6章 挙式の前に
「ミシェル様、お綺麗ですよ」
エマが純白のドレスに身を包んだミシェルに、揃いのヴェールを掛ける。
王都で一番大きな教会の控室で、ミシェルはいつになく緊張していた。
結婚式が行われる教会の中に入れるのは招待状を出した一部の王族と貴族だけだが、ネフティス王国の有力貴族同士の結婚式を一目見ようと、教会の外には人集りができている。今日までミシェルが花嫁であることは参列者以外には知らされていないから、驚く者も多いだろう。
ミシェルがそう言うと、ラファエルは、結婚式の前にクラリスが相手ではないことを知られると困ると言った。そして、ミシェルが着飾った姿を見せれば、誰も文句は言えないと言い切ったのだ。
「本当? エマ、私、ラファエル様の隣に相応しく見えるかしら」
「ええ、勿論です。ねえ、二人もそう思いますよね?」
エマが、ドレスの裾を整えてくれている侍女ララと、果実水を用意している侍女ノエルに言う。二人は元々フェリエ公爵家の使用人だったのだが、ラファエルの采配でミシェル付きの侍女となった女性達だ。
ララはエマの一歳下でミシェルよりも歳上の、愛らしい令嬢だ。行儀見習いのために働きにきているらしい。一方ノエルは十歳になる息子の母親で、家族揃ってフェリエ公爵家で働いているという。
「はい。私が見たことのある花嫁さんの中で、一番綺麗です!!」
「ラファエル様と並んでも遜色ない美しさですよ」
ララが両手を握り締めて元気に、ノエルはおっとりと微笑んで言う。
侍女が主人を褒めるのは普通のことなのだが、今のミシェルはそれに縋るしかなかった。
「だって、王太子殿下と第二王子殿下が揃っていらっしゃるなんて聞いてなかったのだもの。参列者はラファエル様も加えれば五大公爵家が全て揃う上、教会の外で待っているのも、町民だけではないなんて……!」
五大公爵家の一つと歴史ある侯爵家の結婚ということで、参列者は大物揃いだ。
そしてネフティス王国の貴族であれば一目見たいと言う者も多い式故、教会の外で立って待っている貴族もいるらしい。
貴族なのに、まさかの立ち見だ。
「今更、緊張してきてしまったわ」
ミシェルが言うと、エマが苦笑する。
「こんな大騒ぎでは、緊張されるのも無理ありませんよ。肩の力を抜いて、いつもみたいにしていれば、それだけで充分です」
「それだけで?」
ミシェルが問い返すと、エマは自信いっぱいに頷いた。
「はい。ミシェル様のこれまでの努力は、無駄ではないです。それに……フェリエ公爵家にお世話になり始めてまだ数日ですが、ミシェル様は前よりずっとお綺麗です!」
「エマ……」
ミシェルは今にも滲んでしまいそうな視界に気付き、ぐっと涙を堪えた。泣いてしまったら、折角綺麗にしてもらった化粧が台無しだ。式の入場前に化粧が直せるか怪しい。
「エマ。今日まで私を守ってくれて、ありがとう」
「え、ミシェル様?」
姿勢を正してエマを正面から見つめると、エマがはっと目を見張る。
今日を逃したらきっとずっと言えないままになってしまうような気がした。素直な気持ちで、ミシェルの言葉で伝えたかった。
「思っていたのよりも随分賑やかで責任重大な未来だけど、これからも私と一緒に来てくれるかしら?」
「どこまでもお供いたしますよ。私は、ミシェル様の侍女ですから」
エマが瞳を潤ませて破顔すると、ミシェルの心もほわほわと軽くなる。
「あ、私もです! 実家に帰ると面倒なので、ずっと奥様の側にいたいです!!」
「ふふ、では、私もお供いたしましょうか」
二人の会話を聞いていたララとノエルがふざけて会話に入ってくる。エマもそんな二人に思わず吹き出して、これから結婚式だというのに、随分和やかな雰囲気になってしまった。お陰で、いつの間にかミシェルの緊張が大分和らいでいる。
扉が軽く叩かれ、担当者がミシェルに入場口まで移動するよう伝えてくる。
ここからは、ミシェル一人で行かなければならない。
「──……それでは、行ってきます」
「「「行ってらっしゃいませ」」」
エマとララとノエルが、声を揃えてミシェルを送り出してくれた。
ミシェルが教会の入場口に行くと、既にラファエルが待っていた。
ラファエルは白い正礼装姿だ。胸元に、ミシェルのドレスの刺繍に合わせた百合の花のブローチがついている。
ただでさえ眩しいほどに輝いているラファエルがこうして華やかな衣装に身を包むと、物語から出てきたどこかの国の王子のようだ。
これからこの人と並んで結婚式をするのだと思うと、不安になるほどの美しさである。
「お待たせいたしました、ラファエル様」
ミシェルの呼びかけで、ラファエルが振り返る。その瞳が、これ以上ないというほど大きく見開かれた。
「……何かございましたか?」
ミシェルが声をかけると、ラファエルはすぐにいつもの調子を取り戻す。
ラファエルが右手を差し出してそっとミシェルの手を取る。そのまま軽く引き寄せられて、ミシェルはラファエルの腕に手をかけた。
少し見上げると、隣にはラファエルがいる。その瞳は、一生一度の結婚式のために精一杯着飾り、磨かれたミシェルに向けられていた。
「……幻想的なほどに美しいよ。まるで天井画の女神が、この世に舞い降りてきたようだ。本当に、よく似合っているね」
ラファエルの大げさな物言いに、ミシェルは思わず苦笑した。
「ふふ、そんなことないです。女神様に失礼ですわ」
母親似であることは分かっているので見た目には自信があるミシェルだが、流石に女神に例えるのは言い過ぎだ。それに、ラファエルと並ぶにはこれでも足りないかもしれない。
それでも求められる役割を果たそうと、ミシェルは扉を見据えて微笑みを浮かべた。




