7章 ラファエルの推理
ラファエル視点です。
◇ ◇ ◇
それより少し前のこと。
ラファエルは、フェリクスが王都から寄越した影からジラール男爵邸の調査結果を聞き、困惑と納得の感情を同時に抱いていた。
ジラール男爵邸の地下にあった、使われていない個人的なサロン。そしてそこから見つかった、白骨化したジラール男爵本人らしき遺体。
パトリックを訪ねてきたジラール男爵らしき男の人相は、ラファエルが知っているジラール男爵のものと全く同じだった。変装の類いであることは分かるが、それを十年以上も続けているというのは並大抵のことではない。
ラルからの報告で、地下に現れたジラール男爵には足音がなかったと聞いている。ならば当然、一般人ではないのだろう。どこかの密偵か誰かの影が、男爵の命を奪い、成り代わったに違いない。
「目的は……まあ、この国かな」
使われている毒物は、どれもトルロム国のものだ。ならば、単純に国家転覆を狙っていると考えるのが自然だ。
ネフティス王国を揺るがすために誰かに成り代わるのならば、貴族を選ぶ必要がある。
しかし高位貴族を選ぶのは危険である。
そもそも高位貴族は影を持っていることもある。そうでなくても屋敷の警備が厳しいことがほとんどだ。誰にも気付かれずに命を狙い、死体を隠し続けることは難しいだろう。
ならば、人脈がある男爵あたりを狙う方が現実的である。
最初から持っている人脈を利用して、少しずつ高位の貴族に近付いていく。エロワ子爵家と、オードラン伯爵家。バルテレミー伯爵家もいつの間にか衰退し、ついに滅びた。
ラファエル達が気付いていないだけで、他の貴族家も被害に遭っていたかもしれない。
ジラール男爵の人脈とトルロム国の力、そして『貴婦人の枕』と『夢への誘い』があれば、難しいことでもない。
王位継承権を持ち、二人の王子に信頼され実務を任されているラファエルの命を奪えば、ネフティス王国はしばらく混乱するだろう。もしラファエルを殺すことができなかったとしても、かつて主人がアランから買い受けようとした美少女──ミシェルを手に入れることができれば、それも良い。
今のネフティス王国は、もし攻め込まれたとしても簡単に負けることはない。相手も長期戦のつもりで潜入させていたのだろうから、一旦はその程度の成果でも充分だろう。
「ですね。それで、どうしますか?」
影がラファエルに問う。
ラファエルは薬が切れたのか、痛み出した身体を誤魔化すように、ポケットに入れていた痛み止めを飲んだ。思考の邪魔をする痛みが消えていくと共に頭の回転が速くなる。
相手には都合の良いことに、かつてのジラール男爵は社交的で、誰でも気軽に屋敷に招いていた。酒と社交に金をかけるため、使用人の数も最小限だったに違いない。
しかも、かつてからジラール男爵は商人として複数の国と関わっていた。改めて考えてみると、ジラール男爵はなんて丁度良い人物だったのだろう。
そして偽物のジラール男爵はおそらく、トルロム国の王子の誰かに仕えている。
「──偽物のジラール男爵を追ってトルロム国に向かったベノに、どの王子の宮に報告が行ったかを確認させたい。同時に偽物がこの国の王都に戻る前に、関所で拘束するよう騎士を動かすよ。本物の死体が見つかったことを偽物が知らないうちに、逃げられないようにするべきだね」
ラファエルは言いながらフェリクスとジェルヴェに宛てた手紙をしたためる。封をして、直接届けるように影に頼んだ。同時に別の影にフルールのケーキとマカロン、そしてベノへの伝言を託す。
明日の朝には、ベノはここに戻ってくるだろう。
偽物のジラール男爵の身を確保し、ラファエルの戦力が集まったところで、エロワ子爵邸の地下に踏み込む。偽物を捕まえてしまえば、影もパトリックを切り捨てる。そう指示されているに違いない。
計画通りならば、きっと明日の正午には全ての準備が整う。
「ミシェル、もう少しだから」
パトリックが使っている影は、必ずしもパトリックに姿を見せている訳ではないらしい。フルールのケーキとマカロンを持った影がパトリックを呼べば、地下への扉は開く。
その隙を利用して、ミシェルの側にいるラルに伝言を頼んだ。
ミシェルに伝えて期待を持たせることは、まだできない。もしどれか一つでも上手くいかなかったならば、ラファエルの命は危険なまま。ミシェルも地上に出るよりも地下にいる方が安全なままだ。
しかしすぐに届けられたラルからの返事は、ミシェルが無茶をしようとしているから必ず成功させてくれというものだった。
ミシェルはラファエルが目覚めた姿を見ていない。
自分のせいで傷付いたミシェルが地下で何を考えているのかと思うと、胸が苦しかった。
「──……絶対に成功させるよ」
もう、ミシェルに伝えることはできない。
ラファエルは影達も姿を消した部屋で、一人覚悟を決めていた。




