作者に就て
もちろんハンムラヒ王その人が作者である。アッカド帝国以来久々に、メソポタミア下流域を統一してバビロニア帝国を打ち立て、叙事詩『エヌマ・エリシュ』を出し、本書を造りなした偉い人である。しかし普通は作者というのを『著作者』限定で捉えていないだろうか?まあ訳者もそう考えていたのだけれど、訳しているうちに、そうは思えなくなった。
本書には隅々まで、作者の強い意志が感じられる。古代の人々の心の中は、現代人のそれとは異なる構造をしており、私達が意識するような『意志』の在り方とは大きく違った可能性が高いのではあるが、この高潔な王の魂には共感せずに居れない。
これ程までに妥協を許さない王が、その一生の作品を石に刻もうという時に、余人の手を借りたとは全く思えない。つまり、訳者の直感では、本書はハンムラヒ王手ずから彫り込まれたものに相違ない。
バビロニア領内を忙しく駆けずり回る王の何処に、そんな暇があったのかと誰しも首を傾げるであろう。しかし訳者が思うに、この王はやるとなったら、万難を排して実行する。彼の意志の前に、時間の余裕などという些事は、考えるだけ無駄というものである。反面、生産効率は上がらず、石碑を複数造る計画があったとしても、一柱彫り終えたところで時間切れになったか。
こんな上司を戴いては、部下の悲鳴は絶え間なかったことであろうが、また退屈する暇もなかったであろう。
かような想像に根拠は全くなく、またこんな人が実際に間近に居たら、暑苦しくてしようがないに違いないのだが。