006 お姉ちゃんチェック
卒業式のシーズンである。
自分は何から卒業してきたのかと振り返ってみれば、夜の校舎に窓ガラスを壊して回ったと言うような、ちょっとヤンチャなエピソードも無ければ、幼なじみでクラスメイトである横顔の乙女と、淡い蜜月を過ごしたというようなエピソードもない。
そう考えてみれば、年齢に対応した教育機関は確かに卒業しているけれど、それは社会的な物であって、精神的な物では全く無く、勝手に追い払われるものでしかなかったのだ。
だから僕は永遠の14才を自称するし、おそらくそれはたぶん自覚的に、精神年齢は14才であるのだと思う。
早い話が大人になんてなれないのだ。
その必要性も感じなかったし、大人であるという責任感というものを持たされるのも面倒であったと言うこともある。
ただ、思い残した事と言えば、学校の制服をきた彼女と、制服姿でエッチをしたかったと言うことに尽きるだろう。
僕はAVにおいても制服物が大好きであり、その中で制服を脱がしてしまうようなAVを見てしまうと、このAVを撮影した監督は解っていないと、声を大にして叫びたくなる。
そこは制服を着たままするのが作法だろうと。
「アホですねぇ」
僕の精神的構造と、性的嗜好の一端を、話半分で聞いていた我が社の期待の新人、田所さんは手を休めることもなく、パソコンのモニターに向かいながらそう言った。
「いいですか、現実という奴を見てください。人生の半分以上を生きておきながら、制服プレイを熱く思い願うおっさんがどこにいます?まぁ、そこにいるんですけどねぇ。死んでしまえ!!」
「ところがどっこい、生きている」
僕は胸を張ってそう言った。
「どれだけ、絶倫なんですか?下手したら、私くらいの娘がいてもおかしくない年齢ですよ。大家族スペシャルに出られるレベルです」
「あぁ、貧乏子沢山って言う法則?」
「家が狭いですからね。バイオハザードみたいなものですけど」
「だけど、いくら何でも田所さんが娘って事はないだろう?」
「なに言ってるんですか、ありありですよ、杉岡さんが二十歳の時に生まれた子なら、今年で二十歳になるでしょう?」
「……そうなのか?僕は数字に弱くてね。そう言われるとなかなかショッキングな事実だね」
「足し算じゃないですか!!数字に弱いとか言うレベルじゃないですよ?今まで良く生きて来れましたね?」
「そんな僕が働いている会社の正社員に田所さんはもうすぐなるんだよ。とりあえず、おめでとうと言っておこう。ついでに専門学校の卒業もおめでとう」
「いろいろ人生、道を踏み外した!?」
田所さんはまだ二十歳で、勤め始めた頃は専門学校に通っている学生さんだったが、三日前に無事、専門学校を卒業したのである。
正式に社員となるのは四月一日からではあるが、これまでは時給換算の定時勤務だったのが、残業解禁となった。
もちろん当然の様に残業代なんてものは無い。
「この前の朝礼で、正社員となったら、心が折れそうになることもあるだろうけど、めげずに頑張ってくださいと社長に言われていたじゃないか。大丈夫、僕でも何度も心が折れたところで二十年近く何とかやってこれた業界なんだから」
「だから杉岡さんの今の現状があるのですね」
そう言われると身も蓋もなくて、M属性の私としては突いてほしい所を鋭利な刃物の様に突いてくれるので嬉しくなり、涙を浮かべるくらいだった。
高卒で現場上がりの私とは全く別の生き物であると言って良く、パソコンを使った作業ではさすがに専門学校を出ているだけあって、ぜひ、土下座したいレベルである。
元々、女性社員がほぼいない職場であったので、職場に一輪の華が咲いたと言って良い。
まさに鬼百合のような人であったと言っておこう。
「この業界にいる人はほとんどM属性の人ばかりだからね、ハードSの田所さんにはちょっとキツイかも知れないなぁ。一週間で二日しか家に帰れないとか、半年くらい休日がないとか」
「……すでに心が折れそうです。遠洋漁業の漁師ですか。みなさんどんだけMなんですか?」
「前の会社が倒産したときに、朝礼で会社が倒産しましたって言われた後に、みんなで休憩室に行ったら、みんな笑顔だったよ。今まで良くやったよなって。で、残った仕事を和気藹々と片付けたと……」
「倒産しているのに!?なんか、さわやかスポーツ系ドラマみたいですね」
「俺たちはやり尽くしたんだと……」
「いやいや、やってないから倒産したんでしょ?」
「やり残したと言えばさっきのAVの話だけど、やっぱり制服物で制服を脱がせて全裸になると言うのは無しだよね」
「確かに無しか有りと聞かれれば、無しだとは思いますけどね。制服物というジャンルである意味合いが無くなっちゃうわけですから。でも、基本どうでもいい話です。そう言えば、弟の部屋のタンスからAVがたまに出てくることがありますね。タイトルが『獣皇』でした。」
「……それはまたマニアックな趣味だねぇ……獣姦というジャンルだけは理解できないよ。まだスカトロ系の方が理解できる。と言うか、なんで弟の部屋のタンスを開けてるの?」
「え?お姉ちゃんチェックなんて普通じゃないですか?月一くらいでやってますけど?」
「普通じゃねぇよ!!僕は今もの凄く田所さんの弟に同情するよ。月一で自分の性癖が暴露されるなんてどんな拷問なんだよ」
「奴もまだまだですよね。もっと隠すところに工夫しないと」
田所さんはそう言って微笑んだ。
お姉ちゃんチェック、恐るべし。
「そう言えば、杉岡さんは親と同居しているわけでしょう?そういうブツはやっぱり隠すんですか?」
「まさか、僕ももう40だぞ?いちいち、そんな物を隠すわけ無いだろう。まぁ、最近はDVDなんて買わなくなったし、せいぜいエロ漫画誌が山積みになっているくらいだよ。コミックLOとか、快楽天とか」
「殺意を覚えますね。犯罪を犯さないうちに自らの手で、プスっと……みたいな」
「あぁ、そんな視線を親からも肌に感じないわけでもないんだけどさ、これだけは譲れない思いって言う奴だよね。エロ漫画だけが僕の全てという感じかな?」
「もう、思い残すこともないでしょう。何なら旅立つお手伝いをしますよ」
どこに用意していたのか解らないけれど、田所さんは梱包に使う白いビニールのヒモを取り出すと、ちょうど良い具合に僕の首が絞まりそうな輪っかを作って見せた。
「思い残すことなら多々あるのだ。世の中にまだ読んでいないエロ漫画がいくら存在していると思うんだ」
「むしろ世のため!!人のため」
そう叫ぶと田所さんは僕の首にヒモを巻き付けると、力一杯引っ張り始めたのだった。
「で、殿中でござる、殿中でござる!!」
「えぇぃ、止めてくれるな、おっ母さん!!」
正直、死を直感した僕は大人げないにもかかわらず、首に巻き付いている田所さんの手を取り突き飛ばしてしっまったのである。
力一杯に。
田所さんの身体はたたらを踏み、強く壁に叩きつけられた。
叩きつけてしまったのは僕なのだけど。
「……ちょっと、やりすぎたかな?大丈夫かい、田所さん?」
田所さんは無言でそのまま自分の席に戻り、モニターを見つめて作業を始めた。
「……た、田所さん?」
「……すいませんでした」
田所さんはそう言って謝った。
「いや、むしろ謝るのは僕の方な気がするけど」
「まさか、本気で抵抗してくるなんて思わなかったです」
「抵抗するよ!!死にたくないもの!!」
「たいした人生じゃないので、もうどうでも良いのかと……」
その目には涙が浮かんでいた。
「それはそれで、酷すぎるよ!!」
もう少しで人生を卒業しなければならなくなる所だったけど、できれば、どんなに酷い人生であったとしても、もう駄目ですよ、もう無理ですよと、最終判断が下されるその日までは生きてみたいと思う。
その日までに、僕はどれだけのものから卒業できるかと考えてみれば、それはやはりこれまでの人生通りに無理なのは解っているつもりである。