書名に就て
条文を刻んだ石碑に標題はない。『ハンムラビ法典』とは、掘り出した学者が便宜的に號けたに過ぎない。
これについて英訳版は "Codex Hammurabi" と題し、訳者が義務教育で習った「ハムラビ法典」とは、英語読みだとそうなる。ところが佐藤信夫先生は、楔形文字に記す王の名はḪa-mu-ra-biともḪa-am-mu-ra-piともされ、5文字表現がより精確らしく、語尾はpiかbiか断定し難いとして『ハンムラピ法典』と訳し遊ばされた。
しかし、本邦におけるハ行音変遷に鑑みて、いずれも正解だった可能性もある。「ハンムラヒ」が実態に近いのではないか。「ハンムラヒ」は案外発音しにくく、「ハンムラピ」「ハンムラビ」と転訛した可能性がある。
都市バビロンの牧者「ハンムラヒ」は、バビロン第1王朝6代目にしてバビロニア帝国初代の王とされる。『牧者』『羊飼』は、キリストの称号となるずっと前から、王者の称号であったらしい。中国でも漢代には既に『〜牧』なる役職があったから、家畜を飼うことは群れを養う重要な役目だったと察せられる。
その名Ḫa-mu-ra-biが意味するところは「おじさんは偉大だ」というのが有力らしいのだが、どうなのだろう。そんな名乗りを上げたのだろうか。
「やあやぁやぁ、遠からん者は音に聞け、近からん者は寄って見よ!朕こそはバビロンの王、おじさんつおいぞおう!」
ある意味、無敵かも知れないが。
そもそも『ハンムラヒの法典』というが、これは法典ではない。そのことはおいおい明らかにすることとして、訳者としては『償いの道』と題するよう提案する。前回に挙げた通り、本書は全篇これ『償われるべき対価』を示すものであるから。
とはいえ従来、『ハンムラビ法典』として流通してきたものを、訳者の一存で変更しても通用しないので、そこは置いておかねばなるまい。