1 うつくしい春
シャンデリアの眩いきらめきも決して嫌いではないけれど、夜空の星を数えるほうがずっと好きだ。
派手なフリルやレースや宝石がたくさんあしらわれたドレスも華やかだとは思うけれど、シンプルなAラインのドレスが好きだ。
アクセサリーも、たくさん集めるよりはひとつ思い入れのあるものを大事に使いたいし、食事だってなるべく家族みんなで食べたい。
変わり者だと言われたけれど、嫌な気はしなかった。変わり者だと言ってくる彼らだって皆同じではなくて、人との関わりは、それが1番尊い。
大きな窓から春の陽射しが差し込む。日に焼けてしまうとお母様は口を酸っぱくして言うけれど、肌に触れる陽光はやっぱり気持ちがいい。そう思いながら目を細めたその時に、扉が3回ノックされた。
「オリビア様、お支度はお済みでしょうか」
「ええ、今行きます」
あたたかい陽の光が舞う中で、わたしは今日17年生まれ育った家を勘当される。
「では、こちらへ」
「アンナ、待って」
両手を取って、やさしく握る。目を真っ直ぐに見つめると、目の前の彼女の瞳がゆらりと揺れた。瞬きの間に大きな雫が顎まで降りる。
「今まで本当にありがとう。あなたがわたしと楽しくお話をしてくれたこと、絶対に忘れないわ」
「 オリビア様、」
「あなたの淹れる紅茶が本当に美味しくて、大好きだったの」
「オリビア様、わたし、……やっぱり、」
嗚咽混じりの彼女の肩を撫でて、安心してくれるように、にっこり笑う。
「もうメイド長に怒られて1人で泣いていても話を聞いてあげられないけど、頑張りすぎないように」
「……っ」
待たせていた馬車へ向かうまで、わたしを見送ろうと顔を見せてくれた人達と言葉を交わしながら進んだ。
ようやくたどり着いた大きな扉をくぐると、よく手入れのされた庭園と、陽射しを受ける新緑と、花の香りがふわりと出迎えてくれる。
噛み締めるように息を吸って、お母様へ駆け寄った。
「お母様、親不孝な娘で本当にごめんなさい」
「オリビア、」
「お父様に大好きですとお伝え下さい。もちろんお母様のことも、ずっと大好きです」
顔を覆ったお母様がその場に崩れ落ちると、傍付きのメイド達が肩を支えた。彼女達にもありがとうと告げて、御者へ挨拶をする。
「待たせてごめんなさい、長旅になるけどよろしくお願いします」
荷物は多くないので、小さな鞄を持って馬車へ乗り込んだ。馬が走り出して、わたしはもう戻れない場所を1度だけ振り返る。
一生懸命生きてればこういうこともある。壁にぶつかったりするのは当たり前のことだ。
うたた寝しかけていた意識が強制的に引き戻される。がしゃん!と酷い音がした。
次いで馬が鳴く声。どうしました?と外を覗く暇もなく、ふわっと体が浮く感覚があった。
あれ?死んでしまいそう、な、予感
頭を守る暇もなく、固いものに叩き付けられた感覚が最後だった。脳がぐわんと揺れる。視界がぼやけて、白いもやがかった。
とんとん、ことこと
穏やかな生活音で目が覚めた。何度か瞬きをしたけれど、やわらかい木目の天上が見える。
飛び上がるように上体を起こすと、体のあちこちが酷く痛んだ。そうだ、馬車は?
丁度いい広さのベッドに、本がきれいに収まった本棚、紙が散らばっている机、緑色のカーテンからふわりと夜風が入ってくる。
お城のようなお家で暮らしていた時とは似ても似つかないけれど、どこか懐かしくて素敵なお家だ。
ゆっくりと床に足をつける。料理をしてそうなやさしい音は、階段の下から聞こえてきているようだ。
体の痛みを歯を食いしばって耐えながら、階段を一段、二段とおりていく。
「お、起きた?」
「!?」
「おっと」
突然階段下から声をかけてきた男性に驚いて足を踏み外したわたしをしっかり支えて、爽やかな男性がにっこり笑った。だ、だれこのひと。
「おはよう。体は?大分痛いだろ」
「……あなたは?」
「あとでね。目覚めたなら医者を呼ぶから」
多分だけど折れてるよ、足。と付け加えた彼はわたしを支えたままリビングの椅子に座らせると、駆け足でどこかへ行ってしまった。
残されたわたしは混乱する頭を落ち着かせつつ、折れてると言われた足を見下ろす。
冷静になって見るとびっくりするくらい腫れている。人生で初めての骨折だ。