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償ひの道、あるいはハンムラビの法典 Codex Hammurabi  作者: ハンムラヒ王/Leonard William King(英訳)/萩原 學(邦訳)
訳者緒言
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バビロンに就て

画像は Wikipedia から。著作権切れのもの以外は、GNU FDL に拠る Free Document 。

古代都市バビロンは、イラク共和国の首都バグダードから南90kmに位置する。というと物凄く南方に思えるが、実際は北緯32度32分少々、八代市辺り。次いでにバグダードは北緯33度20分少々、佐世保市辺り。言うほど南でもない。但しメソポタミアに降水量は少なく、農耕には灌漑を要する。用水さえ有れば生産力は豊かで、例えば大麦の産出/投入比は80倍にも達した。中世ヨーロッパの2〜5倍程度とは比較にならず、我が国の昭和15年頃でも50倍程度だったから、「神の恵み」としか思われないような土地である。後に灌漑のし過ぎで塩害が止まなくなり、塩害に強い大麦でも産出/投入比は悪化してしまったが。

地図を見ると、メソポタミア全体がイラク国内にある。チグリス・ユーフラテスの沖積平野に当たり、昔から戦争が絶えず、近年も湾岸戦争などのとばっちりを受け、またイスラム過激派の破壊活動があり、放置された遺跡は風化しているという。

挿絵(By みてみん)

図は Wikipedia から。ハンムラビ王が位についてからの版図拡大を示す。ハンムラビはバビロン第1王朝の6代目に当たるけれど、引き継いだ時は都市バビロン周辺のみだったのが、メソポタミア全土に迫る勢力となり、バビロニア帝国とも呼ばれる。

但し、自らバビロニアとは名乗らず「アッカドとシュメールの王」と称した。ニップールより北をアッカド、南をシュメールといったから、都市バビロンはアッカドの地にあり、アッカド語を話すアッカド人が多数を占めた筈であるが、ハンムラビ王自身はアムル人である。

楔形文字は南方のシュメール語のために創られたものを、言語体系の異なるアッカド語へ無理やり移入したので、漢文で日本語を書くような難しさがあるという。どちらかというと日本語に似ていたのは、同じく膠着語に属するシュメール語だったであろうが。

そんな訳で、シュメール語用の楔形文字でアッカド語を刻むハンムラビ法典は、バビロンの神殿に置かれたものと推測されている。これについて、石碑を所有するルーブル美術館はシッパルにあったものと考えており、シッパルはバビロンのすぐ北にあるから、どちらにあってもおかしくない訳である。


旧約聖書では『バベル』または『バビロン』とされ、ひたすら悪口を並べられる。


創世記10章

1 全地は同じ発音、同じ言葉であった。

2 時に人々は東に移り、シナルの地に平野を得て、そこに住んだ。

3 彼らは互に言った、「さあ、れんがを造って、よく焼こう」。こうして彼らは石の代りに、れんがを得、しっくいの代りに、アスファルトを得た。

4 彼らはまた言った、「さあ、町と塔とを建てて、その頂を天に届かせよう。そしてわれわれは名を上げて、全地のおもてに散るのを免れよう」。

5 時に主は下って、人の子たちの建てる町と塔とを見て、

6 言われた、「民は一つで、みな同じ言葉である。彼らはすでにこの事をしはじめた。彼らがしようとする事は、もはや何事もとどめ得ないであろう。

7 さあ、われわれは下って行って、そこで彼らの言葉を乱し、互に言葉が通じないようにしよう」。

8 こうして主が彼らをそこから全地のおもてに散らされたので、彼らは町を建てるのをやめた。

9 これによってその町の名はバベルと呼ばれた。主がそこで全地の言葉を乱されたからである。主はそこから彼らを全地のおもてに散らされた。


イザヤ書13章

19 国々の誉であり、カルデヤびとの誇である麗しいバビロンは、神に滅ぼされたソドム、ゴモラのようになる。

20 ここにはながく住む者が絶え、世々にいたるまで住みつく者がなく、アラビヤびともそこに天幕を張らず、羊飼もそこに群れを伏させることがない。

21 ただ、野の獣がそこに伏し、ほえる獣がその家に満ち、だちょうがそこに住み、鬼神がそこに踊る。

22 ハイエナはその城の中で鳴き、山犬は楽しい宮殿でほえる。その時の来るのは近い、その日は延びることがない。


『聖書』とか言う割には随分な言い草、これを受けてか新約聖書『ヨハネの黙示録』では「大淫婦バビロン」などと罵詈讒謗甚だしく、引用が憚られる程である。いやヨハネおまえバビロン行ったことないだろうに。

読者がこれらを「悪魔を罵る言葉のようだ」と感じられたなら、真っ当な受け止め方と言わざるを得ない。蓋し悪魔とは、他人の神に他ならない。


なんでバビロンが悪魔扱いされるかというと、聖書の民がバビロンに捕われ働かされたからである。それが「バビロン捕囚」として聖書に記されたからである。

やったのは新バビロニアの2代目ネブカドネザル2世であってハンムラヒ王より千年以上後、「俺知らね」と言われそうなくらい時代は隔たっているし、ネブカドネザル2世にしても別段、聖書の民のみを狙い打ちした訳でもない。数多く征服した民族の1部族を、人口急減した地域に移民したまでで、虐待どころか高度な教育まで受けたのは、結果を見れば明らかである。何故か物凄い屈辱を感じているのは彼ら自身の問題であり、逆恨みでしかあるまい。

なのに「バビロン」の名は変わらないので悪魔扱いは変わることなく、言った者勝ちな世の中ではあるけれど、せめて本書のバビロンが聖書の記述するものと異なるのは理解して頂きたい。


今なおイラクにバービル県が存在するくらいだから、聖書の記述も全面的に誤りという訳ではない。後世の解釈が酷かっただけかもしれない。

『バベルの塔』と言えば誰しも、ペーター・ブリューゲル(父)の絵をイメージするであろう。

挿絵(By みてみん)

たいてい「ローマのコロッセオに擬して描かれた」などと解説されてしまうこの絵の塔は、しかし螺旋型であり、コロッセオは螺旋型ではない。その構造は実は、サーマッラーのマルウィーヤ・ミナレットを写したものである。

挿絵(By みてみん)

ミナレットとは、回教徒が建設したモスクに附属する尖塔。お祈りの時間を報せるため、呼び掛け人(ムアッジン)がこれに登ったもので、今で言う放送設備であった。おそらくブリューゲル父は異教徒の寺院を拝したのではなく、何かの資料を見たのだろう。という訳で、この絵は別段、バベルの塔の元の姿を現すものではない。


古代メソポタミアの聖所として、ジッグラトと呼ばれる小山のような祭壇がある。沖積平野たるメソポタミアに山はないので、富士山を模した富士塚のようなものだったかもしれない。保存状態が良いものとして、ウルのジッグラト(エ・テメン・ニ・グル é-temen-ní-gùru)が知られる。

挿絵(By みてみん)

紀元前2100年頃、ウル第3王朝のウル・ナンム王が建てたとされる最古級のジッグラトでもある。ウルはレナード・ウーリー卿が発掘し、洪水跡を発見して「ノアの方舟」の大洪水を当て嵌めた古代都市。今でこそペルシャ湾からやや離れるが、嘗てはユーフラテスの河口すなわち湾岸に位置した。『創世記』では、大洪水譚に続いてバベルの塔が語られるので、ヘブライ人は何らかの関連を持って考えていた筈である。

ウーリー卿の仮説は、今では見ることがない。メソポタミア諸都市で、洪水跡は他にも見つかったが、時期が一致しなかったからである。しかし、訳者は「ノアの方舟」大洪水譚元ネタの1つになったと考える。方舟でなく丸船だったようだが。クッファと呼ばれるお椀形の船で櫂を漕ぐ人を見ると、小型の船では一寸法師にしか見えなくても、277条では60グル(15,300リットル)級の船が出てくるから、実際に大型の船を運航している。

バベルの塔オリジンを、バビロンのエ・テメン・アン・キ(É.TEMEN.AN.KI)に求める説もあるが、エ・テメン・アン・キは最後のジッグラトであり、にも関わらず原型を留めていない。物語としては『ギルガメシュ叙事詩』(紀元前20世紀~紀元前12世紀頃)挿話のウタナピシュテムによる大洪水譚、『アトラ・ハシース物語』(紀元前17世紀頃)断片が遺るので、ハンムラビ王治世と前後して成立したかもしれない。

判っているのは、メソポタミア諸都市の多くが氾濫原にあったことで、マリにあった外壁などは外敵よりも氾濫を防ぐ、つまり堤防だったらしい。雨の少ないメソポタミアで堤防を要するのは、春になって源流の雪解けが齎す増水、つまり例年の事があったからだろう。周期的な事件なら、人は事前対応ができる。しかし堤防など神話に出てこないのは、例年の事に収まらない雨および洪水があったに違いない。それが河口のウルには全部集まってくるので、ウルには雨が降らなくても大洪水と成り得る。

このようにして、大洪水及びバベルの塔の話は、バビロンのみならずウルの伝承を含むと考えてみるのだが。あまり話を広げるとバビロンから遠ざかってしまうから、この辺で終る。

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