4 赤い薔薇
足が治ってからレオンがわたしを連れ歩いて紹介してくれた街はどこを見渡しても活気に溢れていた。なによりレオンが街の人々に慕われている。
挨拶をする先々で嫁だ嫁だと言われて、レオンがへらへらしながら否定しなかったせいで、1部の人達はわたしを見つけるとレオンの嫁だと声をかけてくる。嫌じゃないけど、いちいち否定するのも面倒になってきてしまった。
今日は街に小さな劇団がやって来ていて、広場で3部制で3つの演目をやるらしい。そのせいか、出店が出ていたりと街がいつも以上に賑わっていた。
「おねえちゃん、」
くん、とわたしの手を引いたミシェルちゃんが可愛らしい装飾の出店を指差した。
「あれたべたい!」
「うん、行こうか」
近所のミシェルちゃんと一緒に出店を回ってきて欲しいと言われて快諾したのはついさっきの話だった。ミシェルちゃんのご両親は宿屋を経営していて忙しいので、わたしが保護者会代わりにやって来たのだ。
「うさぎ、のかたち?」
「飴だね。口の中切らないように気を付けてね」
「わあ!すごい、あまい」
飴細工をぺろりと舐めて、目をきらきらと輝かせたミシェルちゃんを見守っていると、とんとんと肩を叩かれた。
「お姉さん」
「はい、?」
「落としましたよ。ハンカチ」
白いレースのハンカチが差し出されて、慌てて上を見上げた。にっこり笑う男性に頭を下げる。
「ありがとう、ごめんなさい」
「いえいえ!こんなに美しい女性のハンカチを拾えるなんて今日はついてます」
「え?」
「お名前は?綺麗なお姉さん」
ハンカチを受け取った手をそのまま取られて、手の甲にちゅ、とキスが落ちた。わたしが動揺しているうちに、横のミシェルちゃんが飴を舐めながら口を開く。
「オリビアさんだよ」
「オリビア…名前までお美しいんですね」
「いや、そんな…」
微笑んだ目の前の男性が懐からぱっと手品のように一輪のバラを取り出した。丁寧にリボンが巻かれている。
「僕はジーン。旅の劇団員です」
「あ、劇団の」
「オリビア、夜の部の演目は僕が主役なので是非観に来て下さい」
ずい、と差し出されたバラを受け取ると、ジーンはぱっと笑顔を浮かべて立ち上がった。
「ありがとう!今夜は貴女のために演じるよ」
「え、あの!ちょっとまって、」
ひらひらと手を振ってあっという間に居なくなってしまったジーンの後ろ姿を呆然と見送る。ミシェルちゃんが食べ終えた飴の棒を握りしめながら小首を傾げた。
「おねえちゃん、うわき?」
「えっ!?」
たっぷり出店を楽しんで帰ったミシェルちゃんが、レオンにお土産渡すの、といって木の扉をくぐった。
「あれ、お帰りオリビア。ミシェルも」
「レオン、おみあげ!」
「おみやげな、ありがとう」
レオンのお店は一応パン屋さんという屋号ではあるけれど、あまりにも小規模な上に半分くらいの確率でパン屋さんではない。店を開けていない時は街の人達の頼みを聞いたりして過ごしているようだった。
「楽しかったか?」
「うん、レオン、あのね、オリビアお姉ちゃんがうわきしてた」
「は?」
「え」
ミシェルちゃんはあまりにも愛らしい笑顔のままわたしのことも見上げた。
「お姉ちゃん、言われてたよね?あのお兄ちゃんに、夜においでって」
「あの、ミシェルちゃんちがうの、あれはね」
ミシェルちゃんに合わせてしゃがみこんでいたレオンが立ち上がって、わたしは謎の気まずさに肩を強ばらせた。
「ミシェル、報告ありがとう。俺は今からオリビアと話があるから二人にしてもらってもいい?」
「うん!お姉ちゃん、きをつけてね」
ばいばーい!と元気に手を振るミシェルちゃんの姿が扉の向こうに消えると、「オリビア」と名前を呼ばれた。持っていたバラの花をするりと奪われる。
「浮気なんて酷いな」
「レオン、あなたまで面白がらないで」
「夜においでってどういうこと?」
壁際に追い込まれて、物凄く優しく尋問をされている気分だった。悪ノリが過ぎる。
「劇団の人で、夜公演においでって言われただけ。ただの宣伝でしょ…?」
「さあ。分かんないよ。お嬢さんは花も恥じらう美人だからね」
「からかわないで、」
「触れられた?」
と言いながら、レオンの指先がわたしの髪へ触れた。指がくるくると毛先を弄んでいる。
「い、言わない」
「はは なんだよそれ、かわいいな」
ぱっと離れてくれたレオンにもう獲物をいたぶるような雰囲気は無い。
「じゃあ、夜デートしようか」
「デートって、なんで」
「ミシェルばっかりずるいだろ。俺もお嬢さんと手繋いで街歩きたいし」
「手は!繋がない!」
「え〜」