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乙女心に突き刺さるもの

「あーもう! くーやーしーいー!」


 そのあとみづきは結局三回射的に挑戦して、一回も景品を落とすことができなかった。


 撃ち方のいい悪い以前の問題として、どういう狙い方をすれば思ったところにコルクが飛んでいくのかが分からないんだろう。こればっかりは、祭り初心者のみづきでは仕方のないことかもしれない。


「タツトラ君は一回で二個も落としてたのに、なんであたしは一個も落とせないのっ」


「慣れだろ慣れ。俺だって初めてやった時は、思う通りに狙いをつけられなかったぞ」


「慣れとか、なんかそういうの、ずるいし」


 ずるいと言われましても。


 不貞腐れるみづきに苦笑しつつ、俺は手に提げていた紙袋を彼女に向かって突き出した。


 射的の景品が入っている紙袋だ。


 みづきは俺の手にぶら下がる紙袋を見て、「それがどうしたの?」と首を傾げた。


「やるよ」


「え? でも、それってタツトラ君が取ったやつじゃ」


「最初からみづきにくれてやるつもりで取ったんだから、遠慮すんな」


 戸惑うみづきに手に、紙袋を押し付ける。


「……それとも。お気に召さなかったか?」


「そ、そういうわけじゃないけど……ていうか、別に全然嬉しいケド……」


「喜んでもらえたなら、なによりだ」


 そう言って俺がふっと笑うと、みづきが頬を赤らめて胸に抱き締めた紙袋で顔の下半分を隠す。


 それから、「むむむ」と睨むようにこちらを見ながら不満げな声を上げた。


「…………なんでタツトラ君って、たまにそういうナンパ師みたいなこと言うのっ」


「また失礼なことを……言っとくが俺にナンパなんて度胸の要るような真似は無理だからな?」


「そりゃ、タツトラ君にヘタレっぽいところがあるのは知ってるけど、でも、心臓に悪いからそういうのやめてほしい」


 なにがどう心臓に悪いんだよ。失敬な。


 っていうかそもそも俺はヘタレじゃねえよ。あえて文句を口に出して言ったりはしねえけど。


「……ったく。ほら、お面よこせよ。付けてやる」


「お面?」


「袋の中にあるだろ。ぶっさい黒猫のお面だ」


 俺がそう促すと、みづきがガサゴソと紙袋の中を手で探って黒猫のお面を取り出した。それを受け取った俺は、「じっとしてろ」とみづきに告げて彼女の額と耳のちょうど真ん中辺りにお面を取り付けてやる。


 ……お面の位置を修正しながら、ふと、「なんか顔、近っけぇな」と思った。みづきもそう思っているのか、ギュッと両目を強く瞑って唇を不満げに突き出している。少しだけキス顔に見えなくもないが……険しい表情をしているので、そういうわけではないだろう。


 しかしまあ、これぐらいの距離だとみづきから漂ってくる香りが血流に悪くて敵わんな。さっきの射的でもそうだが、女の子ってのはどうしてこう、男を無自覚に誘惑するのだろうか。えっちなのはいけないと思うぞもっとやれ。いやごめん嘘。あんまりやられると、ガキ相手とは言えドギマギしない自信がないからやめてほしいわ。


「……よし、こんなもんか」


 そう言って俺はみづきから体を離す。


 お面を取り付けるほんの数秒の間だが、理性と本能の壮絶な戦いが繰り広げられていた。だがその甲斐あってか、上手い具合に取り付けてやることができてよかったと思う。


「え、あれ? それだけ?」


 目を開いたみづきが、呆気に取られた表情でそう呟く。唇は相変わらず不満げに尖っており、ジトっとした目を俺に向けていた。


「それだけって、なんだよ」


「ん……や、別に言ったところで今さらだし、いいや」


「なんだそれは。そうやって濁されると、余計に気になるんだが」


「まあまあ、いいじゃん」


 よくねえ。


「それよりほらほら。どうかな? どうかな~?」


 はしゃいだ声で言いながら、みづきが顔を傾けて俺にお面を見せつけてくる。


「あー。まあ、似合ってると思うぞ」


 そう言って褒めると、みづきは「んっへへっ」と取り付けたお面をそっと手で撫でた。


「そっかそっか、似合っちゃうか~。それにしても、へへっ、タツトラ君がわざわざあたしのためにこれ取ってくれたって思うと、なんかすっごく嬉しい感じ」


 そんな風に笑うみづきの顔は、とても喜びに満ちていて。


(ああ、ミヤ。お前が言ってた通りかもな)


『自分を喜ばせるために悩みながらも選んでくれた贈り物っていうのも乙女心に突き刺さるなにかがある』


 そのなにか(・・・)がなんなのかは分からんが、みづきの心にも響くものがあったようで俺はホッとするのであった。

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