5章 望んだ再会
「エマ……!」
ミシェルがエマを見間違う筈がない。
毎日、一緒にいた。誰よりも近い場所で、いつだって支えてもらっていた。
エマの榛色の瞳が、ミシェルを捉えた瞬間涙でいっぱいになる。
「ミシェル様!!」
寝台から抜け出ようとするエマを止め、必死で飛びつきたい感情を抑えたミシェルは、その首元にゆっくりと抱きついた。
エマが怪我をしていたら、強く抱きついてしまうと痛いだろう。
ミシェルの遠慮を悟ってか、エマがミシェルよりも強い力でミシェルを抱き締める。ミシェルは半分寝台に乗り上げた状態だ。とてもラファエルに見せられる姿ではないと分かっていても、ミシェルはそのその腕を離すことができなかった。
「エマ、エマ……! 本当にごめんなさい。私のせいで──」
オードラン伯爵邸では一滴も流れなかった涙が、簡単にミシェルの瞳から溢れてくる。互いの涙がぽろぽろと流れ落ちて、どちらの涙で濡れているのかも分からなくなってくる。
「いいえ、ミシェル様。ご心配をおかけしました。無事、あの屋敷から出られたのですね」
エマが嬉しそうに言って、抱き締める腕を緩めてミシェルの無事を確認する。愛らしく整えられたミシェルを見て、エマはくしゃりと笑った。
「ミシェル様、とても可愛らしいです……! またお会いできるとは思いませんでした」
ミシェルも笑顔で応えて、はっとエマを観察する。
掛け布団の中までは分からないが、見える範囲では、頬にガーゼが当てられている以外の外傷はないようだ。しかし一度はその死を覚悟していたミシェルは、不安でいっぱいになる。
「そうよ、エマ。貴女こそ怪我は!? 痛いところはない? 頬は──」
「大丈夫です、ミシェル様。この頬も、大した怪我ではありませんから」
エマが何でもないというように笑う。
それでも心配だったミシェルは、扉の前に立ったままでいるラファエルを振り返った。
「公爵様、どうしてエマがこちらに……」
ラファエルはミシェルとエマの様子を見て微笑んでいたようで、眩しいものを見るように目を眇めた。
「良かった。エマ嬢だとは思ったんだけど、もし違っていたらミシェル嬢に悪いと思って、今まで言えなかったんだ」
そう言って、ラファエルは言葉を続けた。
「昨日ミシェル嬢と塔で会話をした後で、森に人を遣って探させたんだ。夜中前には見つかったんだけど、そのときにはエマ嬢も憔悴していて、話ができる状況ではなくて。今朝聞いて、すぐにミシェル嬢を迎えに行ったんだよ」
ラファエルの言うことは、あまりにミシェルに都合が良かった。
森は広い。探させたというが、いったいどれだけ手間をかけてくれたのか。ミシェルが諦めて泣いていた間に、ラファエルはミシェルのために動いてくれていたのだ。
「そんな……本当にありがとうございます。私のために、そこまで──」
「いや。私のためでもあるから、気にしないで。ミシェル嬢は森と聞いて驚いてしまっていたけれど、実はあの森、奥に行くほど恐ろしい野獣がいるから、大抵の人はそんなに奥の方までは入れないんだ。オードラン伯爵は、エマ嬢を森に連れていく人員にきっとあまりお金をかけないだろう? それなら、無事でいる確率は一気に上がる。──それでも、エマ嬢が迷って奥に入ってしまわないとも限らないと焦ったけれど……エマ嬢は賢かったからね」
ミシェルが首を傾げると、エマが苦笑して続きを教えてくれた。
「意識を失って森に連れて行かれたんですけど、私、目が覚めてすぐに一番近くにあった木の上に登ったんですよ。見た感じで森だと分かりましたし、地面にいたら危ないかな、と思いまして。夜だったので、日が昇り始めたらそれを頼りに脱出しようとしていたのですが……助けていただいて助かりました」
ミシェルは驚いて、まじまじとエマの顔を見詰めてしまう。
「でもその……頬の怪我は」
「ああ、これですか? 屋敷で旦那様に叩かれたやつです」
エマが何でもないというように笑うが、ミシェルは申し訳なくて眉を下げた。
「ごめんなさい! 私のせいで、お兄様に──」
「いや。ミシェル嬢のせいでもないし、もう兄でもないよ」
ミシェルの言葉を遮ったのはラファエルだ。
気付いたミシェルははっと口を噤む。もうオードランを名乗ることを禁じられたミシェルは、アランを兄と呼ぶこともできない。いや、しなくて良いのだ。
今度は、事態を呑み込めていないエマが首を傾げる番だ。
「失礼いたします、公爵様。どういうことでしょうか?」
「──ここでこのまま話すのも、あまり良くないからね。エマ嬢の体調さえ良ければ、この後三人で昼食をしようと思うんだ」
ラファエルからの提案に、エマは侍女の自分が同席しても良いのかと聞いたが、ラファエルは、今は侍女ではないから、と言った。
エマの体調には問題がないということで、ミシェルはラファエルの提案を二つ返事で受け入れた。エマもミシェルが受け入れたものを否定することはない。
そうして三人で行うこととなった昼食会で、エマがいなくなってからのミシェルの話は、エマにすっかり伝わってしまったのだった。




