52Hzの鯨と末の人魚姫
「あーあー。退屈ね。何か面白いことないのかしら」
海の中にある人魚の国の末っ子娘の王女は、とても退屈していた。姉様たちが全員旅に出てしまった今、彼女に構ってくれるのは二つ年上の兄様しかいない。その兄様は、次期国王のため勉強や公務やらで忙しいためここ最近はずっと会っていない。
「姫様、では私の新作の薬で遊んでみませんか?」
「はあああ??あなたの薬を父様の許可抜きで飲むのは、前のでもう懲り懲りよ。あのあと父様と兄様に怒られて大変だったのだから」
今この王女の相手をしているのは、王家お抱え魔法使いで王女のお気に入りだ。声が変わる薬や性別が変わる薬などを作っている。前回国王に怒られたという薬は、自分の姿を色々な姿に変えられるものだったはずなのだが、なぜかわかめに変わる薬になっていて危うく料理長に殺されるところだったのだ。
「前回のは、ちょおっと調合を間違えてしまいましてね。今回のは安全ですよ?」
「では父様にその薬を提出からにして頂戴。罰が公務の増加なんて、厄介なことこの上ないし。もう良いわ。外に遊びに行ってくる」
「それならば、わたしもご一緒しなければ」
「あなたに、私の護衛の役目なんて務まるのかしら?」
王女は鼻で笑った。この魔法使い、人魚の中で一番と言って良いほど泳ぐ速さが遅いのだ。
「ご心配なく。わたし独自のやり方で護衛をしますので」
魔法使いはすこしむっとした様に言い返す。この国で、彼女の家族以外で言い返せる人物はこの魔法使い以外いないだろう。
「そう。せいぜい死なないように努力することね。‘護衛を死なせた傲慢な第三王女’なんて世間で言われては堪らないわ」
護衛は主人を守るためならば死んでも良いものでは?と、魔法使いは思ったが口にはせず、にこやかに笑った。
「ねぇ、なんだか様子が少しおかしくないかしら?」
魔法使いと二人でこっそり城を抜け出した王女は、しばらく優雅に泳いでいたがふとざわめく気持ちが芽生えたため、魔法使いになぜなのか分かるか聞いてみた。
「そうですか?わたしは姫様のように、勘の良い人魚ではないので分かりません」
「へぇー。じゃあ、気付いたのは私だけってことね。上の方に行ってみましょう。上には色々な生物がいるから、この変な違和感を教えてくれるかもしれないわ」
「はぁ。程々にしてくださいよ?行きは良いですが、帰りが困るんですよ…って聞いてないし…」
王女はどんどん海底から離れていき、自分の城が見えなくなってきたあたりで聴いたことない歌を耳にした。
「あら?何かしらこの歌は…」
「鯨の歌のように聞こえますが、音域が違うので新種なのでしょうかね」
「んーー。声のする方に行きましょう」
二人は、歌声に導かれるように声の主の方に泳いで行った。すると、そこには美しい色合いの一頭の大きな鯨がいたのだ。
「わぁ。とっても綺麗な鯨ね。ね、あなたもそう思わない?」
「えぇ、姫様。でも一匹で行動するのは珍しいというか…不思議ですね」
「そうなの?あ、もしかして他の鯨に比べて声が高いからじゃないかしら?他の鯨と一緒に入れないのは寂しいかもしれないけど、一人は気楽で良いじゃない」
「耳が良いですね、さすが姫様です。でも一人で居続けるのも、時にはきついこともあるんですよ。まぁ、それは結局本人の感じ方次第ですけどね」
「ふーん。まあ良いわ。話しかけてくるわね。あなたはここで待ってて頂戴」
「分かりました。気をつけてくださいね」
王女は魔法使いをその場に置いて、歌い続けている鯨に最近習った鯨語で話しかけた。
『初めまして、美しい鯨。歌ってる最中でごめんなさい。その歌、どこで教えてくれたの?』
『…歌を聴いてくれていたのですか?』
『ええ、美しいと思って。どうしてそんなことを聞くの?』
『自由気ままに歌ったり泳いだりして生きていましたが、耳の良い人魚様に歌を褒められるとは思ってませんでしたので』
『歌が音痴な私に対しての、嫌味なのかしら?』
『あぁ、すみません。人魚様は歌がうまいという先入観がありましたので』
『なにそれ?』
『地上ではそういう御伽噺があるみたいですよ。おしゃべり好きの海亀に聞きました』
『へぇ。聞いたことあるわ。‘ニンゲン’っていう、二足で歩く生き物が作った作り話でしょ?』
『そうです。さすが、人魚様ですね。知識豊富で驚きです』
『これくらい当たり前よ。ねえ、あなたいつもこの時期にここに来てるの?』
『ええ、そうですね。歌、気に入ってくれたのですか?』
『そうよ。またこの時期になったらここに来るわ』
『…ではここに来る代わりに、私と友達になってくれませんか?人魚様の知人はいなくて…』
『あら、じゃああなたは運がいいのね。私の知り合いといえば、どんな人魚でも仲良くなれるかもね』
『おや、もしかしてそれなりの地位のお方で?』
『ふふ。どうかしら?じゃあ、また次を楽しみにしているわ。さようなら、美しい鯨さん』
『ええ、また。人魚のお嬢様』
王女は素早く魔法使いのところに戻り、鯨と友達になったと報告した。
「はぁ。また異種の友達が出来たんですか……。姫様はいったいどこを目指してるんですか?この果てのない水中全ての王にでもなるんですか?」
「王なんて面倒なもの、私がやると思う?」
「いいえ、これっぽっちも」
「でしょう?私が目指してるのは、ゆったり快適楽しい生活よ!!」
「はあ。全くゆったりとした生活とかけ離れた毎日を送ってると思うのですが。でも姫様、いつかはちゃんと王国内の人魚と結婚してくださいね?一応、王族なんですから」
「一応って……。結婚したくないわ。だって、王国内の人魚と一緒にいても全然面白くないじゃん。…あ、ねぇ、偽造結婚しない?そしたら、あなたは親からあれこれ言われなくて良いし、私も適当な暮らしができるわ」
「姫様、冗談でもそんなこと言わないでくださいね」
「してくれないのー?良い案だと思ったけどなぁ」
「全く良い案じゃないです。さ、城に戻りますよ。だいぶ時間が経ったので、また王子と国王陛下に怒られてしまうかもしれませんね」
「ああああーーーーー!!そういうのは早く言ってよおおおおーーー」
その日から鯨は、気ままに歌っている音楽を彼女に聴かせるかのように生きるようになった。実は少し孤独だった鯨は、もうどこにもいない。周りと波長が合わなくとも、気がつく友達がいるのだから。
不思議な鯨と友達になって数年後、利害関係を説きまくった王女に魔法使いが落ちるのはまた別の話。