第五話 あたいがいるから
前回のあらすじ。
・能力が原因で元の世界に帰れない。by 紫
今回は視点が動きます。視点変更の際、空白はいつもより多く開けています。
今回はチルノ → 優也 → チルノ → 優也 の順です。
「いっただきまーす!」
あたいたちは今レームん家で晩ご飯(和食)を食べている。レームにしては、魚とか野菜とか味噌汁とか良く用意した方だって思った。
「うん、おいしい! ユーヤ、この魚おいしいね!」
「……え? 何か言ったチルノ?」
「この魚おいしいね……って…」
「あ……ああ、美味しい! 凄く美味しいよ!」
ユーヤは笑いながら、自分の魚をパクパクと口に入れる。
「いやー、ホントに美味しいよなー! あははは…」
「……」
悲しそうに見えるのは、お昼の話で帰れないって言われたからかな…。
「そ、そんな!!」
「何とかならないんですか!?」
ここから帰る事はできない。この宣告にチルノと大ちゃんは納得いかないと言った表情で紫に詰め寄る…が、
「残念だけど、彼の能力の前では私の隙間だって受け流すわ。現状ではどうする事もできないのよ」
「あなたの隙間でもダメなのね…」
「まあ、こんな風にね」パチン
紫が指を鳴らすと同時に、俺の座っている畳付近がパックリと割れて隙間が生じる。だが、特にそこへ落ちるわけでもなく、しばらくすると隙間はそのまま閉じてしまった。
場に重苦しい空気が流れる…。
「……で、コイツを幻想入りさせたのは紫じゃないと」
「さっきも言ったでしょ。私とは別に赤池優也を幻想入りさせた"第三者"がいる。人から忘れられた路線も多分ないわ」
「じゃあ、一体誰が…」
「さあ? 私にも皆目検討も付かないわ」
紫は両手を広げる。彼女もこればかりはお手上げのようだった。
「ただ、私としては何か釈然としないのよね。第三者は優也を幻想入りさせればこうなる事が分かってたんじゃないかしら? それも最初から…」
「……流石にそれは考えすぎじゃない?」
「彼にこのような能力が付き、それが原因で元の世界に帰れない。こんな偶然滅多にあると思うかしら、霊夢?」
霊夢は口元に指を置き、まあ確かにとやや納得したように呟く。俺を誰がどうやって、そして、何のために送り込んだのか、ここに居る誰もが分からなかった…。
「まあ、実際の所は分からないしこの問題は保留ね」
「……」
俺は話の半分も聞いてなかったかもしれない。それだけさっきの宣告は嫌というほど響いていた…。
「優也。状況はどうあれあなたはこの幻想郷に侵入してきた所謂不届き者。本来なら抹殺する事も考えられるわ。
でも、流石の私もそこまで鬼じゃない。第三者が何のためにあなたを送り込んだかは不明だけど、念のため様子は見る事にする。……そのかわり条件があるの」
紫は立ち上がり、次のように口動かした。
「博麗大結界という結界には触れないでほしいの。その結界は、人や妖怪がここへ入り込まないように作られた結界よ。でも、あなたの能力だとそれも受け流すわ。それを受け流されたら、どうなるか私にも分からない。
だから、その結界…いや、結界があるものには極力触れないでほしい。それ以外は自由に行動していいわ」
「……分かった」
俺はその条件に承諾した。いや、承諾する以外選択肢はなかった…。
「決まりね。じゃあ、後の事はよろしくね、れ・い・むっ♪」
「ちょっ!? 面倒事を私に押し付け━━」
「じゃあねー♪」
霊夢の制止を無視し、紫は隙間の中へと消えていった…。
「ったく、紫の奴…」
「……」
「ユーヤ…」
「優也さん…」
重苦しさだけが残っていた。果たしてこれは現実なのだろうか? あまりの自体に受け入れ切れない自分がそこには居た…。
「はぁ……今日くらいなら泊めてあげても良いわよ。嫌だけどあんたらも」
あの後、ユーヤに大丈夫って聞いたけど、
「だっ、大丈夫だって! 元の世界に帰れなくても、そんなに気にする事じゃないし!」
笑って返された。違う"無理"に笑って返された。大ちゃんに対しても、こんな無理をした笑いだった。
あたいたちとユーヤとの出会い、まだ一日目だけどさ……そんな悲しい顔で笑わなかったよ…。
(もっと自然に、心から笑ってたよ…)
その後もユーヤはずっとこんな感じで、一緒にご飯を食べている今もユーヤの顔から楽しいっていうのはなかった。
今にも泣いちゃいそうな……そんな顔だ…。
「あんた、無理してるのバレバレよ。まだ気持ちの整理がついてないようね」
「……そうだな。霊夢、ご飯ごちそうさん。ちょっと外で頭冷やしてくるわ」
そう言うと、ユーヤは居間から出て行って外へ……その背中もとても悲しげに見えた…。
「ユーヤ…」
最初に出会った時は、あたいを気絶させたり、あたいの悪口を言ったりと、凄いムカつく奴だった。コイツが元の世界に帰る前に弾幕の一つでもくらわせて凍らせてやるっ…とも思っていた。
でも、少しだけど接していく内に、ユーヤは優しい人と考えるようになっていた。悪いのはあたいなのに謝ってきたり、団子の事で許してくれたり、優しいって笑顔で言ってくれたり……最初の時と違って、おんぶしてと言うほどあたいの調子が変になった。
ユーヤが帰っちゃう事に寂しさを覚えてたのかもしれない。だから、元の世界に帰れないと聞いて、心の中では少し嬉しかったりしてた。ユーヤに、ユーヤのあの笑顔にまた会えるって思ったから…。
でも、あたいはユーヤのあんな表情は見たくない。あそこまで悲しんでるユーヤをどうにかしたい。
(でも……何ができるんだろ…)
正直、今のユーヤに何て言ってあげれば良いのか……あたいには分からなかった…。
「チルノちゃん、優也さんの所に行ってあげなよ。今優也さんを元気にできるのはチルノちゃんしかいないよ」
「……え?」
そんな時、後押ししてくれたのは大ちゃんだった。
「あ、あたい? でも、あたいが行っても…」
「私が知ってるチルノちゃんは、持ち前の明るさと元気で人の不安や悩みを忘れさせる、そういう女の子だよ。私が行くよりは効果はあるんじゃないかな?」
大ちゃんは笑顔でこう言ってくれた。あたいの事を一番に分かってくれる親友だから、あたいが何を考えているのか分かったのかもしれない。
今までだって、あたいの少しの変化にすぐ気づいてくれてた。どうして分かるのと大ちゃんに聞いたら、お互いに強く信頼し合えれば、表情を見ただけでも相手の気持ちが分かったりすると言っていた。
「それにさ。もうチルノちゃんは優也さんを信頼しかけてるよ。後は友達になるか、親友になるかだよ」
(……そうだよね!)
この言葉で心に決めた。大ちゃんのように……あたいもユーヤの事を分かってあげる親友になりたいって!
「あたい、ユーヤの所に行ってくる!」
優也の後を追うように、あたいも居間から出て行った。
「で、あんたは良かったの?」
「良いんです。それにチルノちゃんのためでもありますし」
「……なるほどね。まっ、何となく合いそうな感じではあるわ」
「えへへ♪」
俺は鳥居下の階段部分に腰掛けていた…。
「……」
そして、ボーっと夜空を眺めていた。幻想郷初めての夜空は星と月が輝いていて、とても綺麗だった。
俺の暗い気持ちとは反対に…。
「はぁ……」
親、友達、クラスメイト……もうこの人たちには会えないんだ。俺はもうここで生きていくしかないんだ…。
「開き直れるかな、俺…」
俺は呟く……誰もいないのにな…。
「ユーーヤーーー!!!」
そんな時、後ろから俺の名前を大声で呼ぶ奴が居た。
声で誰かは分かるけど、俺は静かに後ろを振り向く…。
「どうした、チルノ…?」
やっぱり、チルノがそこに居た。俺に笑顔を向けながら、こっちに近づいている…。
「ユーヤにプレゼントがあるの。ちょっと後ろ向いて!」
「プレゼント?」
「うん、良いから後ろを向いてて!」
いきなりの事で意味がいまいち分からなかったが、とりあえず(俺にとっては前だが)後ろを向く。
「はい! うけとれーー!!」
「……ん? 冷たっ!? 何を置いた!?」
いきなり俺の頭がヒンヤリしたと思ったら、そこから水が顔まで垂れてきたのでビックリする。
「氷の塊だよ。頭を冷やすのには良いでしょ♪」
「ば、バカヤロー! 直接冷やしてどうすんだよ! ギャグにしては笑えるが、実際にやったら冷たいわ!」
氷の塊を取って、チルノにツッコミを入れる。チルノにとっては、俺の手伝いとでも思ってるのかな?
(あはは……チルノらしいはらしいけど)
「やっと、ユーヤが笑ったー!」
「え?」
「あの話から、ユーヤが無理して笑ってたから心配してたんだ。今のユーヤの笑顔は自然に笑えてたよ♪」
もしかして、俺が無理して笑ってるのに気づいて、本心で笑わせるために……心配してくれてたのか…。
「でも、これだけじゃまだ心配だよ」
「え?」
「だから、私が落ち込んでた時、大ちゃんが良くしてくれた事やってみようかな。ちょっと恥ずかしいけど…」
顔を少し赤くするチルノ。躊躇してるようにも見える。
(今度は何を━━)
ギュッ…
「……え?」
一瞬、何が起こったか分からなかった。チルノが座っている俺に近づいて……抱きしめてきた事に…。
「ち、チル━━」
「無理しないで……泣いても良いんだよ」
「えっ…」
「上手くは言えないけど……ユーヤは一人じゃないから…」
……ぽた
あれ? 頬が冷たい。氷の水、まだ残ってたっけ…?
「大ちゃんだって、レームだって、いろんな人だっているから…」
……ぽた、ぽた
違う……涙? 俺、泣いてるのか?
「親友の……あたいがいるから…」
……ぽた、ぽた
16歳にもなって情けねぇ……でも、
「チルノ……しばらくこうしてもらっても良いかな?」
この言葉に、チルノは静かに頷いた…。
「うっ……ひっぐ…ひっぐ…」
俺は泣いた。もう元の世界には帰れない、これからどうなるのか……そんな不安を全てさらけ出すように、俺はチルノに身を委ねて泣いていた…。
そんな俺の頭をチルノは優しく撫でてくれた。まるで……俺が小さい時に母さんがしてくれたかのように…。
体が冷たいはずのチルノが、この時は温かく感じた…。