騎士と姫
2日続けての短編投稿となります。
「姫!! こちらへ!!」
と俺は姫の手を引き走り出した。
理由は簡単だ。
「いたぞ!! こっちだ!!」
後ろから追っ手が叫ぶ声が聞こえた。
そしてその後すぐに数人がこっちに近づいている足音が
聞こえてきた。
この状況からも分かる様に今俺達は追われている。
「くそッ……敵が多過ぎる……」
今こそ後ろに見えるのは数人の追ってだが
今頃城内にはこの何倍もの追っ手が待ち構えている。
それに対してこちらは俺だけであり、圧倒的な戦力差を
見せつけられている。
「アレク、私は置いていきなさい」
後ろで姫が静かにそう言った。
「姫……それはなりません!!」
「だってあの方々の目的は私なのでしょう?
ならせめて貴方だけは……」
「いけません!! 私は姫の騎士なのです!!
何があろうとも貴方を守ってみせます!!」
そうだ。
俺が姫の直属の騎士に任命された日から俺の命は
この方を守る為に使うと決めている。
「でもアレク……」
「逃すな追え!!」
「すみません姫!! 逃げますよ!!」
俺は再び姫の手を掴み走り出した。
事の始まりは数時間前。
その日は俺が使えている王女のエリアの結婚式だった。
元いた王国から近隣の小国の当主に嫁ぐ事になり
俺は姫の直属の騎士として連れ添う事になった。
その結婚式で悲劇は起きた。
”第五王女、エリアとの婚約破棄を宣言する“
突如、姫は一方的に婚約破棄を言い渡された。
その理由は姫が当主を殺して領地を奪うつもりだとか
領民を虐めて私腹を肥やしているなどと事実無根の
事柄であり、俺はその場で叫んだ。
”姫がそんな事をするはずがない“と
だがその会場にその国の兵が姫を捕らえようと
してきたので俺は姫を連れ逃げ出した。
何とか城内を切り抜けて馬に乗り、森の中に逃げたりして
敵を巻いて、小さな小屋に入った。
逃げ切ったと思った矢先、俺は重大なミスに気づく。
姫が怪我を負っていたのだ。
逃げる際に追っ手が放った魔法が運悪く当たって
しまったからだ。
「姫、申し訳ありません!!
この私がついていながらお怪我を……」
「良いのよ……それよりもアレク……貴方こそ
怪我沢山しているじゃないの……」
「私は貴方をお守りする立場なのですから
この程度傷とは言えません!!
ですが貴方様は……」
姫が負った傷とは軽傷までとは言わずとも
本来ならこの程度の傷なら魔法やら薬草やらで
すぐに治せて何も問題がないはずだ。
ただそれがいつもの治癒環境が整っていたらの話だ。
今手元に薬とか姫を治す手段が無い。
そして更に俺は魔法を使えない。
何故か生まれつき魔法を使うという事が出来なかった。
「私が治癒魔法でも使えたら……いや魔法の1つでも
使えたらこんな事には……!!」
「いいのよアレク……私はもう満足よ……」
「待ってて下さい!! 近辺で薬草とか探してきます!!
最悪、近くの民家からうばえ……」
「それはダメです」
と姫はきっぱり答えた。
「姫!!」
「私は元はと言えば婚約破棄を言い渡された時に
死んでいたはずなのよ……それをたった数時間だけど
生きれた……貴方には感謝しかないわ……」
「姫はもう少しワガママを申して下さい!!
貴方様のこれまでの人生は殆どが我慢の連続だった!!
死ぬ寸前まで姫は良い人でいるのか!?」
姫は第五王女ということもあり父親である国王や
他の肉親からもあまり良い扱いをされていなかった。
1人だけ住む場所は離れにあり、使用人の数も少なく
生活も他の王子や王女に比べて質素であった。
その中でも姫は文句1つ言わずにどんな時でも
笑顔で身分隔てなく接していた。
そして今回も嫁ぐという名目で家から出されたのだ。
それがあからさまであっても姫は笑顔で
“分かりました。それが王国の為でしたら”
と言ってその婚約を引き受けた。
「お願いですから姫はワガママを申して下さい!!
だった一言“生きたい”と言えば私は貴方様が生きる為に
何でも致しますから!! どうか……!!」
そうだ。
姫が生きる為なら罪の無い民衆だって殺す。
なんだってやる。
俺にとって姫はこの世で一番大切な存在なのだから。
「それはダメ……貴方が手を汚す必要は無いわ……」
「私の手が汚れる程度で姫が助かるなら幾らでも
汚しますから!! お願いだ……!!
“生きたい”と……“死にたく無い”と言ってくれ……!!」
俺はついいつもの口調に戻っていた。
姫がいる前では口調を変えているが、感情が高ぶる余り
普段街中で知り合いと話す際の口調に戻っていた。
「アレクって……そんな喋り方するのね……
死ぬ前に新しい発見したわ……」
「姫!! 今そんな事は関係無い!!
そんなの貴方様が元気になれば幾らでも
話してあげますから……!!」
「ねぇアレク……」
「何ですか!?」
「最後にワガママ言ってもいいかしら……?」
と喉から絞り出すように話す姫。
辛そうなのに何故か笑顔を浮かべていた。
「最後なんて言わないで幾らでも言ってくれ!!
頼むから最後なんて言わないでくれ!!」
「ーー死ぬまで手を握っていてもらえる?」
姫は俺の手を掴むと弱々しく握ってきた。
その弱々しい力が姫が弱っている事を否応が認識させる。
「姫……!!」
「私の為にアレクが手を汚す必要は無いわ。
そして私はもうそこまで叶えたい事は無いのよ。
……でも最後にワガママを言わせてもらえるなら
死ぬ寸前まで、アレク、貴方に手を握って欲しいの……
最後まで私を見捨てなかった貴方に……」
「私が貴方を見捨てる筈がないだろう!!
魔法を使えない様な出来損ないの私を拾ってくださった
貴方を私が見捨てる筈がない!!」
「ふふっ……アレク、嬉しい事を言ってくれるのね。
でもね、貴方が私の事をそう思ってくれる様に
私も貴方にとても感謝していたのよ……」
「姫……?」
「だから最後に言わせて
ーー私の側で最後までいてくれてありがとう、ね」
と優しく微笑むと俺の手を握っていた手が力なく
地面に落ちた。
「姫……姫……」
俺は無我夢中で姫の身体を揺さぶった。
しかし反応は無い。
「姫!! 起きてくれ!! 頼むから!!
姫ったら!!」
反応が無いと分かっていても俺は身体を揺さぶった。
そしたらいつか姫が目覚めてくれるかもしれない。
起きたら強く揺さぶった事を謝ればいい。
だがいくら揺さぶっても姫は一向に起きる気配が無い。
「何で俺はこうまで無力なんだ……
魔法が使えないから騎士になったのに……
それなのに姫1人すら守れないなんて……!!
何してるんだよ俺は!!」
頭の中で後悔が渦巻いていた。
ーーもし俺が魔法を使えたら
姫の怪我を直せただろう。
ーーもし俺が今より更に強かったら
姫にそもそも怪我すら負わせなかっただろう。
ーーそもそも婚約破棄の場で大人しく捕まっていたら
牢屋に入れられはするが死ななかったかもしれない。
なんて今ではあり得ない可能性の話ではあるが
そう思わずにはいられなかった。
「姫……起きてくれ……!!
俺は貴方が起きる為なら何でもする……!!
だから起きてくれ……!!」
“そんなにその娘が大切かい?”
「なんだ……?」
”その娘が大切なのかって聞いてんだよ?“
突如不意に聞こえてきた声。
周りを見るがその声の主は見当たらない。
「どこにいるんだ出てこい!!」
“まぁまぁそこまでかっかすんなって
そんなにキレても何も変わらないぜ〜?”
「どこにいる!? 正体を表せ!!」
“はいはい分かりましたよ〜出ますよって”
その声が聞こえたと思うと気がついたら後ろに
俺と同じぐらいの歳の男性が立っていた。
「貴様いつの間に入ってきた!!」
俺は腰に刺していた剣を抜き出して構えた。
だがその男性は自分が剣を向けられているのに
全然驚きもしない。それどころか呑気に欠伸をしてた。
「人間さんはすぐに頭に血が昇るなぁ〜。
まぁそれだから面白いんだけどなっ!!」
「貴様何者だ!! 答えろ!!」
「俺かい? そりゃ俺しかいないから当たり前か!!
ハッハッハッハ!! まぁ許せって!!」
「貴様死にたいのか……!!」
「おっとと、流石に剣で刺されたら死にやしないが
めちゃくちゃ痛いから勘弁してもらいたいもんだな〜」
「死なないだと……!?」
「まぁなお前ら人間と同じレベルで考えてもらっちゃ
困るんだよな〜。人間程度が作った武器で俺達が
死ぬ訳ねぇだろう!!」
さっきからこの男性の発言を聞いていると尚更
頭がおかしくなってくる。
とりあえず雰囲気と話していて分かったのは
明らかに常人じゃないってことだ。
「お前は人間なのか……?」
「俺が人間? ハッ!! 笑わせんな!!
俺は人間ではねぇよ!!
ーーお前ら人間の世界では悪魔、なんて呼ばれてるな」
「悪魔だと……」
悪魔とは人間を悪しき道に導き、社会を混乱させる
邪悪な存在として描かれており、この王国の神話にも
ちょくちょく出てくる存在であった。
その存在が目の前にいるという事に俺は驚いていた。
「おいおいそんなに驚く事か?まぁしゃあねぇか。
普通俺達は簡単にお前らの元に出てこねぇからな」
「何故……悪魔がここに……!!
まさか姫の魂を取りにきたのか!!」
「それは死神か天使の仕事だっつうの!!
俺は魂をもらうが両者の同意の上でもううって
悪魔の契約で決まってんだよ!!
ーーそれよりもあんた、この娘もう死ぬぞ?」
「もう遅い、既に姫は……」
「いや、まだギリギリ生きている。
だが後数分で本当に死ぬ。
今ならまだこの娘を生きかえらせる」
「本当か……!!」
「あぁ俺は嘘はつかねぇよ。
もう少しでこの娘が死ぬのも本当だし
今ならまだ助かるってのも本当だ」
「……俺はどうすればいい?」
「それは簡単だ。
ーー俺の実験台になれ」
「実験台、だと?」
「そうだ。
前えから試してみたいと思っていた魔法があってな……
その実験台になってくれ。そうすればお前が大事な姫
とやらの命も助けてやる」
「魔法か……」
俺には魔法を使えない。
生まれつきどれだけ練習しても全く上達しなかった。
そんな俺が悪魔から魔術の実験台にされて果たして
無事でいられるのだろうか。
だが悪魔はそんな俺の気持ちを察したのか
「あぁ心配すんな。魔法が使えないお前でも
対応出来る様にこっちで調整している」
「対応が出来るとは……?」
「俺の魔法の実験台になっても俺がかけた魔法では
反作用で死なない様にしてやる。
ーー例え魔法の才能が皆無のお前であってもな。
そりゃせっかくの実験台に簡単に死なれたら困るし」
「……そうか」
「あと今なら何と!! お前さんでも魔法が
使える様になり色々な能力が使える様になりまーーす!!
この能力を使えばお前や大事な姫をこんな目に合わせた
奴らに復習も出来ますぜ?」
まるで市場で魚の叩き売りをしているがの如く
軽快な口調で自分の魔法の長所を話す悪魔。
だが一転として暗い表情になり
「だがこの魔法を受けた人間は日々代え難い痛みや苦痛を
絶え間なく受ける事になるがな。
ーーそれでもお前さんは受けるか?」
「そんなの決まっている。
姫を守る為なら痛みぐらい受けてやる。
それが姫に対する忠義だ」
「おぉ〜かっこいいねぇ〜!!
そんなにその姫さんが大切なのか?」
「大切? そんなもんじゃない。
姫は俺にとって命以上に大切な存在だ」
魔法が使えない俺は騎士団でもお荷物の扱いであった。
家族からも冷たい目から見られ、生きる目的すら
無かった俺に降り注いだ一筋の希望が姫だった。
彼女がいたから俺はここまで生きてこれた。
ーーそんな彼女の為なら俺はいくらでも
この命捧げよう。
「ひゅ〜男らしい〜!! 最近の騎士サマの中でも
中々骨があるじゃないか〜!!
ーーじゃあ」
というと悪魔は俺の目の前に一気に近付き
俺に向かって腕を伸ばした。
「グフっ……!!」
その腕はそのまま俺の体に刺さった。
そして
「そこまで言うお前さんの度胸。
ーー試させてもらおうか!!」
とその言葉を最後に俺の意識は途絶えた。
「……ク」
「……レク」
「アレク!!」
「は、はい!? アレクはこちらに!!」
誰かが俺の名前を呼ぶ声で起きる俺。
「良かった起きたのね」
「姫……?」
そこには昨日大怪我を負い、死にかけていた姫が
何事もなく今まで通りの表情でいた。
「どうしたのかしらアレク?
驚きのあまり開いた口が閉まってないわよ」
「ひ、姫はご無事なのですか……?」
改めて姫の姿を見るとどこからも出血した様子も無く
肌の色を見ても健康な肌色であった。
昨日は明らかに死ぬ寸前だったのにまさか一夜で
ここまで治るとはあの悪魔の仕業だろうか。
「そうみたいね……おかしな事もあるものだけども
それよりもアレク。
ーー貴方のその甲冑はどうしたのかしら?」
「甲冑……? はっ!?」
姫に言われ自分の甲冑を見ると今まで白かった甲冑は
まるで闇夜の色みたいに黒く染まっていた。
更に鎧の形状も前までは普通の甲冑とは異なり
色と同じように禍々しくなり、どことなく神話の中に
出てきそうな邪竜を模している気がした。
……ちなみに兜に限っては完全に竜の形を模していた。
「アレク。貴方は一体何をしたの?」
「さぁ……私にも分かりません……」
姫に対してはシラを切るが、本当はあの悪魔の仕業
だろうと思っていた。
一夜にしてこんなに甲冑ごと変える事が出来るのは
あの悪魔だけだろう。
そんな俺の態度を見て姫は若干不審に思いながらも
それ以上の追求はしてこなかった。
“よぉ、どうだい新しい甲冑は?”
どこからかあの悪魔の声が聞こえた。
だが周りを見ても悪魔の姿は見当たらない。
“今俺は姿を隠しているから見える筈がない。
お前さんの心に直接話しかけている感じだな”
(おい、この甲冑どうなってる?)
“あぁそれは俺の実験の魔法の効果さ。
すげぇなお前、まさかそこまで変化させるとは”
(どう言う意味だ?)
“俺が昨日お前にかけた魔法とはな
ーー負の感情を力に変える魔法だ。
人が憎い、人が嫌い……そんな負の感情が強ければ
強いほどお前の力が増すのさ。
ーーまぁ甲冑に関してはその副作用みたいなもんだ”
(負の感情を力に変える……)
“そうだ。昨日お前さんは色々なモンを恨んだろ?
自分の無力、世間の理不尽、それがお前さんが
身につけていた甲冑にまで影響を及ぼした訳だ”
言われてみて昨日の状況を思い出す。
ーー魔法が使えない自分の無力さ
ーー今まで不幸だった姫を更に痛めつける世間の理不尽
ーー姫を無実の罪で罰そうとした奴らへの恨み
それら負の感情が再び蘇ってくる。
“そうだ!! その顔!! それがある限りお前さんの
力は増していくって訳”
改めて自分の身体を動かしてみる。
まるで甲冑をつけていないのかの如く身体が軽く
不思議と力がみなぎってくる。
“あと1つ、今王国内じゃお前さんの大事な姫さん
指名手配されてんぜ?なんか暗殺容疑とやらで‘
(姫がそんな事する筈がないだろ!!)
”ちっちっ、罪なら何でもいいだよ。
ーーその姫が捕まえれるのであればな“
(それは許せない……そんな理不尽許す筈がない!!
姫は俺が守る!!)
“ほぉ〜やる気だねぇ〜
まぁこれから長い付き合いになりそうだしな
ーーよろしく頼むぜ、ダンナ?”
と姫を追ってから守るため、姫をあんな目に合わせた
奴らへの復讐のため、この悪魔との付き合いが
これから始まるのであった。
ーーそれが更なる苦痛の始まりであるとは知らずに
2日続けての短編でしたが
今回の話は如何だったでしょうか?
気に入ってくれたら幸いです。
・・・たまにはこういう話を書いてみようと
思い書いてみました。
改めて書いていてこういう類の作品を書く際の
己の未熟さを実感しました。
やっぱり中々書かないシリーズだと
難しいですね。
これからも練習していこうと思います
もしご感想とかありましたら
書いてくださると嬉しいです。