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よそ行きの仮面

 それから一時間ほどかけて適当にデパート内を見て回ったのだが、特にめぼしいものは見つからなかった。


 途中、ランジェリーショップに熱心な視線を注いでいたので、「下着がほしいのか?」と聞いてみたところ、「セクハラすんなっ」と怒られたりする一幕もあったのだが……それはそれ。


 現在、俺とみづきはフードコートの一角でフライドポテトをつまみながら、首を捻っている最中であった。


「全然決まらねえなあ」


 つい、そんな風にボヤくと、対面に座るみづきが「んー……」と気のない返事を返してくる。


「なんか、もういいかなー。来てみればなんかほしいものが見つかるかもって思ってたけど、特にそうでもなかったみたい」


「それでもなんかあんだろ。実用品でなくても、例えばほら、マスコットキャラクターのぬいぐるみみたいなもんとか」


「そういうのはなあ、嫌いじゃないんだけどなあー。うーん、なんだか自分じゃなかなか決められないなー」


 なんか微妙に棒読みだ。それからこちらの様子を伺うようにちらちらとみづきが視線を送ってくる。


「どうした?」


「……いやあ、別にぃ?」


 首を傾げて問い返してみれば、彼女はため息交じりにそう返してきた。


 ……謎である。


「――っていうかね」


「あん?」


「なんかこうやってデートしてるだけでも、あたし普通に楽しかったから、なんかもうそれでいいかなって」


「……ケッ、お安いお姫様だこと」


「そうだよ。タツトラ君が思ってるほど、高い女じゃないと思うよ、あたし。そこそこ安くて庶民的でも、楽しめるならなんでもいい」


「それが例えば、昼下がりに公園を散歩するとかでもか?」


「例えるならば、家に帰り着くまで夜道を一緒に歩いてくれるとかでも、だよ」


 そう語るみづきの口元は、柔らかな弧を描いていた。それはとても穏やかで、どこか晴れやかな笑顔。


 一瞬、胸を打たれる思いになる。不意打ちでこういう笑顔を食らうと、相手はガキだってのについうろたえてしまう俺がいる。


「それって――」


 どういうことだよ、と問い返そうとしたその時だった。


「あれ? 天女様じゃない?」


 黄色い喚声が割り込んできたのは。


 * * *


「天女様じゃない?」


 聞き慣れない言葉に俺が顔をしかめると同時、みづきがハッとした顔つきになる。それからややうろたえたように目を泳がせると、彼女は声のした方向へと視線を向けた。


 そこにいたのは女ばかりの、いかにも育ちの良さそうな三人組だ。彼女達はみづきの視線に気づくと、「やっぱり天女様だ!」と黄色い声を上げている。


 天女様……え、なにそれ?


 日常生活では耳にすることが稀な言葉に目を白黒させる俺だが、そんな俺とは裏腹にみづきが一瞬で仮面を被り終えていた(・・・・・・・・・・)


 すっと口端が品良く上げられ、眉尻は下げられ柔らかな化粧を表情に施す。その変貌はまさしく一瞬の出来事で、あまりの変貌ぶりに自分の目を思わず疑ってしまうほどだ。


 そうして浮かべたみづきの表情は、とても美しいものだ。だけどあまりに美しすぎて、俺は違和感を覚えてしまう。確かに、みづきは極めて整った顔立ちをしている。しているけど……でも、こいつは表情までこんなに完璧だったかよ?


 俺が知ってる水嶋みづきって女は、もっと隙のある顔をしてたはずだけどな。唇を尖らせた顔、むっつり押し黙っている顔、不機嫌に頬を膨らませている顔、時々ほんのりはにかむ顔――みづきが俺に見せたことのある数ある表情の中で、そんなに完璧に美しく整ったものは一度だって見たことがねえ。


 だから、はっきりと分かっちまった。


 これはきっと、みづきが自分で作り上げた、よそ行きの仮面だってことが。

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― 新着の感想 ―
[良い点] そのよそ行きの仮面でない素で接さられる存在って中々いないですよね
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