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2 甘え下手



 わたしの話を聞いてから、馬車が崖を落ちたのだろうと、家主の彼はそう言った。だけど彼が発見した時、森の中にはわたししか倒れていなかったのだという。あの家を出てからもう2日が経っているようだった。


「身なりの良いお嬢さんが森の中でボロボロで倒れてるから、何事かと思った」


 彼がわたしを見下ろしたけれど、何も言えずに視線をさまよわせた。わたしだって何が起きているのか分からない。


「 …俺はレオン。こうして会ったのも何かの縁だし、よければ頼って」


 やさしい声が降ってくる。

 わたしは俯いて、折れた足を見下ろした。御者さんは無事だろうか。ここはどこなのだろう、わたしはこれからどこへ向かえばいいのだろう。


「わたし、」

「 ……… 」

「 ……… 」

「まあ、飯でも食おう」


 そういえば、なにも食べていないんだった。

 食欲が無いと言おうとしたけれど、お腹に手を当てるとなんとなく減っているような気もする。


「手、掴まって」


 手のひらに掴まると、ぐっと抱き上げられた。驚いて短い悲鳴を上げてしまう。


「わ、っ」

「うわ、すげー軽いね」

「お、おろして」

「近所のミシェルちゃんと変わんないんじゃない?」

「え?ミシェルちゃんって誰…、下ろして!」


 レオンはテーブルに着いたらね、といじわるなことを言う。

 ようやくテーブルの椅子におろされると、レオンはちょっと待っててと告げてキッチンへ向かってしまった。





 待つこと数分で、目の前のテーブルの上にほくほくのシチューと、ふわふわなパンが並んだ。思わず目を輝かせてしまう。


「いいリアクションするね」

「 …食べていいの?」

「ゆっくりな、寝込んでたんだから」


 いただきます、と呟いて、スプーンを手に取る。

 ひとくち口に入れて、あまりの美味しさに彼を見上げると、優しい目で見守られていた。


「おいしい」

「よかった」


 頷いたレオンが椅子に腰掛けて、同じように向かい側で食べ始める。


「お嬢さん、どこから来たの?」


 気がつくと、とっくに食べ終えた彼が頬杖をついてこちらを見つめていた。


「王都のほう」

「長旅だね。近くまで送るよ」


 ここが相当遠い場所だということは分かっているのに、そんなふうに言ってくれる彼に困惑してしまった。

 帰れないの、という言葉が出てこない。


「、うん…ありがとう。でも大丈夫」

「足折れてるんだから遠慮すんな」

「ううん、迎えが来るから」

「 …ならいいけど」


 いつ来るの?と聞かれて言葉に詰まった。口が勝手に明日には、と動いてくれる。


「なら今日は泊まりな。近所の人に服もらってくるから待ってて」

「え?あ、」


 ありがとう、と言い切る前に出て行ってしまった。なんて面倒見のいいお兄さんなんだろう、と思いながらその背を見送る。






 彼は結局何着か持って来てくれた。全てミシェルちゃんの家のおばさんがくれたのだという。

 俺はどこでも寝れるからいいよ、と言ってレオンが貸してくれたベッドに横たわった。


 元々は、お母様の遠い親戚の伯爵家のところへ身を寄せる予定だった。そこまでどれくらい距離があるかなんて正直分からない。




 この1ヶ月足らずで本当にいろんなことがあって、いまいち感情が追いついていなかったけれど、


 あたたかくて美味しいものを食べて、月明かりがきれいな街で、こうやって1人きりになると、どうしても寂しくて苦しくなる。






 レオンの机を借りて、勝手にメモを残した。

 たくさんお世話になってごめんなさい、本当にありがとう。お医者さんの代金はいつかきっと返しに来ます。


 痛む足を庇いながら、彼を起こさないように外へ出た。夜風がすうと頬を撫でる。胸いっぱいに澄んだ空気を吸い込むと、涙がぼろぼろ溢れ出た。



 明日になっても迎えなんて来ない。

 お世話になる予定だった家には行かない方が良いだろう。お母様と何度か揉めているのを聞いてしまった。


 歯を食いしばって泣きながら、真っ暗な美しい街を歩いた。活気が溢れている昼間の様子が想像できる。いい街だ。




「っ、いた」


 足を庇いながら歩いていたせいで思い切り転んでしまった。小さな街はとっくに出たけれど、まだ朝日はのぼりそうにない。


 怪我をした場所も、折れた足も本当に痛くて、倒れ込んだその場から立ち上がれなかった。

 そうしていると、何人かの足音が聞こえてくる。


「なんだ、女か?」

「なんでこんなとこにいんだよ。俺らみたいなのがいるって教わらなかったのか?」


 乱暴な男達はわたしの腕を掴んで引き上げると、顔をまじまじと見てから楽しそうに笑った。


「いいな、高く売れるぞ」


 疲れてしまって、言葉が出なかった。

 家を追い出されたと思ったら馬車が事故にあって、足が折れて、山賊に捕まって、これから売られるのだという。

 ひとりぼっちよりずっといいのかもしれない、なんて少しでも思った瞬間に、視界の端で銀色が光った。




「お嬢さん、」


 レオンが肩で息をしながら立っていた。驚いて目を瞠る。


「レオン、どうしてここに」

「探しに来たに決まってるでしょ。つーか、なにこいつら」

「あぁ?こっちのセリフだ優男、今なら見逃してやるから帰んな」


 お手本みたいなチンピラだな、とレオンが呟いた。思い切り顔をしかめている。


「お嬢さん、ちょっと乱暴するから目閉じてて」


 剣を持ったレオンが大きく溜め息を吐いたので、慌てて目を瞑った。




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