貴方ではありませんか」
本当は昨日ラファエルの妻になっているのだが、知らないのならばそこまで話す必要もない。既に今朝にはほとんどの貴族に周知されているのだから、これを知らないということは、本当にネフティス王国に興味がなかったのだろう。
万一騎士団の捜査によってミシェルが追及されても、ラシュレー侯爵家からフェリエ公爵家に嫁にきたミシェルが処刑される筈がない。
ラファエルは挙式の後にアランが行動を起こしたことだけは評価していた。
「貴様は、あれを不幸にすると言っていたではないか!」
アランはもうラファエルに対して敬称も敬語も使うつもりはないようだ。
「言っていませんよ」
「は?」
どうしてそれほどにアランがミシェルを恨むのか、ラファエルには分からない。
あれから人を使ってミシェルの生い立ちを調べさせたが、ミシェルは確かに当時の伯爵夫妻の間に生まれた子供で間違いないようだった。
親が違うから恨むというのはよくある話だが、そういうことでもなさそうだ。
「彼女の今後に、その生死を含め一切関与しないと約束してもらっただけです。それを勝手に誤解したのは貴方ですよ」
「それでは、ミシェルは……」
「ラシュレー侯爵が、実の娘のように大切にしています」
ラファエルが言うと、アランはついに敗北を悟ったのか、両膝を折って項垂れた。小さな呻き声は、その事実を認めたくないが故の些細な抵抗だろう。
既にオードラン伯爵邸には騎士達が乗り込んでいる。アランの妻であるナタリアも拘束され、屋敷にある美術品の贋作も証拠として押収されている頃だ。
ラファエルはアランの抵抗がもうないことを知り、この場に自分は不要だと認識した。そもそもここにラファエルがいるのは、この件の証拠を掴んだのがフェリエ公爵家に仕える影達だったからである。
アランがミシェルの兄だからこそ、ラファエルは騎士達と共にここに来た。アランと話せば、ミシェルがあんな目に遭っていた理由が何か掴めるかもしれないと思った。
もしかしたら、屋敷の方に何かあるかもしれない。
ラファエルはそう思い、俯いて抵抗の意思を無くしたアランを置いて倉庫を出た。
「──あの、貧乏神が……!」
呻き声の間から漏れた言葉を、ラファエルは黙殺した。
オードラン伯爵邸では、ナタリアが捕らえられ、使用人達も事情を聞くために騎士団の詰所に連行されていた。
家人達の代わりに何人もの騎士達が証拠品を探し、次々に押収している。
「さて、何が出てくるかな」
倉庫から移動してきたラファエルは、まっすぐにアランの執務室へと向かった。
邸内の作りは、影からの報告で把握している。
執務室には他のどこよりも多くの騎士がいて、狭く感じる程だった。
「何か見つかったかな?」
「帳簿の類いは出てきておりますが──」
「そう」
領地の政はオードラン伯爵家と血縁のある男爵に任せきりにしていたようなので、領地の帳簿から不正は見つからないだろう。見つかるとしたら、商売の帳簿の方だ。
ラファエルは騎士にそう伝えてから、執務机の裏側に回って絨毯を捲り上げた。
報告の通り、そこには隠し金庫がある。
「ねえ君。その剣でこれ、壊してくれる?」
近くにいた騎士に声をかけると、騎士は飛び上がらんばかりに驚いていた。ラファエルに話しかけられたせいでの反応だろうが、そんなに怖がることもないだろう。
騎士はすぐに体勢を整え、ラファエルが指さしている場所を見る。それが金庫だと分かると、一礼して、すぐに現場の指揮官に判断を仰ぎにいった。
許可はすぐに下りたようで、騎士はすぐに戻ってきた。それから、手入れされた剣で隠し金庫の鍵を叩き壊す。
がん、と大きな音がした。
中身は金貨と古い手紙のようだった。
金貨はラファエルがアランに用意した三千枚の残りだろう。古い手紙にラファエルが手を伸ばすと、騎士がそれを遠慮がちに制止する。
「申し訳ございません、公爵閣下。証拠品ですので、その……」
「ああ、大丈夫。騎士団長に許可は貰ってきているんだ」
ラファエルは上着のポケットから折り畳んだ書状を取り出した。そこには、ラファエルに証拠品を現場の範囲内で確認する許可を与える旨が書かれている。
騎士が制止のために持ち上げていた腕を下ろした。
ラファエルは、古い手紙に改めて触れる。
貴族が使う上質な紙だった。手紙は一通ではなく、束になっている。
紐を解くと、全て同じ人物のものだと分かった。
「これは、先代伯爵宛だね」
呟いて、手紙を裏返す。
差出人はパトリック・エロワ。エロワ子爵家の現当主だ。
「エロワ子爵家……先代夫人の実家かな」
先代オードラン伯爵夫人である、ミシェルの母エステル・オードランの実家が、エロワ子爵家だ。先代エロワ子爵には子供が娘一人だけで、エステルの従弟であるパトリックを養子とし、後継に指名したという。
隠し金庫の中にあったのは、この手紙と金貨だけだ。それだけ重要な手紙なのだろう。
ラファエルは開封済の封筒から中の手紙を抜き取った。
開いて、そこに綴られた文字に目を走らせる。
その内容に、ラファエルは大きく動揺した。
手紙については、第2部以降で触れていきます。
第1部ももう少しですので、お付き合いいただけますと嬉しいです!




