今年もそうなったか…入園式 加筆 (5/1)
幼稚園教諭側の話を書いています。
知り合いの話を聞いて書いた物ですが、一応フィクションです。
前回の話から四ヶ月前の話に遡ります。
一般に入園式とかは八時半登園だが、それは園児の場合のみ。自分達教師は朝七時には出勤して、職員会議がある。
「皆さん、今年一年よろしくお願いします」
「「「「「「「よろしくお願いします」」」」」」
殆どの先生達はワンピースだが、椿だけ毎年着物だ。
「椿先生、今年も素敵な置物ですね」
「ありがとうございます。でもやっぱり言われちゃうんですよね『外国人の先生だ〜』って。そう言われないようにって着物を着てるんですけどね〜」
「「「「……」」」」
(毎回そうやって着物を着てるから、余計に輪をかけて外国人だと思われてるのがわからないのかな?)
(椿先生ってある意味最強の天然ですよね…)
「まあまあ、着物を着たいと言う椿先生の気持ちって、大切ですよ。日本人って感じで素敵ですよ」
そんな意味深な雰囲気を察したのか、副園長の古藤夕子がひまわりのような笑顔でその場を上手く纏めると他の先生達もバラバラだが頷く。
そんな職員達の様子を見ながら、園長の臣は毎年の事ながら日本人っぽく見られたいと言う椿先生の思いが、余計に輪をかけるように『外国人として』今年も保護者達に見られるのだろうなと小さくため息を吐いた。
「おはようございますー。おめでとうございまーす」
笑顔で顔が引き攣るかと思うほど、椿は自然100%の笑顔を顔に張り付けて、園長や他の先生達と一緒に清楚なワンピースを着て、保護者や園児達を迎え入れる。
初めて椿を見る保護者達は一応に笑顔で挨拶をするが、必ず椿の事は二度見する。それは椿の日本人離れした容姿に関係するからだ。
椿の髪の毛は染めてもいないのに、艶艶と輝く銀の色。瞳は空の色よりも濃い群青色
コバルトブルー
。肌も白人のように白く、彫りも深い。
多くの保護者達の頭にあるのは、「本当にこの先生で大丈夫なの(か)?」と言う疑問。毎年春に突き刺さるような視線の中で園児達の入学式を迎えるーこれは椿にとって恒例のもの
苦行
。
入学式が始まり、園長先生からクラスの担任が発表される。その度に保護者席からどよめきがある。
《ゆり組担任…早乙女椿先生》
自分の名前を呼ばれ、立ち上がった椿は保護者席の方に向かって深々と一礼をする。 椿が立った途端、保護者席からどよめきが上がる。初めはひそひそと。それが子供達にも伝染してく。
「あの先生って、外国の人なのかなぁ」
「でも名前が椿先生って言ってたし、違うのかな〜」
ピクン。
思わずそんな言葉を聞く度に耳が反応しちゃうのよね…。
イケナイイケナイ。
平常心、平常心。
それでも天使のような笑顔で、保護者席に向かって一礼をする椿の内心は複雑だ。
(もう、何なのよ。この客寄せパンダ並みの注目は…。今日は入学式と記念撮影で終わるけど、問題は今週一週間よね…)
入学式も無事に終わり、この後はクラスで記念撮影をすることになった。
他の先生達がワンピースを着ているのに対して、椿は例年の如く入学式はいつも着物着用だ。
元々着物が好きだと言う事と、自分で私は日本人なんだからと言う強い思いが入っているのだが。
そんな椿の思いとは裏腹に保護者達の心情は『やっぱり椿先生って外国人なのね』と百八十度違った印象を持たれてしまっているのは、本人は全く知らない。
この日は入学式とクラスの説明、記念撮影で終わった。
問題は明日から始まる役員決めだ。
怒涛のような一日を終えた椿達には、まだ仕事が残っていた。
教室の掃除(この日はそんなに散らかってなかったから、すぐに済んだけど)。
年間の保育計画作成と年間の保育計画に沿った月案と週案をこの日は園長に提出する。
園長の許可が降りなければ、何度も作り直しをさせられる。これは何処の会社でも似たような物だろう。
この日やる事の中に、児童の保護者と先生を繋ぐコミュニケーションとも言えるお便り帳の書き込みもある。
これは月ごとに子供達の成長を書いて行くが、新年度と言う事で、子供達にこれから一緒に楽しい一年間を過ごしましょうと言う言葉を書いている。
それとは別に幼稚園には教師用に置かれているファイルがある。
子供達の顔写真や、入園する前の面接で保護者から提出された子供の身体測定、特徴、アレルギーの有無、障害の有無などが書かれている。これにも目を通す。
どんなに入学式が短い時間で終わろうとも、この日先生達があがれるのは夕方五時。一応この五時と言うのは早い方だ。
椿はそのまま自宅へと園長と一緒に帰宅する。
「椿、臣さんお帰りなさい〜」
「「ただいま、蘭(姉)」」
そう、ここは早乙女家。椿と園長の柏木 臣は義兄と義妹の関係。そしてマスオさんだ。両親はまだフランスで仕事をしている。
「椿、今年はどうだった?
蘭の暢気な声に椿は着物の帯を解きながら、「いつもと同じよ」と素っ気なく答える。
そう…例年と同じく、保護者達から『本当にこの外人で大丈夫なんだろうか?』と言う戸惑い視線を感じた。
普通なら、こんなに若い先生で大丈夫なんだろうかって思われるんだろうけど、椿の場合は外見が外見だから、しょうがないのだろう。
一度、髪を黒く染めた事もあったが、あまりにも似合わな過ぎて止めてしまった。
いつものジーパンにラフなTシャツを着た椿は大きく伸びをすると、母から譲り受けた着物を畳む。
「なーんで、私だけ銀髪に青い目なのよ…」
そう、椿は早乙女家の四姉妹の中で自分だけが祖母の血を濃く受け継いでいる。
父親も母親も黒に近い髪なのに、自分だけ祖母と同じ銀髪に青い瞳。他の姉妹達はみな茶髪で薄いハシバミ色の瞳をしているのに、なんで自分だけ違うのだろう……。
「蘭姉、桜姉さん達はまだ結婚しないのかな?」
「さあね。新倉さんが頑張ってはいるみたいだけどね。桜姉さん次第なんじゃない?」
早乙女家の長女、桜(三十歳)は昔から音楽の才能に秀でていて、僅か十歳の時に巨匠とのコラボで一躍名声を手にした。
その後、音楽活動をしていたが、桜が作曲した曲を当時交際していた恋人に全て盗作され、あろうことかそのバカな男は桜が作った曲を全て自分の物として世に発表した。
その当時、桜は妊娠してたが心労で流産。
流産した自分を責めた桜はそれ以来、音楽とは全く関係のない一般企業に就職した。
去年、音楽を止めた桜がいきなりコンサートをやると言いだした時、本当に家中がひっくり返るほど驚いた。
それが今、押し掛け同棲している新倉さんのためだと知った時は、桜姉の心の傷が漸く癒えたんだとみんなでほっと胸を撫で下ろしたものだ。
「椿も幼稚園の先生を始めて、もう何年経つの?」
「六年よ六年」
「あんたこそ、結婚とか考えないわけ?」
あら…どうやら薮を突つきずぎて大蛇をだしてしまったらしい…と苦虫を噛み潰した顔をする椿を見て、雑誌を読んでいた臣は笑っている。
「椿ちゃん、やぶ蛇だったね〜」
「わかってますよ〜」
これ以上ここにいれば、碌な事がないとばかりに立ち上がると「お風呂先に頂くから」とササッと逃げた。
別に椿だって男が嫌いなわけじゃない。ただ、苦手なのだ。今までろくな男としか付き合った事がなかった。
椿の男遍歴。
その一、カメラを持って『はあはあ』する人物。
その二、手を繋ぐ事も一緒にならんで歩く事もしない。
その三、椿が彼らの意に添わぬ行動(胡座をかいたり、人前で大欠伸をしたり、放屁したり)をする度に「君はそんなことをしちゃいけないんだよ」と逆にキレられた。
その四、椿を神聖化扱いしていた。
毎回、別れる際に言われる言葉はいつも一緒だ。
「僕の中の椿様はそんなことをしない!そんな女らしくない君とは一緒にいれない」
「やっぱり君の好きと僕の好きは違うんだ」
「君の愛が感じられない」
「外見と中身のギャップに着いて行けない」
「僕の椿様を穢したくないんだ」
そんなの勝手だ。勝手に椿の外見に惚れて、それで勝手に自分達の理想を椿に押し付けておいて言う言葉がそれだ。それ以来椿は『お一人様』だ。
親友達も今月末にはお見合いで、上手く行けば今年の年末には結婚となるだろう。
これは殆ど結婚が決まっていると二人とも言っていたから、間違いないだろう。
私はお一人様でいいのよ。
早乙女 椿 二十七歳。
今年も彼氏なし。
複雑な乙女心。