侯爵の独白
悲劇です。
ハッピーエンドではありません。
娘にこの国の王から縁談が来た。
陛下は国民にも賢王と言われるほど素晴らしいお方だ。
かく言う私も尊敬し、臣として遣えている身だ。
陛下は前王が早くに亡くなり、17と言う若さで即位され、王になられてから3年国を善くする為に婚姻を遅らせてまで政に力を注がれていた。
新しい国王に国が慣れ、安定してきたと方々より縁談の話も多くなったことで、陛下もやっとその気になったようだ。
そしてその相手と言うのが、我侯爵家の三女ローズマリーである。
見た目に華はあるが絶世の美女と言うほどではないし、教養もあるが才女と言われるほどに賢いわけでもない。
侯爵令嬢である為マナーなどの淑女教育はしっかりとしていたが、何故娘が選ばれたのかは謎である。
それは他の貴族達も同じで反発もあった。
しかし、今までの陛下の功績等もあるので、婚姻くらい好きなものとさせてあげても良いのではないかと言う声も多かったことにより、陛下と娘の婚姻が決まった。
この縁談に一番反対したのが、娘であったのには少し驚いた。
陛下は王族と言うこともあり見た目も素晴らしく、賢王と言われる程に知性もあり、剣の腕も騎士団長にも劣らないと評判である。
この国の令嬢は皆陛下に惚れているのではないかと言われる程完璧なお方だと言うのに、娘は嫌だと言ってきた。
何がそんなに嫌なのか、素晴らしい陛下の何処に不満があるのだと問いただしたのだが、娘は具体的な事は言わずただ彼の方だけは嫌だと、恐いと言った。
あの方の微笑み一つで全ての人は恋に落ちると言われる程なのに恐いとは、うちの娘は変わっているのかと初めて思った瞬間だった。
しかし私としては、陛下が娘で無ければ嫌だと言われ誉れ多いことであるし、そこまで言われる陛下に協力してさしあげたいと思う程に本当に素晴らしい方だと尊敬している。
そして何より、陛下からの申し出を侯爵家のうちが断ることなど出来るわけもない。
嫌だと泣き叫ぶ娘を諭し、これは決定事項だと告げ、話を進めた。
世継ぎもあるし何より陛下の希望で婚約期間は最低限の三ヶ月で、婚姻の準備が慌ただしく行われた。
その間も娘は王宮に呼ばれては陛下と会談したり、夜会では婚約者としてパートナーを勤めたりとしていた。
初めて夜会でパートナーを勤めた時陛下の隣には無表情の娘がおり、陛下に恥をかかせるなと夜会後に叱りつけた。
それ以来娘は目が笑ってはいないが最低限の笑みは浮かべていたので、これ以上は言わないでおいた。
だが、何がそこまで不満なのか本当にわからなかった。
娘の態度以外全てが順調に進み、晴天に恵まれた盛大な結婚式に誰もが祝福をした。
あの日から半年がたった。
この半年娘は茶会や夜会等、一切の公の行事に参加していなかった。
王妃になった娘がそんな事普通では許されないが、陛下に伺いを立てたところ体調を崩しているとの事。
見舞いをさせてほしいと何度も申請を出したが、そこまで酷いものではない、日々の王妃業務で疲れているだけだと言われ、会うことさえできなかった。
やっと娘が夜会に出席した。
笑顔の娘が陛下と一緒に会場に表れ、ホッとしていた。
していたのだ、二人に挨拶に行くまでは。
遠目ではわからなかったが挨拶の為近くに行けば、娘の笑みがまやかしであるとわかった。
元々目だけは笑ってはいなかったが、今はそれ以上に酷かった。
娘の目が死んでいた。
微笑んでいるのに、娘の目に光が差していなかった。
この目に見覚えがあった。
妹の死ぬ前と同じであったから。
私の妹はとある公爵家の長男と政略結婚した。
その男は社交界での評判が良く、自分も好青年であると感じていたし父もそう思ったらしく、妹との結婚も順調に進み、結婚生活も筒がなく過ごしていた。
否、過ごしていたように見えていただけだった。
妹と結婚したと言うことで度々お互いの家を行き来等して、その男の事を私は信頼していた。
その頃私も結婚しており私とその男が話している時は、妹が3歳になった娘の相手をしてくれていたのだが、ある時妹にもらったと言う大きなウサギのぬいぐるみを貰った日を境に娘は妹に会いに行かなくなった。
仲が良かった筈なのにパッタリと辞めたので不思議に思っていたのだが、その理由を妹が死んだ後に知った。
妹の死を悲しんでいたところに娘が一冊の本を持ってやってきた。
その本は妹の日記で結婚してからの事が書かれていた。
まだ三歳の娘は内容を理解していないようであったが、妹から何かあったら私に渡すように言われていたらしい。
その内容は本当に酷かった。
あの男は妹を愛していた。
政略結婚で愛があるのは良いことだと思っていたが、その愛が歪んだものであったと私は知らなかった。
あの男は閨で妹を殴る蹴るなどをしていたらしい。
いつもスカーフや首もとのある服を着ていたのは、首を絞められていた痕を隠すためであったと書かれていた。
稀に暴力的な事をし、痛がる様を見るのが好きだと言う性嗜好の持ち主がいると言うのは聞いたことがあったが、あの男がまさにそれであったとその日記を見て初めて知った。
娘がパッタリ行くのを辞めたのは妹が言ったようで、あの男は暴力的な性嗜好以外にも幼児に対しての性嗜好まであったと閨で色々言われていたらしい。
娘を危険から遠ざけるために来るなと言ったと書いてあった。
そして良く考えれば、娘が妹に会いに行かなくなってから妹の目に光がなくなっていったとその時初めて気が付いた。
きっと娘を心の拠り所にしていたのにあの男のせいで娘に会えなくなった事、娘が来なくなったのは妹のせいだと閨の暴力が増したのだろうと、察することは簡単であった。
そして最終的に妹は自分で毒を煽ったであろうことも。
あの時証拠は妹の日記だけしかなく、しかもうちよりも爵位の上なあの男をどうすることも出来ず、私はあの世の妹に夜な夜な謝った。
そして妹の日記の最後に娘だけは私のような相手に嫁がせないでくれと書かれていた。
私は妹の最後の願いは絶対に叶えると心に誓い妹が死んでから十五年、この方ならと娘を嫁がせた。
娘の願いなど聞きもせず、自分の考えだけでこの方に。
その結果が目の前の娘だ。
あぁ、私はまた間違いを犯したのだ。
妹に続き、娘までも。
妹の最後の願いを叶える事も出来ず、娘の願いも聞き入れず。
夜会も終わり、私はふらふらと娘の部屋へと行った。
結婚前と変わらず、そのままにしていた娘の部屋。
ふと見た本棚に背表紙には何も書かれていない妹の日記と良く似た色の本があった。
その本を手に取り中身を見た。
その本は娘の日記だった。
最初の日付は陛下との婚姻の話が出る少し前から。
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○月×日
王家主催の夜会に行きました。そこであの男と目が合ったのですが、その目を見た時おば様に昔言われたことを思い出し、身震いがしました。おば様を見るおば様の旦那様と同じ目で私を見ていたのです。おば様はあの時私に言いましたよね。「あの目を忘れては駄目よ。私と同じ目に貴女はならないように」と。あぁ、おば様。私はどうすれば良いのですか。教えてください、おば様。
□月○日
お父様があの男との縁談を持って来ました。淑女にはあるまじきだと分かってはいても、泣き叫ばずにはいられませんでした。でもあの男の地位に逆らえるはずがありません。おば様どうすれば良いのですか。私もおば様の後を追うしか無いのでしょうか。
×月△日
あの男に二人きりの茶会へ呼ばれました。あの男は私が何をするか分かったのでしょうね。私にしか聞こえない声で言いました。「私は君を離す気はない。もし何かしようと思ったらわかっているね?君の家族がどうなるか。君は私の元に来るしかないんだよ」と。あぁ、私はもう逃げ出すことも出来ないんですね。ごめんなさい、おば様。
△月□日
あぁ、明日はもうあの男の元へ行く日です。私はどうなるのでしょう。おば様のように痛め付けられるのか。それとも部屋に監禁されるのでしょうか。あの狂気な目を見るたびに恐ろしくてなりません。どうすれば良いですか、おば様。助けてください、おば様。
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私はそのまま泣き崩れた。