3章 望まぬ再会
ダンスを終えたミシェルは、アランに手を引かれてナタリアが待つ場所へと戻った。
ミシェルがアランの手を離すと、すぐにナタリアがアランの腕に寄り添う。自分のものだと主張するようなその行動に苦笑しそうになるのを堪えて、ミシェルは目を逸らした。
「ねえアラン、私達も踊りましょう?」
ナタリアがアランを上目遣いに見る。アランはミシェルをちらりと見てから、ナタリアに向き直った。
「ナタリア。すまないが、今日はミシェルを一人にはできない」
アランの言葉に、ナタリアがミシェルを強く睨む。
ミシェルはアランの思惑通りに行動したら、きっと誰とも会話が許されないだろうと思った。それでは、折角の作戦が台無しだ。この状況を打破するには、どうにかしてアランとナタリアから離れて一人になる時間を取らなければならない。
ミシェルはあえてしおらしく見えるように目を伏せ、ゆっくりと口を開いた。
「……私は大丈夫ですわ、お兄様。ここでお待ちしておりますから、どうぞ、お二人で踊っていらしてください」
「ほら、この子もこう言っているのだし。踊りましょうよ」
ナタリアに言われて、アランは困ったような顔をする。やはり、アランはナタリアには弱いようだ。溜息を吐いて、ミシェルに厳しい目を向ける。
「──余計なことはするな」
「存じておりますわ」
ミシェルが真面目な表情で言うと、アランは念を押すようにじっとミシェルの瞳を見つめた。それからナタリアに微笑んで、恭しくダンスを申し込む。頬を緩めたナタリアがその手を取って、二人はダンスを踊る貴族達の中に溶け込んでいった。
ミシェルは小さく息を吐き、そっと周囲を見渡した。
王族席の周辺はミシェルが入場してきたときと同じように華やいでいる。よく見ると、国王と王妃の周囲は落ち着いた雰囲気で、王太子である第一王子とその友人、そして第二王子とその友人を囲むようにして、特に華やかに着飾った令嬢達が集まっているというのが正しいようだ。
第一王子も第二王子も未婚だ。高位貴族の令嬢達としては、お近付きになりたいのだろう。
「あそこに混ざるのは無理だわ……」
まだ夜会は始まったばかりで、王族席に近い場所にいる人達が動く気配はない。
ならば自分から近付かなければならないのだが、ミシェルのような者など、頑張ったところで令嬢達にあっという間に放り出されてしまうに違いない。
ミシェルは作戦の甘さを痛感しながらも、王子達の側にいる男性を順に観察した。後で彼等が離れて他の場所に移動したときに話ができるよう、顔を覚えておかなければならない。
その中の一人に、目が引きつけられた。
プラチナブロンドのさらさらと流れるような髪が、着飾った令嬢達に囲まれながらも一際美しく輝いていた。微笑みを崩さない顔には、印象的な紫の瞳が二つ。
不意に視線が絡んだような気がして、ミシェルは慌てて目を逸らした。
誰もが美しいと評するであろう顔に、適度に鍛えられた身体。高身長と言われている王子達と変わらないほど背が高い。
「……フェリエ公爵様って、きっとあの方のことね」
あれでは、女性達が放っておかないに決まっている。
いくらミシェルが自身の容姿がそれなりに整っていると自覚していても、あの美貌の青年に声をかけようとはとても思えなかった。
まもなく音楽も中盤にさしかかる。ミシェルは焦っていた。
王族席周辺に動きがないのなら、近くに丁度良い高位貴族はいないだろうか。ミシェルが近くにいる人を観察していると、斜め後ろから声をかけられた。
「失礼します、レディ。少しお話しませんか?」
「ええ。こんばんは、良い夜ですわね」
声をかけられたミシェルは、すぐにその相手に微笑みを向ける。
ミシェルよりも僅かに歳上のように見える男性だ。服装からして、オードラン伯爵家と同等か少し下の家格の家の者だろう。
このまま何の成果もないまま帰る訳にはいかない。せめて味方を作ろうと、ミシェルは男性の話に柔らかな表情で相槌を打つことにした。
それがいけなかったのだろうか。
ほんの短い時間のうちに、ミシェルの周囲に若い貴族男性の人集りができてしまった。
これでは味方を作るどころか、かえって敵を作ってしまいそうだ。誰かとゆっくり話をすることもできない。目立ち過ぎて、アランが戻ってきたら叱られてしまうだろう。
失敗した──とミシェルが思ったそのとき、人集りの外から女性らしい高い声がした。
「ミシェル、久し振りね。元気でして?」
ミシェルは男性達に向けていた微笑みのままそちらに顔を向けて、表情を凍りつかせた。
「すみません、殿方様方。少々遠慮していただけるとありがたいのだけれど──」
知り合いらしい女性二人がミシェルに近付いたのを見て、男性達は遠慮してその場を離れていく。
社交界では女性同士の会話を優先させるというのは、この国では一般常識と言える程に浸透したマナーだ。貴族令息達であれば、守らない筈がない。
ミシェルは心の底から、彼等を引き止めたくて仕方がなかった。どうか、一人にしないでほしい。しかし無情にも、あっという間にミシェルの周りはすっきりと人がいなくなる。
残ったのはミシェルと、声をかけてきたイザベルとリアーヌだけだった。
「ミシェル。貴女、挨拶もできないのかしら」
イザベルから冷たい視線を向けられて、ミシェルは慌てて膝を折った。