エピローグ〜その神の名は〜
ミシェルがフェリエ公爵邸に戻ってきてからひと月が経った。
パトリックは殺人罪、外患罪、内乱幇助罪等の様々な罪に問われ、拷問の後処刑されることが決まった。
捕らえられたジラール男爵はネフティス王国の法律で裁かれることが決まっている。
騎士が、獄中のナタリアに父親であるジラール男爵が白骨死体として発見されたことを伝えたところ、ナタリアは静かに頷いて、それまでの態度とは打って変わって素直に自白をし始めた。
ジラール男爵は酒場で見かけたアランを高位貴族の嫡男であると認めた上で、利用しようとして近付いた。ナタリアが男爵からアランの決断を誘導するように指示されたのは、一度や二度ではなかった。
ナタリアは共に過ごすうちにアランを好きになってしまっていた。それでも、育てられた恩がある父親を裏切ることはできない。その鬱憤を、ミシェルを虐げることで発散していたという。
ミシェルをトルロム国のハレムに売ろうとアランに提案したのもジラール男爵だ。男爵はトルロム国の第一王子から、見目の良い少女がいれば奴隷として自国に連れてくるようにと言われていた。
パトリックが懸想していたエステルの娘であるミシェルは、当然ジラール男爵の目についた。しかし協力者となったアランの妹であるミシェルを黙って攫うことはできない。そのため、アランにミシェルをハレムに入れることを了承させたのだ。
王宮の騎士達が調査をしたところ、アランがトルロム国に流した私財は、全てハレムの運営資金として使い込まれていたらしい。
いずれにしろ、アランが望んだトルロム国での豊かな暮らしは実現することはなかったのだ。
事実が発覚したあと、ネフティス王国はトルロム国に対し正式に抗議した。
トルロム国の王はすぐに第一王子から王族籍を取り上げ、苦役刑に処したという。同時に、ネフティス王国への敵意はないという書面を送ってきた。
一時凌ぎにしかならないことは、双方の国の王族が知っている。
同盟の行方は今後次第だろう。
そして今日、全ての尋問を終えたアランとナタリア、そしてパトリックは、処刑されることが決まっている。
「──これで良かったの?」
ラファエルがミシェルに問う。
ミシェルは王宮の方角を見て、僅かに目を伏せた。
ミシェルとラファエルは、二人が出会った王都の端にある塔の上に来ていた。
ミシェルはアランとの面会の機会を断って、この場所に来ることを選んだ。
地上よりも強い風が二人の髪を靡かせている。
ミシェルの手がしっかりと繋がれたままなのは、ラファエルが絶対に離さないと言ったからだ。
「ええ。お兄様にとって、私は妹ではなかったのよ」
冷たいと言われても、ミシェルの中にはもうオードラン伯爵家に対して抱く感情はない。あの家に残したものは、もう、何もなかった。
「ミシェル……」
「それに、私には新しい実家があるわ。私の家族は……ラファエル様とラシュレー侯爵家よ」
エステルはセルジュを愛していた。
セルジュはエステルの愛し方を間違えた。
エステルはパトリックの歪んだ愛で殺された。
セルジュとアランはミシェルの出自を疑った。
ナタリアはアランと父親の狭間で選択を間違えた。
バルテレミー伯爵は娘達への愛と甘やかしをはき違え、
イヴォンヌはたくさんあった筈の選択肢をただ一つだけと見誤った。
嘘と疑念は彼等の中での真実となり、やがて誰もが身を滅ぼしていった。
「……私は、やっぱり貧乏神だったのかしら」
鐘が鳴る。
処刑が執行される時間だった。
もう、ミシェルの血縁は誰も残っていない。
「ミシェル……」
「いきましょう、ラファエル様」
ミシェルは最後に一度王宮をまっすぐに見て、ラファエルの手を引いた。
しかしラファエルは逆にミシェルの手を引いて、強く抱き締めた。閉じ込められた腕の中は、ミシェルに優しい世界だ。
「ミシェル。君は貧乏神ではないよ」
「でも──」
ラファエルの声は穏やかで、ミシェルはいたたまれない気持ちになる。ミシェルに関わった者達が悲惨な末路を遂げてしまったことは事実だ。
もしかしたら、ラファエルもいつか同じ未来を迎えてしまうかもしれない。
それなのに、新しく手に入れた幸せを何も捨てられないミシェルを許すように、ラファエルはミシェルの背を撫でる。
「もしも君が何かの神なら、それはきっと裁きの神だ」
「──……裁き?」
聞き慣れない響きに、ミシェルは目を見張る。
「そう。道を誤った者に、正しい裁きを与える神に……ミシェルは愛されているのかもしれないよ」
ラファエルがミシェルに言う。
その声は、それこそが真実であるとほんの少しも疑っていないというように、確かな声だ。
だから、ミシェルは潤んでいく瞳を隠せない。
自分を愛することも信じることもできずにいたミシェルには、その言葉こそが許しだった。
「そう、かしら」
ラファエルがミシェルの涙を指先でそっと拭う。
ほんの少し緩められた腕の中、ラファエルのアメジストの瞳がミシェルを射貫いた。
「うん。だから、私はその神に愛してもらえるように……しっかり生きていかなければいけないね」
出会ったばかりの頃からは想像もできないほど柔らかな表情で微笑んだラファエルが、ミシェルにそっと口付ける。
痛みは消えない。
過去は変わることはない。
後悔は、いつまでだってついて回る。
それでも、生きていくのだ。
ゆっくりと離れた二人は、どちらからともなく未来への一歩を踏み出した。
「行こう」
「ええ。いきましょう」
この後、ミシェルとラファエルはラシュレー侯爵邸での昼食会に招かれている。
両親と和解したクラリスが夫と共に帰宅していて、ミシェルに会いたがっているのだそうだ。
クラリスはラファエルにも謝罪したいと言っているらしい。
ラファエルは謝罪は不要だと言っていたが、ミシェルはそれを聞いて、姉夫婦と仲良く過ごすことができる未来に希望を抱いていた。
二人が去った塔の上には、真っ白な薔薇の花束だけが残された。
これにて完結です。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
30万文字を超える長編の連載は久し振りでした。
ここまで連載できましたのは、応援してくださった読者様方のお陰です。
本当に、本当にありがとうございました。
心から感謝しております。
落ち着いたら後日談も書きたいと思っております。
どうぞ、よろしくお願いいたします(*^^*)
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