3 約束とお叱り
「お嬢さん、もういいよ」
恐る恐る目を開けると目の前にレオンがしゃがみこんでいた。周りにさっきの男達が倒れ伏している。
「全員峰打ち」
「何者なの…?」
「ふつうの街の青年だよ。どこかのお嬢さんは名前すら教えてくれないけど」
言われてから気が付いた。お嬢さんと呼ぶ彼が様になっていたのでつい、忘れてしまっていたのだ。他意は無い。
「オリビアです… ごめんなさいレオン。こんなところまでどうして?」
「 ……オリビア、この傷は?」
「え?」
「ここも、腫れてる。ひょっとして殴られた?」
彼が剣を握ったので、慌てて首を振った。途中で転んでしまって、というとなんとか頷いてくれる。
「 とりあえず、戻りながら話そう」
「えっ きゃ…!」
「足、痛む?」
「痛まないけどおろして、歩けるわ」
レオンはわたしの抗議を無視して、片手抱っこの状態でスタスタ歩いた。無視されては仕方がないので黙っておく。
「レオン、ねえ」
「なに」
「 ……お、怒らないで」
お嬢さんに怒ってるわけじゃないよ、と低い声が返ってきた。わざわざ探しに来てくれたことを思い出して、わたしも重たい口を開く。
鼻の奥がつんとして、やっぱり涙が頬を伝った。
「わたし、家を追い出されちゃったから…、明日になっても迎えなんて来ないの」
「、…… 」
「だから、……あなたの家に戻っても」
驚いた表情でわたしを見上げたレオンが、なにか考え込むようにしてわたしの涙を拭った。
「オリビア、空を見て」
いつの間にか街の中心まで戻って来ていたようで、わたしは広場の噴水の縁に丁寧におろされた。きちんとおしりの下にジャケットを敷いてくれている。
言われた通りに空を見上げると、見たこともないくらいに満天の星空があった。王都の方じゃ見られなかった景色だ。
「きれい…」
「昨日のシチューも美味しかった?」
「うん、」
「じゃあ悪いことばかりじゃないね」
明日はもっと美味しい朝食を出してあげるよ、と言いながらレオンはわたしの目の前に跪いた。
「泣きながらでもいいから、こういう運命でも悪くないなって思えるような幸せを、全部かき集めるといいよ」
かっこいい考え方をする人だな、と思って呆然としてしまった。レオンは「だから、」とわたしの手を取る。
「オリビアが次に行きたいところができるまで、俺のところにいなよ」
「 ……どうして、そんなに良くしてくれるの?」
「人との出会いは一度きりで、替えがきかないから」
俺と出会ってくれたきみを大切に思ってるってことだよ、と彼が穏やかに笑った。
怪我の上にさらに怪我をしたわたしのために、レオンが包帯や消毒液を持ってきて、丁寧に処置をしてくれている。
「迎えに来てくれてありがとう」
「どういたしまして。…ひとつ約束」
「うん?」
「もう二度と夜にひとりで出歩いたりしないで」
「それは……ごめんなさい」
しゅんとして俯くと、大きな手のひらが頭をぽんぽんと撫でた。
「甘え下手もなんとかしてね」
「え、わ、わたしが?」
「迎えも来なくて、行くところもないなら普通俺に相談するだろ」
「でも、そんな……迷惑かけるわけには」
「しょうもないチンピラに襲われるぐらいなら俺に迷惑ぐらいかけて」
つーか迷惑じゃねえし、と軽く睨まれてしまった。