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6 おやすみのキス


 隣町で若い女性が何人か行方不明になった、という一大ニュースが入ってきてから、街が心做しかピリついている。自警団の人達が昼夜問わず街の中もパトロールしているので、大体の人とは顔見知りになってしまった。


 わたしはレオンに昼も夜も外出禁止を言い渡されてしまった。今日でもう10日になる。


「レオン、お出かけ?一緒に行きたい」

「うーん、そうだよな」


 10日も家にこもりきりになっているわたしへ申し訳ない気持ちがあるらしい。レオンは悩みながらわたしの頭を撫でて、「準備するから待ってて」と言った。



 出かける前に特別な身支度なんて普段はしないレオンをしばらく待つと、さっきと全く変わらない服装のレオンが現れた。


わたしが首を傾げたのに気が付いたようだったけれど、何も教えてはくれない。


「夕飯の買い物して帰ろう。荷物増えるけどいい?」

「そんなこと言っていつもひとりで全部持っちゃうじゃない………あ、」


 ぴたりと足を止めたわたしを振り返って、レオンが物凄くナチュラルに手を取った。「どうした?」と穏やかに問いかけられてついときめいてしまう。


「危ないよ。俺の視界から外れないで」

「……そうじゃなくて、レオン、あのね」

「ん?」

「わたし、働こうと思うの」


 レオンは驚いた顔でわたしを見下ろした。何か言おうとしたのをあえて遮る。


「わたし、今持ってる物全部レオンに買ってもらったものだから、お金返さなきゃってずっと思ってたの」


 おねがい、と続ける。レオンはきょとんとしたあとに、くすくす笑いだして、何度か頷いた。


「はは、ほんといい子だね」

「え、そ、そんなことない」

「分かった。気持ちは一旦受け取っておく。ただ今はこんな状況だし、少し待って」


 「ごめん、閉じ込めたい訳じゃないんだけどな」と言う彼へ、素直に頷いた。レオンがわたしを心配してくれているのは分かっている。突然できた同居人にしては物凄く優しくしてくれるのは、妹みたいに思ってくれているのだろうか。




 街をぐるっと一周して、楽しく買い物を済ませた。

 レオンはわたしが興味を示した焼き菓子の屋台でおやつを買ってくれたり、それを広場の真ん中で食べたりとひたすらデートのような距離感で1日を過ごしたので、終始夢見心地というか、浮き足立つような感覚がずっとあった。

 楽しかったなあと思いながら帰路につく、結局買い物の荷物はすべてレオンが持っていた。


 家の扉を開けた瞬間に、荷物がドサドサっと落ちる音がした。

驚いてレオンを見上げたわたしの視界を、誰か別の人間が遮る。ついでに口も塞がれた。


 悲鳴も出せず、ものの3秒の出来事だ。わたしはおどろいて、目を白黒させることしかできない。


「抵抗するな」


 家の中に男が3人ほど潜んでいたようだった。レオンは引きずり込まれた後に強く殴られたのか、床で低いうめき声を上げた。


「、だれ?一体なにを、」

「人攫いだよ。残念だったな、お嬢ちゃん」


 手首を折れそうなほど強く握られて、顔をのぞき込まれる。ひとさらい、って、わたしを?


「こいつ殺します?」

「あぁ、面倒だからそうしろ」

「……いや、まって、やめて、」


 男たちはレオンを何度か足蹴にして、軽い調子でそう言った。わたしの声がふるえているのを聞いて、揃ってにやりと笑う。


「やっぱり美人は泣き顔だよなあ」

「殺さずに目の前で遊んでもらうっていうのもありだな」

「うわあ悪趣味っすね」

「どうせこの仕事で最後だしな。派手にやろうぜ」


 思考が停止してしまっていて、なにを言っているのか全く分からない。


「抵抗するなよ」と、レオンをちらりと見下ろした男が言った。わたしは訳が分からないまま頷く。


「レオンのことを傷付けないで」

「それはあんたの頑張り次第ってことにしよう」


 可愛いワンピースが引き裂かれる音がしてぎゅうと目を瞑る。終わらない悪夢なんてないんだから、大丈夫。きっとすぐに終わる。


 決意したにも関わらず、すぐに男の短い呻き声が聞こえた。レオンが何かされたんじゃないかと思って慌てて目を開くと、今まさにわたしに跨ろうという体勢だった男が、目の前から消えてしまった。


 慌てて上体を起こすと既に男達は全員倒れ伏している。その光景に若干のデジャブを覚える。


「オリビア、怪我はない?」

「ない、けど」

「ごめん。初めの拳が良いところに入っちゃって、助けるのが遅れた」


 レオンは眉を下げて謝ると、割かれてしまったワンピースの前を丁寧に合わせてから、自分が着ていたジャケットを肩にかけてくれた。


「俺を護ろうとしてくれてありがとう。君は本当に可愛いひとだね」


 こめかみにちゅ、とキスが落ちた。それから1度手をぎゅうと握ってくれる。自分の手が小刻みに震えていたことにそこでようやく気が付いた。


「少しだけ待ってて。片付いたら一緒に夜飯食って一緒に眠ろう」


 耳元でやわらかい声に囁かれる。突然のハプニングに混乱した頭で思わずこくんと頷いた。

 レオンはさて、と言いながら男たちを拾っていく。


「自警団に引き渡してから諸々吐いてもらうぞ」

「お前、お前何者だよ!」

「わめくなって。知ったって何にもならないだろ」


 急激に温度がゼロになった声がする。恐ろしい目をしてずるずると3人全員引きずって行ったレオンを見送って、わたしはひとまず深呼吸をした。







 床に散らばった食材達を集めて、洗って、わたしはレオンと一緒に作ったことがあるメニューを記憶を頼りに作った。


 何かに集中しているとさっきのことを思い出さなくて済む。

 結局レオンが帰ってきたのは日が沈む頃だった。わたしがひとりで作った夕飯を美味しい美味しいと言いながら食べてくれて、シャワーを浴びたら髪を丁寧に梳かしてくれた。


「俺、兄が2人いるんだけどさ」

「そうなの?すごい、男兄弟なのね」

「そう、やっぱ賑やかだよ。それはもういじめられたけど」

「えっ」

「愛情表現みたいなもんだけどな」

「……たとえば?」


 レオンはわたしの話を聞いたり、自分の話をする塩梅が上手い。すっかり喋るのに夢中になって、本当に上手くあやされてしまった。

 手を引かれてレオンの寝室に入る。結局彼はわたしの部屋を作ってくれたので、ここに入るのは久しぶりだな、なんて思ってからハッとする。


「え、れ、レオン。わたし自分の部屋で寝る」

「女の子の部屋に入るのは気が引けるな」

「ひとりで寝るわ」

「駄目」


 レオンはわたしのことを決して強く引っ張ったりしないのに、ふんわり引き寄せられると抗えない。この男本当に、何者なんだろう、と頭のどこかで冷静な自分が若干引いている。


「ひとりで泣かせる訳にいかないし」

「………昼間のことなら平気よ」

「じゃあ、俺が泣かないように側にいて」

「、さくっと倒しちゃったでしょう」


 レオンは「君が俺を護る為に躊躇わず腹を括ったのが怖かったよ」と言う。わたしが目をそらすと、レオンもそこで一度言葉を切った。


「そんなの、当たり前じゃない」

「うん、ありがとう」

「わたしだって、…」

「ん?」

「自分が乱暴されかけたことより、レオンが殴られたことの方が……こわかっ、た、」


 はらりと涙が溢れると、次々目蓋を乗り越えてきた。やさしく笑ったレオンにぽんぽんと頭を撫でられる。


「オリビア、俺はこの通りチンピラを3人ねじ伏せられるぐらいには元気だから、泣かないで」

「うん、知ってる。見てたもの…」

「はは、ほんとに可愛いな。おいで」


 実家にいた頃よりもずっと狭いベッドに、肩を抱かれたままぽふんと引き込まれてしまった。ぽんぽんと子供をあやすようなやさしい手付きで背中を撫でられると、安心して眠気が襲ってくる。


「おやすみオリビア。いい夢を」


 頬に残る涙のあとを拭われたのが分かった。おやすみなさいと返した言葉はきちんと音になっていただろうか。




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