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005 ブラックコーヒー

 どこで何をどう間違えたのか?と思うことがよくある。

 考えてみれば全てが間違っていたに過ぎないのだけど、それを認めたくなく無い自分がいる。

 認めたところで、もはやどうにもならないと言うことは解っており、認めなかったところで自分の前に山積した難題が無くなるわけではないのだ。

 全ての問題は先送り。

 それに利子が付いて、更に問題は大きくなっていくのだけど、全てがどうにもならなくなるまで、僕は見て見ぬふりを決め込みたいと思う。

 それが僕の生き方だ。

 それを人は開き直りと言う。


 「無様ですね」


 僕のそんな人生観を、話半分で聞いていた我が社の期待の新人、田所さんは手を休めることもなくモニターに向かいながら、冷たい眼差しでそう言った。

 その口元には侮蔑の笑みが含まれていた。


 「杉岡さんは、問題をどうにかしようなんて考えてもいないのでしょう?全てが時間が解決してくれると。そして、どうにもならなかったら死んでしまえば良いと思っているんでしょう?」


 僕は首を横に振り、彼女の意見を否定する。


 「いいかい、田所さん。僕は自殺なんか出来ないよ?残された人に多大なる迷惑をかけることになるし、それが気になってしまって死ぬことなんかを選択することは出来ないね」


 「それは良い心がけですね。でも、この先一生人様に、迷惑をかけ続けることに罪悪感は感じませんか?」


 「僕だって、一生周りに迷惑をかけ続けて生きていくつもりはないよ!!」


 僕は猛然と抗議する。


 「だって、問題を先送りにするだけで、なんら解決の手段を取ろうとしないじゃないですか?杉岡さんももう40ですよ?あと何年生きられると思っているんですか?」


 「許されるならば日本人の平均寿命くらいまでは生きたいね」


 「いいですか、現実という奴を見て下さい。インスタント食品が大好きで、タバコを一日一箱吸い、甘い缶コーヒーを一日に4本も呑んでいて、血圧が210/105のワースト記録を出した杉岡さんが長生きできるわけが無いじゃないですか。今の平均寿命は、戦前、戦中生まれの人たちが伸ばしているに過ぎません。糖尿か脳卒中、もしくは心筋梗塞で激アツです」


 そう言えば、僕の身のまわりに糖尿の人が多いのは気のせいではないだろう。

 なんと言っても、一日中会社にいるので休憩時間ともなれば缶コーヒーとタバコである。

 晩ご飯を食べるのは午後十一時過ぎであり、寝るまでの間にスイーツを食べたりする。

 僕は甘党なのであった。


 「それだけじゃないぞ。去年は我が一族はガン患者が多発した。我が父は悪性リンパ腫で闘病中、伯母は肝臓癌で亡くなり、その旦那さんは肺ガンで亡くなった。従姉妹は姉妹で胃ガンと脳腫瘍で倒れ、胃ガンのお姉ちゃん方は僕と同い年なんだけど、一年の闘病の後に亡くなったからな。看護師さんだったんだけど」


 「正直、そこまでだと引いてしまいます。どこの世界に癌家系であることを自慢する人がいますか」

 

 「ここにいる。ちなみに弟は完治したけど顎の骨にがんが出来て、祖母も従姉と同じ胃ガンで僕が生まれる前に亡くなっている」


 僕は泣きながらそう言った。


 「勝手に、まだ患ってもいない病気で絶望しないでください。そんなに気になるなら食生活を見直すとか、それなりの手段を取れば良いじゃないですか?何もしないで老い先短い人生に失望しても何も始まらないじゃないですか?あ、終わってんのか?」


 「それが出来れば、元より悩んだりするものか!!」


 「それもそうですね」


 そう、あっさりと斬り返されると身も蓋もなくて、M属性の僕としても悲しくなって、涙を浮かべるくらいだった。

 そんな冷徹な田所さんはまだ二十歳で、実際のところは専門学校に通っている学生さんだったが、五ヶ月前に就職活動で私の勤め先に何を血迷ったのか面接に来て、翌日から働き始めていた。

 高卒で現場上がりの私とは全く別の生き物であると言って良く、パソコンを使った作業ではさすがに専門学校を出ているだけあって、自己流の僕とは月とスッポンであった。ぜひ、スライディング土下座したいレベルである。

 既に試用期間も終わり、専門学校卒業と共に正社員としての採用が決まっている。

 元々、女性社員がほぼいない職場であったので、職場に一輪の華が咲いたと言って良い。

 まさに鬼百合のような人であったと言っておこう。


 「そんな話はさておき、ちょっとこれを見てください」


 「僕の生きるか死ぬかの大問題がそんな話になっちゃったのは悲しいよね。まぁ、どうでもいい話なんだけど」


 僕は酷く傷つきながらも、田所さんが差し出した彼女のiPhoneを覗き込んだ。

 どうも路面を写した画像らしいのだが、中央にグロテスクな感じの物が写っていた。


 「……これは?」


 「見ての通りの鳥の死骸です。白骨化してますけど」


 「何故そんなのを写しているの?そして僕はどんなリアクションをすれば正しいのだろう?」


 「朝、会社に来る途中に道路に落ちていたんですよ。きっと車か何かに引かれたんでしょうけど。カラスか何かに啄まれて綺麗に白骨化してたんです」


 見ると確かに骨格標本のように骨だけが鳥の形を成していたのだけど、周りに飛び散った血や羽根が僕にはとってもグロテスクだった。


 「わざわざ撮影したの?他の人から見たら気持ちわる人だよ」


 「それは分かっているんですけど、あまりにも綺麗だったんで、思わずハァハァ言いながら撮っちゃいました」


 そう言いながら田所さんは満面の笑みでダブルピースをした。


 「気持ち悪いよ!!」


 「小学生の幼女を見てハァハァ言っている人の方が気持ち悪いと思いますよ?」


 田所さんはそんな風に口をとがらせて抗議した。


 「僕はリアル小学生女児にハァハァなんてしないから!!二次元女子小学生にハァハァするだけの綺麗な変態なんだよ」


 「だから、綺麗な変態も、汚い変態も端から見れば同じもので、キモイです」


 「今日から田所さんも仲間入りだけどね」


 「一緒にしないでくださいよ。私は死してもその美しい姿を残していると言うことに興奮しただけです。性的に。むっふ~ん」


 「それを人は変態と言うんだよ!!良い変態というのは、自分が変態であると言うことを理解している。悪い変態というのは無自覚な変態だ。それは正に田所さんのことだろう?僕は自覚ある変態だからね」


 「まぁ、どうでも良いですけど」


 田所さんは興味を失ったようで、またモニター画面に向かって作業を開始した。


 「さて、喉が渇いたので、ちょっと一服してくるよ」


 僕は休憩室に向かって歩き出す。


 「せめて、コーヒーはブラックにしてくださいね」


 田所さんが僕の方を見ずにそう言った。


 「だってブラックは苦いだけじゃないか」


 「まだ言うか!?……杉岡さんの屍を撮影できる日を楽しみにしています」


 「……ブラックコーヒーにしておきます」


 全ての問題は先送りにしておこう。

 いつか気が付いたら全てが解決しているかも知れない。

 未来にどうにもならないことを、いま気に病んだところで、どうしようもないのだ。

 もちろんそれは開き直っているだけなのだけど、僕はブラックコーヒーを飲み、タバコの煙を吐き出してそう思ったのだった。


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