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5 彼の秘密



 夜、あちこちでランプのオレンジ色の光がぼんやりと光っている。ここはとても美しい街だ。広場の噴水の周りは昼間あいていた出店が様変わりしていて、今はお酒やおつまみを売っている。


 わたしはレオンが買ってくれたワンピースを着て、ふんわり広がる裾を手で整えながら彼を待っていた。彼は別の仕事があるので噴水広場の手前で待ち合わせているのだ。



 弦楽器の音にあわせて、人々がお酒を飲み交わしながら踊っている。


「あれ、昼間のお姉さんだ」

「あ……、ジーン」

「名前覚えててくれたんだ。嬉しいなあ。もしかして僕のために来てくれた?」

「待って、あの、ちがうの」


 彼は立ち止まって、不思議そうな顔をした。わたしが口を開くよりも先に、後ろから肩が引き寄せられる。


「お待たせ オリビア」

「レオン」


 目が合って、お手本みたいに優しく微笑まれる。


「綺麗だね。やっぱり似合うよ」

「 ……ありがとう」


 恋人のような距離で肩を抱かれる。見せつけるように爽やかに甘い言葉を吐いたレオンは、あくまでナチュラルにジーンへ視線を向けた。


「ああ、昼間は彼女へのお誘いをありがとう」

「いいんだよ。僕はジーン、お手柔らかにね。レオン」

「俺、恋敵には厳しいタイプなんだ」

「女性の好みが似ているんだから仲良くなれると思うけどなあ。…じゃあオリビア、特等席を用意してあるから楽しんで」


 お互いしれっとした顔でわたしには分からない攻防戦を繰り広げていたようだけれど、突然ジーンに話を振られてこくこく頷くことしかできなかった。ジーンはにっこり笑った後に人混みの中へするりと消えて行ってしまう。


「待たせてごめん」

「ううん、全然待ってないの。本当に」

「ありがとう。その服もすごくよく似合ってる」

「さ、さっきも聞いたわ。大袈裟に言うのはやめて」

「ジーンの為の方便かな、とか思ってそうだったから」


 顔色ひとつ変えずに穏やかな顔でそんなことを言われたって、と思っているのに、心臓はやけに跳ねた。

 ならさっきの「恋敵」も本当なの?なんて聞けない。レオンはこういう人だし、いちいち心を乱したらだめ、と言い聞かせる。レオンは変わらない様子でわたしへ手を差し出した。


「まだ開演まで時間があるから、店を見て回ろうか」

「手は繋がないって言ったもの」

「こんな人混みじゃ心配だし」

「…恥ずかしいから」


 一瞬目を丸くしたレオンがすぐに微笑んで、わたしの手をするりと取った。優しく引かれるとそれ以上文句は言えなくなってしまう。

 街は電飾がきらきら輝いて、あちこちで灯るランプと、どこからか聞こえる管弦楽の演奏に加えて、それに合わせて踊ったり、お酒を飲んだりと自由に過ごす人々がいる。夜になるとまた幻想的で楽しい。お城で過ごしていた頃は絶対に見ることができなかった光景だ。


 レオンはわたしの手を引いて出店を何個か回ると、噴水広場の端に腰掛けた。買ったものをあれこれ広げて、わたしに綺麗な色のソーダを渡してくれる。


「きれい…おいしい…」

「はは ずっと目がキラキラしてる」

「だって、見た事ないものばかりで」

「こっちも食べてみ」


 ほくほくと湯気が上がる物を差し出されて、言われるがままひと口齧り付いた。こんなはしたないこと、家にいたら絶対に叱られていただろう。


「おいしい、」

「だよな。これ俺も好き」


 ふたりで買ったものを食べきる頃には、広場で劇団員が夜の部の公演の開始を呼びかけていた。


「レオン」

「うん?」

「見たことないものをたくさん見せてくれてありがとう。わたし、あの日から毎日楽しいわ」


 レオンは何も言わず頷いて、わたしの頭をぽんぽんと撫でた。通りがかりで本当に偶然拾われただけなのに、こんなに良くしてもらえるなんてわたしは運がいいんだと思うし、レオンが特別優しいのだと思う。

 見つめ合って微笑んでいたわたしたちへ、劇団員のうちのひとりが遠慮なく声をかけた。


「オリビアさんですか?お席のご用意がありますよ」

「あ、もうそんな時間」

「行くの?」

「え…だめ?席はふたり分ありますよね?」

「ええ、もちろん」

「うーん」


 眉尻を下げながらこてんと首を傾げたレオンを見上げていると、伸びてきた指先がわたしの髪をひと束耳にかけた。


「良いけど、君がジーンに見惚れているところは見たくないな」

「………!!」


 真っ直ぐにそんなことを言われたせいで、条件反射のように顔が真っ赤になってしまう。からかわれている気がして、レオンを放って劇団員さんの方へ駆け寄った。案内してくださいと言うと、歩き出した後ろからちゃんとレオンも着いてくる。




 劇は、月が出ている間しか起きていられない呪いがかかった美しい眠り姫と、昼の間中その姫を護っている騎士のお話だった。わたしはすっかり物語に感情移入をしてしまって、幕が下りる頃には涙で前が見えないほどだった。


「オリビア、大丈夫か」

「 ……… 」


 首を縦に振ったあとに横に振ると、レオンは「どっちだよ」と言いながら笑った。わたしが握りしめていたハンカチを奪って、目元を押さえてくれる。


 人々はカーテンコールの演者達へ口笛を鳴らしたり拍手をしたりと各々盛り上がっていた。わたしがあんまり泣くので、レオンは面白そうに笑っている。サインに応え始めたジーンへゆっくり誘ってくれたお礼を言えるような雰囲気ではなく、レオンは頃合いを見てわたしの手を引いて外へ出た。


「オリビアさん、ジーンからです」


 出て来るのを待っていてくれたのだろう、ここへ案内してくれた劇団員がバラを持って来た。5本の赤いバラを受け取ると、長いリボンを指先に乗せたレオンが「すっかり惚れられたね」と言いながら目を伏せた。


『僕の姫。楽しんでくれたようでよかった。またいつか』


 確かに宣伝にしては手が凝っているし、ジーンの周りを取り囲んでいた女性たちは薔薇の花なんて持っていなかった。




「折角のデートだから、もう少し夜更かししようか」

「夜更かし?」

「これから広場で宴が始まるはずだから」


 噴水の広場の周りに様々な楽器を持った演奏隊と、男女の鮮やかな踊り子達がいた。その周りでさっきよりもたくさんの人々がお酒を飲み交わしている。

 適当に空いた椅子にふたりで腰掛けると、すぐに飲み物がきた。


「レオン!噂になってる美人の嫁っていうのはその子か!」

「はは」

「もう、…レオン!」

「このかわいい人はオリビアさん。誰にも手出して欲しくないから否定してないけど嫁じゃない」


 ガハハ、と笑いながら声をかけてきた陽気なおじさんたちは、顔を赤くするわたしを見てひゅうと口笛を吹いた。


「オリビア、この大男がダニー、その他は今は覚えなくていいよ」


 レオンが呆れながら紹介してくれたところで、「おい!」などと突っ込みが入る。


「こいつらね、自警団なんだ。街に来る荷物とか行商の護衛をしてる」

「すごい、強いのね」

「レオンには及ばないけどな!」

「えっ」


 驚いてレオンの方を見ると、彼は自分のお酒を飲みほしたところだった。ダニーの方がふた周りくらい大きく感じるのに、レオンには及ばない、なんて断定されるなんてよっぽど強いのだろう。


「信じられない?」

「レオン……何者なの?」

「街のパン屋のお兄さんだよ」


 爽やかに笑った彼には秘密があるらしい。世間知らずのわたしではぶどうジュースをちびちび飲み干すことぐらいしかできなかった。



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