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009 カツレツ

 職場での一日は朝礼から始まる。

 正確に言うならば、掃除とか、午前中に納め無ければならないものの準備とか、細かいことは色々とあるのだけれども、社員が集まる朝礼が、仕事の始まりと言っていいだろう。

 朝礼では、社員が持ち回りで朝礼用の冊子を読む。

 内容的には社会人としての心得とか、仕事を進める上での心構えとか、そういったことが一日一テーマで書かれている。

 読んでみれば、ごく当たり前のことであったり、そんなものは理想論だろと思ったりするわけなのだけれども、当然のように反論する社員はいない。

 なぜなら、さっさと朝礼を終わらして、作業に戻りたいからであり、反論したところでなんら有意義な結論と結末をもたらさないと言うことを理解しているからだ。

 正直言うなら、ここに書いていることを実戦できるのであるならば、そもそもこんな本を読む必要はないのだ、と思っている。

 流れ流れて辿り着いたのが、今の状況なのであり、そもそもそんな冊子を使って朝礼をするようになったのは、会社の業績がかなり悪化し始めた頃だった。

 さらに言うならば、以前勤めていた潰れた会社でも全く同じ冊子を使って、朝礼をしていたのだ。

 そこの会社でもその冊子を使い始めたのは、バブルが弾けて資金繰りが悪化し、社員のリストラや、経営陣の交代と言ったゴタゴタし始めた頃からで、意識改革とかなんとか言っていたが、結局は倒産してしまったのである。

 だからあまり良い印象を持ってないのである。


 会社の状況が悪いのであるならば、それに何らかの手を打つべきであり、打ったその手が「社員の意識を変える」という、根本的な解決方法でない事の方が問題であるように思う。

 やるべきは会社の経営をどうするかと言うことであり、社員同士のコミニュケーションを取るとか、挨拶をきちんとすると言うことは、最重要課題ではないはずである。

 なにはともあれ、会社がやると決めた以上は、やらないわけにもいかない。

 そして、私の何度目かの朗読当番の日がやってきたのである。

 自分としては割と読む方は下手ではないと思っているのだが、その日はいつもと調子が違った。


 「あいひゃつは、ひひょとの関係を繋ぐ基本的なひゅだんでしゅ」


 呂律が回らない。


 「わひゃひたちは、ひゃかいじんとして……」


 なんとか読み終わったけども、酷い有様だった。

 その日は朝からあまり人と話していなかったから、口が上手く廻らなかったからだろうか。


 「どうしたんですか、ぜんぜん口が廻っていなかったじゃないですか。小渕元総理が倒れる前にやっていた記者会見を思い出しましたよ。脳に異常でもあるんじゃないですか」


 そう話しかけてきたのは我が社最年少にして、確固たる自分のポジションを確立しつつある我が課の紅一点であり、付いたあだ名は「不機嫌姫」の田所さんであった。

 勤め始めてもはや三年の月日が流れており、初々しさも霞み始めて、一考に上がらない給料のせいか、ブラックと誰もが認める勤務時間の長さの為か、最近ではご機嫌斜めの日が多く、一部ではそんな彼女の態度を問題視する声もあると聞く。

 僕に対する態度は入社以来変わらないのだけど。


 「自分でもビックリだよ。こんなにカツレツが悪いとは自分でも思ってなかったよ」


 「なんか美味しそうですけど、私は切ってあるトンカツの方が好きですよ」


 「滑舌ね」


 「普段人と話す機会が少なすぎるんですよ。もっと会話をしなくちゃ駄目ですよ」


 「田所さんとは普通に話しているけどね」


 「私もなにを言っているか聞き取ることはできませんけど、付き合いで生返事しているだけですからね。機械的に」


 「泣きそうだよ」


 「泣く時はひゃっひゃっひゃっとかみたいな感じで泣くんですかね。それはそれでキモイですけど」


 「泣く時にひゃっひゃっひゃっって泣くヤツはいないと思うけれど。どんな妖怪だよ、それ」


 「一反木綿?」


 「ゲゲゲの鬼太郎世代として言うならば、イメージが湧かないよ。せめて子泣き爺にしてくれないか」


 子泣き爺だってひゃっひゃっひゃっとは泣かないとは思うけど。


 「そう言えば、子泣き爺って滑舌が悪そうなイメージがありますよね。子泣き爺でチュー、バブーとか言いそうです」


 「バブーって、イクラちゃんかよ。最近の子泣き爺は知らないよ。俺が知っているのは、せいぜい夢子ちゃんが出ていたシリーズまでだ。ネコ娘が萌え系キャラになったシリーズは見たことがないし」


 「ああ、大泉洋がネズミ男のヤツですか」


 「実写じゃないか。それは見たこと無いよ。俺がよく見ていたのはゲゲゲ鬼太郎の一期と二期だ。鬼太郎に憧れた俺は、親に下駄をねだって買ってもらって、毎日履いていたくらいだ」


 「子供の頃が合ったなんてビックリですよ。今の妖怪みたいな風貌からは子供の頃なんて想像できませんね」


 失礼な、誰だって子供の頃はあるだろう。


 そんなことを言う田所さんだって、子供の頃はあったのだ。


 「私は中学生くらいですけど、中二病を拗らせていましたね」


 「拗らせてたんだ」


 「BL関係の同人誌を買いあさり、友とそれについて熱い議論を交わしたりしてましたね。今はすっかり卒業しましたけど」


 「まあ、麻疹みたいなものなんだろうけれども」


 「今は枯れたおっさんが、ペニバン付けた女王様にオカマ掘られてヒィヒィ言っているのとかが好みですね」


 「いや、悪化してるし」


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