06
~~~~っっいない!
昼食も食べず探し回っているというのに、アイリーンは黒髪の毛先、ドレスの裾すら見せない。見つけられない。
どこ行った。本当にどこ行った。
攪乱のつもりだろう。要所に番犬を何匹か潜ませて、手の込んだかくれんぼもあったものだ。
兄上を問い詰め義姉上に追い出され、宰相を追いかけ回し、しかし誰も居場所を知らないという。どういうことだ。俺が探しているのはあのアイリーンだぞ。ランドリーメイドを探しているのとは訳が違う。
この場所でアイリーンほど目立つ女はいない。薔薇を思わせるあの真紅のドレスを着ていなくとも、仮にメイドの衣装を着ていても一目で見つける自信がある。立ち居振る舞いから、纏う空気から、普通の女とはまるで違う。どこにいても誰といても、大輪の薔薇が霞むことはないのだ。
どこに隠れたらメレディスに知られず過ごせる。というか昨夜はどこで寝たんだ。寝ずに過ごしたと言われても困るが、誰かの世話になったと知らされるのもお断りだ。……本気でどこかに閉じ込めてしまおうか。
番犬があちこちにいるということは、アイリーンは問題なく活動できているということ。身を案じる必要がない分、余計なことに思考をとられる。
歩き回るのも飽きてきた。もうこうなったら、腹から声を出して呼んで回ろうか。四方八方から説教されるだろうが、責任はアイリーンと折半して構わんだろう。
さて、そうと決まれば早速。
宮廷内を練り歩き、気分を変えようと出てきた王宮庭園のど真ん中。ここなら声が響いてよさそうだ。
深く息を吸って吐く――直前、誰かに呼ばれた。
振り返ってぎょっとする。両翼を広げた巨大な鴉が飛んできているのかと錯覚した。宮廷内の監察を司る部署で長官をやっている、古狸の一匹である。髪も衣も真っ黒で、本当に鴉みたいなやつだ。
いつもの陰気臭い顔はどこへやら、今日は何やら憤怒の表情を浮かべている。
「殿下! 一体どこをほっつき歩いておいでか! 捜しまわりましたよ!」
金切り声が耳に痛い。
「子犬の躾もおできにならず、老骨はいじめる。大した王太子ですな、殿下」
「よくわからんが、俺を嫌っていると言いたいだけならメレディスとでも語るといい。さぞ盛り上がるだろう」
「私は猫派なのです」
知るか。
肩でゼェゼェ言っているくせに、長官は口を閉じる気配も見せない。
「そんなことはどうでもよろしい! 殿下! ご自分の子犬なのですから、きちんと世話をなさりませ!」
「何の話だ……子犬?」
ただでさえ吊り上がった長官の目がさらに険しくなる。
「私の執務室だというのに、我が物顔でくつろいでおいでですよ。さっさと迎えに行かれませ!」
よろしいですね、と俺の眼前に指を突きつけて、長官は肩で風を殴り倒しながら去って行った。嵐が過ぎたよう、とはまさにこのこと。
何をあんなに怒り狂っているのだか。……子犬、と言ったな。
走る。
メレディスに知られることなく、俺のそばを離れてどこにいたのかと思っていたが、よりにもよって鴉の巣にいたとは。――ふざけんな、本気で監禁するぞ!?




