4章 とじこめる
ヨナスは内心で溜息を吐き、ダミアンの前に立った。
「ダミアン。そうしていても何も変わりません。正気に戻ったのならば、今から動いてください。後悔している暇はありませんよ」
「……はい」
ようやく姿勢を戻したダミアンは、やはり酷い顔だ。
しかしそれでも、顔を上げているだけましだろう。
「まずは情報を共有します。覚悟は良いですか」
ダミアンに必要なのは、記憶が無い間に自分がしてしまったことと向き合う覚悟である。たとえ操られていたとしても、ダミアンはきっと責任を感じてしまうだろう。
「──はい」
ダミアンがしっかりと頷く。
ヨナスはラファエルとミシェルの、そしてフェリエ公爵家の未来のために、これまでの出来事を話し始めた。
◇ ◇ ◇
与えられた部屋で仮眠を取っていたミシェルは、扉が軽く叩かれる音で目覚めた。
呼んでいるのはパトリックだ。夕食を一緒に食べようということで、ミシェルは支度をすると言って少し待ってもらうことにする。
時計を見ると、数字の七を指している。
なんとなく窓を見たが、そこには時間によって変化することのない晴天の絵画があり、ここが地下なのだと思い出された。
これは、眠りすぎたら朝と夜が分からなくなってしまいそうだ。
「……カーテンは閉めておきましょう」
ミシェルは立ち上がって、部屋中のカーテンを閉めて回った。
これからは夜に閉めて、朝には開けることにしよう。
ミシェルがいつまでここにいるのかは分からないが、この地下室では、少なくとも独力で脱出することが不可能だと言うことは分かる。
ワンピースから淡い水色のドレスに着替えて、髪を梳かす。最後に簡単にピンで整えて、扉の鍵を開けた。
「お待たせいたしましたわ」
「ありがとう。もう支度はできているんだ」
案内された先は、最初の部屋とはまた違う部屋だった。小さな食堂のような作りだ。ミシェルをここまで連れてきた使用人風の男もここにはいないようで、パトリックとは二人きりだった。
やはりカーテンから見える景色は一面の小麦畑だ。こうなると、晴天であることがかえって恐ろしい。
テーブルの上には、いっぱいに皿が並んでいる。
ミシェルが席に着くと、向かい側に座ったパトリックがミシェル側の皿から一口ずつを食べてみせた。
「私が作ったものだから、口に合うかは分からないけれど。毒は無いから安心して食べてね」
「……いただくわ」
ミシェルはパトリックの行動に困惑しつつも、食事を始めた。
用意された食事は一般的なものだった。質は良いが、料理自体は特別上手くはないという仕上がりだ。できてから時間が経っているからか、スープはぬるくなっていた。
「どこで作っているの?」
「隣に厨房があるんだよ。地下だから食材の保存も利くし。でも危ないから、君は入れないようにしてあるからね」
「そう」
どうやら、食事の支度で地下室から出る必要すら無いらしい。入れないようにしてあるというのは、鍵を掛けているということだろう。厨房から刃物を持ち出すのも難しそうだ。
「……さっき工房って言っていたけれど」
ミシェルは気になっていたことを聞くことにした。
パトリックはミシェルから会話を振られたことが嬉しかったようで、笑顔で頷く。
「ああ! 絵を描いたり、物を作ったりしているんだ。私の生きがいだよ」
「そう、なのね。あの絵も貴方が?」
ミシェルは窓のように見える絵画を手で示した。
パトリックはその仕上がりに自信があるのか得意げだ。
「そうだよ。綺麗だろう?」
「ええ。本物のように見えたわ」
遠目に見たら本物と見紛うほどの出来だった。これを描くことができるというのは、余程普段から絵を描いているのだろう。
パトリックはミシェルに褒められたことが嬉しかったようだ。ありがとう、と言って、照れ隠しのように食事をぱくぱくと食べていく。
ミシェルは微笑んだままその礼の言葉を受け取った。
口にはしないが、地下の窓代わりに飾られている絵画達はどれも小麦畑だ。微妙に見え方が異なるのは、覗く窓が変われば見え方が変わるからだろう。
そこまで計算して小麦畑を描き続けているのならば、これだけ上手くなるのも分かる気がする。
何故そんなにも小麦畑にこだわっているのかは、まだ分からない。
今工房で描いているのも小麦畑なのか。それとも、他の何かか。もしも小麦畑であるのならば、それは恐ろしいほどの執念である。
「現実感を追求しているんだ。景色は変わってしまうけれど、作品に閉じ込めてしまえばずっと変わらないだろう?」
「作品に閉じ込める?」
「そう。そうすれば、いつまでも愛でていられるからね」
パトリックが言っていることは、ミシェルにも理解できることだった。
旅先で見た美しい景色などは、持ち帰ろうとしてもできるものではない。しかし絵画であれば、何度でも見返すことができる。




