胃薬くれ〜! 改稿&加筆(4/21)
鏡よ鏡よ鏡さん。幼稚園教諭が一番苦手とする日って、どーんな日?
それはね〜担当クラスの役員を決める日よ。
え? 保護者面談じゃないんですか?
それもあるけど、一番はクラス委員決めだわ。それを真っ先にやらないと次に進まないから。
この日も朝から大変だった。
子供と言うのはとても面白い。眠たそうな顔で幼稚園に来る子や、朝から猪◯顔負けの大声で笑いながらやって来る子もいる。
そんな中に子供はしっかりご挨拶が出来るのに、校門に立って園児達一人一人に声かけをしているけどさ〜。
たまにいるんだよね〜。
園長や教師達に挨拶も何もしない親、なのに自分は躾には厳しいんですと言っている人。
そんな親の特徴って本当に判を押したように決まっている。子供にはとても厳しく「挨拶」「挨拶」とバカの一つ覚えのように言ってるのに子供のお手本となる自分には大甘。
そんな親もいるかと思えば、こんな親もいる。登園して来るとすぐに幼稚園に子供を下ろして、その後他の保護者達と一緒に井戸端会議を始める。それも小さい声ならまだいい。
大声で笑われてみろ、子供が怖がって泣くでしょうが。それに子供達が怖がっているのは他にも理由がある。園庭の外側から子供達の観察をしている保護者達の目はまるで捕食者の目だよ。本当にギラギラだもん。
大人の私だって怖いわ。
傍迷惑な親達がいるから私達の仕事が成り立っているんだけどね…。
わかって入るけどさ…毎朝本当にこの朝の苦行がね…。
教師として通らなきゃならない道なんだけどね。本当に一番胃が痛いわ。
笑顔がトレードマークの古藤夕子副園長がチラリと校門の近くで立っていらっしゃると少しは監視のような保護者の目も優しくなる。
そんな中にも勇者と言われる人はいるんだよね。有閑マダム達が島袋 香澄を中心だ。彼女達は今日もまだ校門の近くでお喋りに花を咲かせている。
保護者の人達は知らないんだよね。この授業開始の音楽がなるまでの十五分が歯なく終われと全教師が思っているなんて。
早く授業開始の音楽よ早く鳴って!職員一同総心待ちに願っていると、漸く待ちに待ったクラッシックの音楽が流れ始めた。
ようやく朝の遊びの時間が終わった!普通なら子供達はこの時間の前に幼稚園内に入っていなければいけないのだが、一人必ず遅刻して来る親子がいる。
『日向 真子』この親子はいつもそう、この子はいつもみんなよりも遅れて来るのが当然って顔で、登園時間なんて全く無視。そんな感じだから、他の子供達からも言われてる。
「真子ちゃんって、いっつも遅れてくるよね〜。遠足とかも遅れて来ないでよ〜 」
子供達も言いたい事はあるだろうが、そこで終わらせておいたほうがいい。それに日向真子よりも島袋 卓の方が問題だと心の中で叫びながら、笑顔で子供達に声をかける。
「さあ、みんな〜お片づけの時間よ〜。真子ちゃんも、お鞄置いて来てね。みんなと一緒にお片付けしましょう」
普通親に同じ事を言われたら「えーなんで私が〜? ち〜っとも遊んでないのに〜」なんて文句を言いそうだけど、真子ちゃん自身はとても素直なので笑顔で「はい」と答えるとゆっくり自分の支度をしてる。
そう、これが彼女が強かだと思っちゃう所なんだよね。素直にハイって言ってるのに、園庭に出て来ない。嫌な事はやらないで済むように動いているこの真子ちゃんには、本当に教師としては困る存在である。
これって真子ちゃんの性格が出てるな…。はいって素直に答えて入るけど、面倒なことは回避している。この親にこの子ありって本当よね。
真子ちゃんママは、のんびりしているが結構考えている人だ。毎日飽きもせずに遅刻している彼女達だが、遠足やページェント(クリスマス会)夕涼み会、運動会には毎回早く来てるとか。そう言う所を見ると、やれば出来るのにどうして普段から早く来れないかな……とボヤクのは私だけじゃないはずだ。
それを人は強かと言うんだけどね。
保護者会議が午後からあるため、児童たちは早めに帰ってもらう事になっている。一年でこの日ほど、憂鬱だと思える日はない。
「おまたせしました。ゆり組担任の早乙女 椿です。はじめての方もいらっしゃると思いますが私は日本人です。日本語も話せますし、理解も出来ますから遠慮なさらずにわからない事は聞いて下さい。後このような外見をしていますが、これは先祖返りなので気になさらないで下さい。では自己紹介をしてみましょう。それでは時計回りでお願いいたします」
今回椿が受け持つのは年中組だ。このクラスには十八人の児童がいる。この十八人の内、年少さんからの持ち上がりは各クラス五人づつ。後はみな、二年保育で入って来ている。殆どの保護者が椿の容姿を見てどう声をかけて良いのか迷っていたようだった。
「椿先生は、外国の方ですか?」
いきなり聞いて来たのは、真壁さん。全くさっき私が日本人だと言ったばかりなのに、何を聞いていたんだろう。真壁純也君は確か人の言う事を半分しか聞かない子だと前年度の受け持ちだった幸子先生がぼやいていたけど、本当に親子だわね。
「いいえ。日本人です。他に聞きたい方はいらっしゃいますか?」
勇者だな…と思ってたら、真壁さんを皮切りに保護者達は椿を質問攻めにして来た。
「では、その髪は染められたのですか? 目はカラコンですか?」
ーあんた達さっきの私の自己紹介を聞いてないでしょ!!
「さきほども自己紹介の時に言いましたが、日本人で両親は黒髪ですね。私の髪は地毛ですし、この目の色も親から貰った物ですが、外見から見てみなさん私が外国人だと思われますね。ただ、私の場合は先祖返りです。祖母が海外の人間なので、その血を濃く受け継いだようですね。他に質問はありますか?今度は私以外の事でお願いいたしますね」
どうやら、やっとお母様達には納得してもらえたみたいだ。これで私がキレたりすれば、この一年は針のむしろとなるからな…気をつけないと。
ぎゅっと鉛筆を握りしめた椿は保護者達の顔を見回した。
「では……これからクラス役員を決めますが、こちらは園から連絡事項や毎月行われます話し合いに出ていただく事になります。ご家庭では見られる事のない子供達の園での新たな一面を見れると言うこともあります。どなたか立候補はありますか?」
しーん。
やっぱりな。
しかーし、このままこれが決まらない事には、次に進めないんだけどね…。
ああ、沈黙が痛い!!
「初めてクラス役員になられるお母さん方もいらっしゃると思いますが、わからない事などは私も含め、副園長の古藤先生も協力いたしますので、どなたか勇気のある方はいらっしゃいませんか? お子様達のためですので、よろしくお願いいたします」
最初はなかなかクラス役員になろうと言う猛者は現れず、ここで葵の紋所である『子供達のために』と言う常套句を使うと、俯いていた保護者達の中からチラホラと手が挙がった。
それを見て、今年はすぐに決まった〜と安堵した椿だったが、顔が引き攣った。いかせん今回挙手をしたのが、椿が苦手としている島袋 卓の母香澄だからだ。もう一人は年中から入った佐々木 翼の母親で静香。彼女はどうやら香澄達のグループからやれと言われて仕方なく手を上げさせられた一人だ。
(毎年いるんだよね、裏で操作する親って)
今年佐々木翼の事は幼稚舎でも話題になった。息子の翼が幼稚園に入るなり、プールをポンと寄付した家だ。
正副は決まり、今度は各行事にある係を決め始める。子供はたった十八人しかいないので、一人もあぶれる事も重なる事もなく公平に各委員が公平に行き渡る。
たまに二枠しかない役員に八人の保護者達が手を挙げる時もあるが、それはまれである。そう言う時は、文句なしにじゃんけん。やっぱりコレしかないでしょ。
漸く怒涛の第二日目が終わった。凝った肩や首をぐりぐりと回すと華奢な身体から想像ができないほど大きな音が教室内に響く。
さあてと、掃除をするか…。
帚を使っていつものように掃除をし始めた。
「椿先生、役員決めはどうなりましたか?」
教室にやって来たのは、副園長の古藤先生。
「古藤先生、今年も無事に何とか決まりました。ただ…今年のクラス委員が島袋さんに決まりましたので、それだけが少し気がかりなんですけどね…」
島袋さんは去年の年長さんのクラスでもクラス委員をしていて、クラス全員で先生を吊るし上げにした張本人だ。
「島袋さんですか……。わかりました。他の先生達とも話し合いの場を持つ時に、彼女には気をつけるように伝えておきましょう」
「ありがとうございます」
胃薬足りるかな…。
今年は余計に胃薬がいりそうだわ。
何も起こらなきゃ良いんだけど…。椿はあの不安そうな佐々木静香の顔がちらついていた。