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その手を伸ばせば

 城の外に出て歩いていると俺を見た兵が敬礼をしていく。



 何もしないのも少々いたたまれないので、いちおうこちらも返礼しているが、あまり似合っていないようで横のフェアリスが笑っている。

 

 睨みつけたがあまり効果は無いようだ。



 彼女はやはり人の上に立つのに慣れているからかそれを平然と受けており、さらにそれが様になっている。それを見てしまっては言い返すこともできなかった。



 突入時に置いてきた船に向かって歩いていると、遠くから将軍が馬に乗ってこちらに向かってくるのが見えた。



 そして、俺の目の前に来ると馬から降り、声をかけてくる。



「勇者様!ご無事で何よりです。それに、見事魔王を討ち果たしたとのこと。本当にお疲れさまでした。これでようやく兵を家に帰してやれそうです。軍を預かるものとして、貴方に深い感謝を」


 

 将軍はこちらに向けて深く頭を下げる。



「将軍、頭を上げてください。俺は俺のすべきことをした。ただ、それだけです。まあ成果報酬はたんまり貰えると信じていますが」



 少し冗談めかして言うと、彼は一瞬ポカンとした顔をして笑い出した。



「はっはっはっは、そうですな。私からもしっかり口利きしておきましょう」



「それは助かる。あんまりお偉いさんに知り合いはいないからな」



「いやいや、その方がいいと思いますよ。私も政治の世界にいたくないから前線にいるようなものですしな。はっはっは」



 将軍が豪快に笑いながら冗談を返す。会話を聞いていた周りの兵達も笑っている。


 その光景が、戦いは終わったのだという実感を改めて与えてくれた。




「逃げたものを除けば敵はほぼ掃討しました。我々はしばらくここに陣を張る予定ですが、他国からの援軍は既に撤退準備に入っております。勇者様のご一行も、傷が癒えましたら王都に先に帰還して頂いて大丈夫です」



「ありがとう。手伝わなくても大丈夫か?」



「はい。敵の組織だった抵抗はもうほとんどないでしょう。あとは消化試合みたいなものです。我々にお任せください」



 すぐに帰りたいという気持ちはあったのでその言葉はありがたい。

 

 できる限り早く終わらせたが、やはり時間はある程度かかった。王都の皆にも早く顔を見せて安心させてあげたい。



「ありがとう。じゃあ、レイアとサクラが回復したら一足先に王都に帰らせてもらうよ」



「かしこまりました。勇者様もお疲れでしょう、陣に戻りお休みください」


 

「何から何までありがとう。じゃあ、少し休ませてもらうよ」



 将軍から離れ、船に乗ると風の魔法で船体を浮かせた。

 

 しかし、今までと同じような力加減でやってしまい、船体が凄まじい速度で上がってしまった。何とか力を弱め、少しずつ降下させていく。


 

 背中には文句を言うような視線が突き刺さっている。船を降りたら覚悟しておかなくてはいけないかもしれない。


 そう思いながら陣地に向かった。






 

 降りた後は予想通り散々文句を言われたもののなんとか自分の天幕に戻ってくることができた。


 だが、疲れは少しあるものの、別に眠いというわけでは無いので何をしようかと迷う。

 


 

 とりあえず、仰向けになってぼーっと天井を見つめる。



 正直、自分の体が神に近いものだというのはあまり実感がわかない。でも、さっき船を浮かせるときもそうだったが、完全に今までとは違うのが分かった。



 王都に帰る前に少し慣らしておく必要があるかもしれない。



 別に眠くないし、善は急げだ。練習しに行こうと思い天幕を再び出る。



 そして、自分の体を風魔法で浮かせると、魔王と戦っていた平原に向かった。



 戦いの傷跡が未だ残る大地に降り立つ。


 魔法を順番に、力加減を変えながら放っていく。



 

 しばらく経ったろうか。かなり体は馴染んできた。これなら変に強い魔法を使ってしまう可能性もだいぶ減っただろう。



 陣地にもどろうと体を浮かせる直前、ふと思いついた。



 あれ?これってお風呂とか作れるんじゃ。土魔法で小さい風呂を作っていく。そして、水魔法と火魔法を行使し風呂が完成した。


 周りには誰もいないので裸になり、水魔法で軽く汚れを落とした後、風呂に浸かる。




「あー気持ちいい。これは正に命の洗濯ってやつだな。日本人の故郷といってもいい」


 

 空を見上げると満点の星が輝いていた。今まで戦いばかりであまり気づかなかった。少しもったいないことをしていたかもしれない。



「これからはもう少しこの世界を楽しんでもいいかもしれない。みんなで旅行に行ってもいいし。せっかく平和になったんだ、異世界とやらを堪能させてもらうか」



 肩まで風呂につかり、ただただ星を見上げる。





 最終決戦の前ということもあってあまり触れなかったが、みんなは俺が偽勇者だと気づいているようなことを言っていた。



 みんなに言い出すのがずっと怖かった。言ったら失ってしまうとずっと思っていた。




 でも、それでもいいと彼女たちは言ってくれた。



「男として情けないなー。勇者なんて言っても所詮俺は俺だ。でも、俺も勇気を出さないとな」

 


 前の世界では、仕事と自宅を行き来するだけだった。俺は空っぽの人間だったのだ。


 この世界で自分なりに動いてきた。そして、それを彼女たちは認めてくれた。



 正直嬉しかった。だから、俺はもっと踏み込んでみようと思う。

 

 以前のように臆病なままでいて失ってしまうのは絶対にいやだ。



 

 前の世界では家族は既におらず、大切な人もいなかった。


 だが、今はそれが目の前にある、そう思うから。





 

 空では星が宝石のように輝いている。


 当然それが遥か遠くにあることは知っている。


 でも、雲一つない今は、手を伸ばせば届くのではというほど近くにあるように感じた。

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