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家族の定義

 レイアの家で過ごし始めて1ヶ月ほどが経った。


 例の姉妹は恩を返したいと言う気持ちからか、レイアに手伝いを申し出。使用人たちに屋敷の仕事を習いながら日々励んでいるようだ。


 一方、俺はどこから聞きつけたのか、日々ご機嫌伺いに訪れる貴族様方の対応にそろそろげんなりし始めていた。


 しかし、俺とは対照的にレイア宛の訪問は一切無い。不思議に思って聞いてみたが、以前からそうだったようで本人的にもそれでよいようだ。

 それでいいのか大貴族様。

 

 今日していたアポイントメント分は午前中で終わったので庭で寝そべって空を見上げていると声がかかる。


「勇者様?こんなところでどうしたの……ですか?」


 声の方を向くと例の姉妹の妹、アオイがこちらを見ていた。

 静謐な森を連想させる深緑色の髪、エメラルドのような瞳、姉と瓜二つの外見ながらもそのヒューマンの要素が色濃く出た耳により姉妹はまるで違う印象を周囲に与えている。


「ああ。アオイちゃんか。いや、ただゴロゴロしてただけだよ。

 それに敬語はまだ慣れないんだろ?俺には別に敬語はいらないからさ」


「わかり……わかった。

 でも勇者様のその敬称だけは略しちゃダメってお姉ちゃんが言ってたから様はつける。」


「ああ、そこは好きにしてくれていいよ。ところでどこかに行くのかい?」


 勇者は勇者、それは象徴であり、個人の名前は重要ではないそうだ。代々の勇者も名前は残っておらず、ただ勇者という記録だけが残っているという。

 まあ、俺もこの体についた名前は他人の名前だからそれでも全然気にしない。


「今日はお昼からお休み貰ったから外に買い物に行くの。服とか日用品とか個人的なものだけど」


「そうなんだ?一人で?」


 前世でいえば姉の方は中学生、妹の方は小学生の高学年くらいなんじゃないか?

 それが一人で買い物ってのは感覚的にちょっと危ないイメージがある。


「うん。お姉ちゃんは外に出ると、本当にたまにだけど、ひどいこと言われることもあるから」


 そうだった。この国ではあまり獣人の立場が良くない、ということを姉妹の様子をよく見に来るサクラが先日教えてくれた。

 ほとんどの人は顔をしかめる程度だが、極稀に暴言や危害を加えてくる人もいるようだ。


 ただ、普通にお金を払う限り問題は全く無いようで、そこまで危険があるわけでもないらしい。

 それでも姉をそうゆう目に合わせたくないという気持ちを持つのは理解できる。心がおっさんだからか、美しい姉妹愛にホロリとくる。



「そうだ。俺も買いたいものがあったしついてっていいかい?」


 少し心配なのでついていくことにする。


「勇者様も?いいよ」


 ちなみに、最初はナイフを背中に向けられたほどに敵愾心を向けてきた相手だが、今は全く関係は悪くない。

 いや、むしろ良好といっていいだろう。


 というのも、この少女はアインを凄く可愛がっているようで、大体俺の部屋にいるアインに会いに頻繁に訪れるからだ。そして、その過程でお菓子やらを与えていたら自然と仲良くなった。


「じゃあ行くか。財布だけ取ってくるからちょっとだけ待っててくれ」


 ほとんど村にあげてしまったものの、アインが狩った魔獣の素材は上質なものが多く、それをサクラがうまく売り払ってくれたため、今の俺は勇者の給金を別にしてもけっこーリッチなのだった








 アオイとともに街を歩く。いろいろと店に行くがかなり吟味して買っている。

 どうやら、まだ働き始めて日も浅く、準備金としてある程度の金銭は貰ったものの手持ちはそれほど多くないらしい。


 俺もレイアの家で過ごす間に街に繰り出し、それなりにこの世界のお金の使い方を覚えたが、アオイの買い方を見るとかなり雑な買い物の仕方をしていたのだと思う。

 


 本当にこの姉妹はしっかりしている。お金を貸そうかと言ったら強く断られたのもそうだし、様々なことを早く覚えて一人前になろうという気概が日ごろの生活から強く感じられる。


 

 買い物をしてしばらく、ほとんどの物を買い終えて、屋敷に帰ろうとすると隣に立つアオイの目線が屋台にくぎ付けになっていることに気づく。


 どうやら、何かの肉の串焼きらしい。周囲には芳しい、いかにも食欲をそそる美味しそうな匂いが漂っており、隣からは思わず生唾を飲み込むような音が聞こえてくる。


 そして、姉妹共同の財布を見て悲しそうな顔をすると、視線を引きはがし屋敷への帰路につこうとする。とりあえず、その手を掴んで引き止める俺。

 突然掴まれた腕に不思議そうな顔をしてこちらを見上げてきた。


 まあ、いつも頑張ってるんだ。これくらいのご褒美はいいだろう。


「あの肉旨そうだな。アインに買って行ってやろうと思うから少し待っててくれ」


 屋台の店主にかなりの数を頼む。あいつは匂いに敏感だし、俺とアオイから肉の香りがしてたら拗ねるだろう。それに最近目に見えて体が大きくなっててめちゃくちゃ食うしな。



「悪い。待たせたな」


「ううん。大丈夫」


 少し羨ましそうに見ると、迷いを断とうとしたのかすぐに歩き出そうとしたため、また引き止める。



「ほら。何本かおまけでもらったから温かいうちにそこの噴水に腰かけて食べていこう」


「え、でも……」


「おまけならタダだろ?気にせず食べていいよ」


「うん。ありがとう!勇者様!!」


 とびきりの笑顔で抱き着きながら感謝を伝えてくる。これは将来魔性の女になるな。今だとロリコン製造機かと思いながらアオイの頭を撫でると一緒に串焼きを食べた。






 

 屋敷に戻ると案の定匂いを嗅ぎつけたアインが弾丸のように飛び出してきた。 

 そして、尻尾をこれ以上ないほどに振ると涎を垂らしながら俺の前でお行儀よくお座りをした。


 しょうがない奴だなと思いつつ串焼きを与えるとあっという間に食べ尽くす。

 日に日に大きくなる体にどこまで大きくなるつもりなんだと苦笑するが、美味しそうに食べる姿についつい食べ物をあげてしまう。


 その後は腹ごなしにアオイ、俺でアインの散歩をするなどのんびりと過ごした。

 そして、夕食を食べて部屋でのんびりしているとアオイが俺の部屋を訪れた。

 

 どうやら今日も我が部屋の銀狼様をご所望らしい。部屋に入れるとアインが喜んで飛びついて顔を舐める。

 アオイの楽しそうな笑い声が聞こえてきた。


 俺は読書をしつつ、少し離れて過ごしてたが、ふと先ほどまで響いていた音がしなくなっていることに気づいた。

 どうやら、一人と一匹はそのまま眠り込んでしまったらしい。

 

 屋敷に来て一ケ月、アオイがこの部屋で眠りに落ちてしまうことはこれまで無く、眠くなると姉妹で過ごす部屋にきちんと戻っていた。

 おそらく今日は買い物に出て疲れていたのだろう。

 

 このままにしておくわけにも行かないのでアオイを横向きに抱きかかえると姉妹の部屋へ連れて行った。


 

 ドアをノックするとカエデは珍しい客人に不思議そうな顔をするも、眠った妹を見て納得したのか部屋に入れてくれる。

 

「申し訳ありません、勇者様。ここまで運んでいただいて」


「いや、気にしないでくれ」


 とりあえずアオイをベッドの上に乗せる。すると、アイン…と寝言でも呟くので思わず笑顔になりながら頭を撫でた。

 何か楽しい夢でも見ているのか幸せそうな顔で寝ている。



「じゃあこれで失礼するよ。おやすみ」


「ありがとうございました。おやすみなさい」


 そろそろ、俺も寝るかと欠伸をしながら部屋に戻った。







 妹が幸せそうな顔つきで寝る姿を見ながらカエデは過去を振り返っていた。



 私達姉妹はヒューマンの母と獣人の父から産まれた。母親は良家のお嬢様で、父親はその家に使える奴隷兼従者。

 二人は恋に落ち、しかし障害は大きかった。

 周囲の、特に、女側の両親の反対は強く激しいもので二人を無理やり引き離そうとしたらしい。

 

 それを知り駆け落ちした両親は、国境付近の村、その近くの森の中で人目を避けるように生活を始めたそうだ。


 貧しいながらも幸せな家庭で、父が狩りを、母が山菜採りを、そしてたまに村で取引をしながら私達に十分な愛を与えてくれた。


 父はしかし、妹が物心つく頃には、既に狩の途中で崖から足を滑らせて亡くなっていた。

 父の死後、母は2人分の役を担うようになるが、もともと良家のお嬢様ということもあってそれほど体が強いわけではない。

 これまでの無理がたたったのだろう、昨年、体を崩すとそのまま流行り病にかかり、必死に看病するも死んでしまった。

 

 両親がいなくなってからは姉妹だけで生活してきた。

 

 最初は小さい獲物しか取れない日も多かったが、だんだんと慣れ、何とか生活が成り立つようになってきた最中、不運にもあの軍隊崩れの盗賊たちに出くわし、妹が人質にされ、つかまってしまった。


 

 妹は物心つく前に父親を失っており、甘えた記憶が無い。

 勇者様はまだお若いが、不思議な包容力がある。

 

 そして、無意識に父性を求めるあの子はそれに居心地の良さを感じ勇者様に懐いているのだろう。



 母が死んだあと、姉妹二人で気を張り詰めてきた。

 守る存在はおらず、幼く弱い私たちは姉妹以外の人がいる場所で気を緩めたり、ましてや寝ることなんて絶対に無かった。


 

 誰も頼れる人がおらず、それでも、唯一残った家族を、妹を守るために心を奮い立たせてきた。


 あの盗賊につかまった日、妹はその首に刃物を突き付けられており、最後の家族である妹さえ失ったと思った。

 

 でも、今は違う。

 あの広い背中に庇われるようにして守られた瞬間から全てが変わったように感じる。


 不愛想で不器用だが実直かつ誠実で、居場所を与えてくれる貴族の騎士様

 穏やかな笑みを浮かべ、様々な知識を与えてくれる獣人の巫女様


 強く、そして陽だまりのような優しさで私達を包み込んでくれる勇者様



 

 

 カエデは妹の横で眠りに落ちながら思う。妹が幸せそうで良かった。だから、今を、家族を守るためにもっと頑張ろうと。

 

 しかし、彼女は、家族という範囲がこれまでと変わったことに気づかない。

 そこに血の繋がりはなくとも、姉と父親のような存在を無意識に含めているのだと。

 

 姉妹は微睡む。それを守るものがいるならば。

 

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