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第20話 ちょっと怒ってみた

「もう行きましたね」


 テクテクの姿が見えなくなった後、シャルルは独り言のように呟いた。そして、先程までの優しい表情とは正反対の、氷のような鋭い目を町の外の茂みへと向けた。


「そろそろ出てきたらどうですか?」

「おお、まさかバレているとは思わなかったすねー」


 茂みの中から現れたのは、フードを深くかぶった糸目の男だった。その男の右手には、きらりと光るナイフが握られている。


「夜にでも行動しようかと思いましたが、バレてしまったのなら仕方ないやんす。あんまり手荒なことはしたくないので、取りあえず黙ってついてきてくれないやんすか?」

「そんなの聞くと思っているのですか?」

「やっぱそうなるっすよね~、そんな目で見ないでほしいでやんす。あー怖い怖い。確かにお姉さんは強気な態度通り少しはやるようでやんすが……」


 そういって糸目の男が片手をあげると、様々な武器で武装したローブ集団が、シャルルを取り囲むように音もなく姿を現した。


「さ~て、残念なことにお姉さんは素直に従ってくれそうにないやんす。多少壊れても仕方ないやんすね~」


 糸目の男はさも残念そうに肩をすくめてみせた。しかし、シャルルはその男の眼に嗜虐性を帯びていることに気が付いていた。


「あ、町の中に逃げることはお勧めしないでやんす。既に弓兵がお姉さんに狙いをつけているので、少しでも逃げるそぶりがあれば、ハリネズミになるやんすよ? まあ、仮に逃げられたとしても、町ごと蹂躙するだけでやんす。面倒くさいのであんまりやりたくはないんすけど、仕方がないでやんすね~」

「とかいいつつ、既に3つの町を消滅させてるじゃないですか~」

「いやいや、あれは本心じゃなかったやんすよ?」

「一番嬲っていたくせによくいいますぜ」


 幾人もの死体を積み上げてきたであろう男たちは、それをさも楽しい催し物とでもいうように、思い出して笑っていた。シャルルはそんな男たちに対して、ゴミを見るような目を向けていた。


「さて、お姉さんを捕獲したら、次はさっきのテクテクという少女を捕まえないといけないんでさっさと終わらせてもらうやんす」

「………………か?」

「ん? 命乞いでやんすか? それはお姉さんの態度次第でやんすね。運がよければ命は助かるかもしれないやんす」

「死んだほうがマシなような扱いをする人が良く言いますぜ」

「ギャハハ」


 この時、男たちは何を犠牲にしても全力で逃げておくべきだった。そうすれば、他に道があったかもしれない。しかし、シャルルの逆鱗に触れたことに気が付いていない男たちの末路はこの時確定してしまった。


「さ~て、おしゃべりはこの辺にして……」

暗黒結界スコタディ・エムポディオ

「へっ?」


 シャルルがポツリと呟いた瞬間、先ほどまで朝の陽光が降り注いでいたはずにもかかわらず、一転、男たちの視界を黒一色で覆いつくした。その突然の変化に暗殺業のプロといえど、流石に動揺を隠せなかった。


「な、なんでやんすかこの魔法は……」

「貴方たちと同じ闇魔法ですがご存じないようですね」


 身構える糸目の男に向かってシャルルはツカツカと悠然と足を踏み出した。


「先ほどの魔法からしてあなたたちはどうやら闇魔法の使い手のようですので、この空間でも多少周りが見えているのではないでしょうか?」

「こんな魔法聞いたことないでやんすが……確かに僅かではあるけどお姉さんの姿は視認できるでやんす」


 他の男たちは無駄話も辞め、それぞれ武器を構え慎重にシャルルの動向を窺った。もう油断はしないと、全神経を集中させている。


「しかし、俺たちからしてみれば僅かでも見えたら支障はないでやんす。この際脳ミソさえ無事なら良いでやんす!」


 パチンと糸目の男が指を鳴らすと、矢が雨のようにシャルルを襲い、次々と鏃をその身に突き立てた。矢が刺さる度に、その反動でビクンと体は震えており、その様子はまるで壊れたマリオネットのようであった。


「ははっ……ははっ! こんな目くらましで勝てると思ったのが間違いでやんす。抵抗しなければ死ぬこともなかったでやんすのに」


 糸目の男はシャルルから未知の魔法が繰り出されることを警戒していたが、あっけなく倒れたシャルルをみて安堵の息を吐いた。

 先ほど放たれた鏃には猛毒が塗られており、仮に掠っただけでも致命傷を与えることが出来るため、目の前のシャルルが起き上がって反撃してくるなんて微塵も思っていない。

 

「予定とは少々異なりましたがポーションについては直接脳に聞くことにするでやんす。そうそう、ついでにこの魔法も解析してお姉さんの代わりに俺っちが使ってあげるでやんす」

「ちょっと、その時には俺たちにもこの魔法教えてくださいよ」


 男たちは筋肉の緊張を解き、先ほどみたいに再び軽口をたたき始めた。


「この魔法があれば、俺たちは更に最強に近づけますね。そのうち国の一つでも牛耳れるんじゃないですか?」

「いやいや、国って結構大変でやんすよ? まあ、そんなの出来ないことはないと思うでやんすがね」

「頭の弱い貴方たちには無理だと思いますよ?」


 そんな男たちの会話に水差す声が《《上から》》聞こえてきた。


「あん? なんだとテメェ…………!?」


 男たちが声のする方に目を向けると、先ほど死んだはずのシャルルが宙に浮いていた。


「そ、そんな馬鹿な!? お姉さんは確かに死んでいたはずでやんす‼」


 糸目の男が再び事切れている死体へと目をやると、そこにはシャルルではなく、ローブを身をまとった男が横たわっていた。


「そもそも、私が死んだのなら魔法は解かれているはずです。それに気が付いていない時点で失格ですね」

「ふ、ふざけるなでやんす!」


 呆れているシャルルに対して糸目の男は再びパチンと指を鳴らした。しかし、男が望んでいるような光景は一向に起こらなかった。


「な、どうしたでやんす! 弓兵‼」


 パチンパチンと何回も指を鳴らすも、最終的には声を発して指示を出すも状況に変化は訪れなかった。


「あいつらに何したでやんすか!?」

「何をしたと思いますか? というか、敵に聞かれて正直に答えるとでも思っているのですか?」

「くっ、何処までもふざけやがって! 許さないでやんす! 生きてきたことを後悔するような地獄を味合わせてやるでやんす‼」


 屈辱で顔の歪んだ糸目の男は、呪文を唱え始める。それに伴い、他の男たちも同じように詠唱を始めた。


「漆黒よりも深い闇よ、我に纏え、闇夜の戦衣スコタディニフタ・ルーカマヒス‼」


 暗闇の空間であるため実際に視認は出来ないが、男たちの体を何かが覆いつくした。


「今度こそ完全におしまいでやんす。自身の身体能力を最高20倍まで引き上げる俺っちの編み出した最強の闇魔法をとくと味わえでやんす!」

「0に何を掛けたところで0にしかならないことは知っていますか?」

「そんな余裕ぶっていられるのも今のうちでやんす。お前ら、一斉にいくでやんすよ!」


 糸目の男は一気に畳みかけようと、周りの仲間に声をかける。しかし、帰ってきたのはくぐもった声だけであった。


「がぁっ!?」

「どうしたでやんす!?」


 仲間へと視線を向けると、他の男たちの顔が深紅の手の形をした何かに掴まれていた。

 余りの光景に糸目の男が一瞬思考を停止していると、シャルルの呟きが耳へと入ってきた。


暗黒神の顎(エレボス・ゲネイオン)


 次の瞬間、グシャッっと潰れる音と共に鮮血の雨が降り注いだ。糸目の男の顔には、ぬめりとした生温い液体と共に、何かの破片が飛び散っていた。


「ひ……ひぃぃっ」


 魔法により防御力も人間離れしていたはずにもかかわらず、一切の抵抗をすることも許されず、一瞬にして仲間全てを失った。

 糸目の男は一体何を相手にしていたのか。脳の処理が現状に追いつくと、今更ながら久しく覚えていない恐怖という感情が全身を駆け巡っていた。

 

 今にも失禁しそうな男に向かって、シャルルはニコリと微笑んだ。


「さて、それではそのご自慢の身体能力とやらで最後まで足掻いてみてください。運が良ければ生きて帰れるかもしれませんよ?」

「ゆ、ゆるっ――」

「あ、そうそう。言い忘れていましたが、テクテクの命を脅かす存在を私が許すとでも思っているのですか?」


 その眼は完全に冷え切っており、慈悲の欠片も存在しない。


「仲間たちに押しつぶされて死になさい、暗黒鉄の処女スコタディシデーロス・パルセノス

「や、やめっ」


 首のない仲間たちが糸目の男に向かって徐々に押し寄せる。男は少しでも現状から脱しようと全速力でその場を離れた。しかし、途中で自身を拒むかのように前へと進むことが出来ない。


「ど、どうなって……ごがっ」


 呆然としている男の腹部を突如、何かが貫いた。それは、闇の杭とでも言うべきか。

 脱しようと抵抗するも、そのまま闇に押されて先ほどの場所まで戻される。そして、男の抵抗もむなしく仲間の骨や血肉でその身を更に貫き圧迫させる。


 血肉に埋もれた男が最後に目にしたのは、シャルルを覆うベンタブラックよりも更に暗い、真黒のオーラであった。

 そうして、最終的に周囲の闇が男に迫り、悲鳴も上げる間もなく男を貫き、その意識を永遠の闇へと誘った。


 シャルルの周囲は先ほどまでと同じ様に陽光が差し込み、光と静けさを取り戻していた。


「はあ、敢えて五感を残してあげていたのですが、余りにもお粗末な暗殺者でしたね。あんなにぺらぺらと長話をするなんて。少なくとも今まで見てきた暗殺者は一言も発することなく任務に就いていましたよ」


 シャルルの手には、あの闇色と同じ黒い球体が収まっていた。


「まだあの子の方が才能がありますね」


 そういって、球体を潰すように手を握りこんだ。




「そんなに拒まれるなんて……。ふっふっふ、それならば私の本気を見せてあげるわ! 我の右手に宿り給え、神の黒衣テオス・メラースルーカ


 ティアラが呪文を唱えると、彼女の右手が黒で染められ、その爪も少しばかり鋭くなっていた。


「そ、その力は……」

「どう? カッコいいでしょ‼」

「……はぁ、もうお前の相手するの疲れたちぃ」

「ちょっと、もっと興味持ってよ!? ほ、ほら、ちょっと指先が尖っているから地面を掘ることもできるのよ‼」

「わー、すごーい。すごいちぃー」

「棒読みじゃない‼」


 今日もティアラは無駄に元気が一杯であった。

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