気分はテーマパークのネズミ。 改稿(4/21)
「い、いらっしゃいませ〜」
「頑張ってるのね」
「イエス マイロード!!」
「「「……」」」
「くっくっくっ」
碇店長がそこで笑ってるし…。あんたの頼みでこちとらコスプレして来てるんだけどね…。
今日は三人ともマトモな服装…(先週よりもね。でもアニキャラ)をして来ていた。なのに、三人とも目立っている。
「また、椿に変な事言ったら、それこそ店長からのお小言が増えるわよ〜」
「そうですわよね。碇さんが心配そうにこちらをチラチラみていらっしゃるわよ」
「京子、里見そうやって人で遊ばないの」
あの怒濤の騒ぎから一週間後、椿達はこの昭和の匂いがぷんぷん漂う定食屋に再びやって来た。
ここの良い所は、変にかしこまらない所。普段教師と言う仕事柄か、ストレスはたまり放題なのよ。
だって子供の事で保護者を呼び出せば、『学校にしつけてもらっているから大丈夫でしょ』みたいな事を言う親が多くなって来てるのが現状。
学校に丸投げしないで欲しいわ!
家庭でしつけが出来てないのに、なんで私達教師がそんな事をしなきゃならないのよ!!
里見は里見で保健室での子供達の行動が目に余ると言ってる。
『ダイエットとか言って朝ご飯もろくに食べずに学校に登校してくる子供達が多いんですのよ。その子達は自分が既に痩せていると言う自覚がないみたいで…保健医としては子供達が無理なダイエットをしないようにと摂食障害の事も今度校長先生に頼んで話をしてみようかと思っている所ですの』
こっちは雇われている側で立場的に弱い。そんな所を生徒だってわかっているから無理難題を教師に吹っかけようとしているし。
それでこの間も緊急職員会議が開かれたんだよね。
幼稚園教員も大変だけど、高校の保健医も大変だよね。
もうすぐ夏休みも終わっちゃうから、ため息もひとしおだよ。
「「「はぁ〜」」」
この色気のないため息は他の客の紫煙と一緒に通風口を伝って空へと向かってく。
「「「ごちそうさまでした〜」」」
食事を終えて、店長の碇さんに手を振ると、合格すれすれって意味でオーケーのサインを出した。店長ってばガッツポーズしてるし、余程三木くんって言う新人さんの教育に心血を注いてきたんだろうな…あらあら碇店長、今にも泣き出さんって感じだよ。
この店長(碇さん)はいつも社員達の教育とか言って毎回私をダシに使っている。
まあ、その分私も碇さんから色々としてもらっているから、まあギブアンドテイクってとこよね。
その内容はと言うと、碇さんの一族が経営しているリゾートホテルのタダ券とか、碇さんの一族が経営しているホテルのランチバイキングのタダ券とか、某ネズミのランドの優待券とか貰って、結構私も里見や京子も美味しい思いしてるから、文句は言えない。
全てはこの定食屋のため……。ここは碇店長のお祖父母さまが最初に開いたと言う定食屋なんだとか。
まあ、良い話を聞いたもんだと最初は思っていたけどさ。こう頻繁に自分の休日を他社の新人教育のために使わされるのはね…。
ご褒美で碇さんから頂いているリゾートホテルやホテルバイキングも、大体新人教育の最終確認だって言うのくらい、私だってわかってるんだからね!
でも、貰える物は貰っておこう!と言う事で私椿と里見、京子の三人は今回もばっちり貰ったぜぃ!
三ツ星フレンチレストランのランチタダ券♪ 懐もほっかほか!
鼻歌混じりでルンルン気分でレストランを出れば、何故か知らない女子中学生やら、カメラ小僧達に囲まれてしまった。
今日は普通の服装だって言うのに。なんででしょうか?
(黒いチャイナ服にガーターを着て普通だと言えるのは、椿さんだけですよね。by里見SP隊)
「……」
「すみませーん。もっと笑って下さい」
「一枚良いですかぁ?」って聞いて来るなら良いよ。
でもいきなり無言でカメラ向けてパシャパシャ!撮るな!!
キモイし怖い!!腕を絡ませるな、袖を引っ張るな!いきなり隣に来るな!
「私も〜良いよね〜」
「私も〜」
「僕も〜」
「はぁ?」
私よ私〜と不機嫌そうな椿に馴れ馴れしくしてくる女がいたけど、本当に誰だか分からない。京子と里見に誰か知ってる?と視線で聞いても首を横に振って来るし!
あーのーねー私はあんた達の事なんて知らないつーの!
「ねえ君、名前は?」
某ネズミの名前を言えば、からかっているのかなんて逆ギレしてくるし。何なのよ一体…って周りを見れば、京子も里見も同じ状態になってた。ちょっと違うのは京子達はSPに護られてて、私は囮か餌みたいに蚊帳の外だから、ハエが集る集る!
「ねえ、坊やだからなの?そんな口をきくのは?」
人が嫌がってんのにさっきからセクハラまがいな事をして来ては、椿に生意気な事を聞いて来る男に腹が立って来た。あーもう沸点超えたね。ってことで極刑!椿は思いっきりキャラを演じて悪女っぽく優しく微笑むと男の顎をむんずと掴んだ。
「悪い子ね。オイタをする悪い子には、私からお仕置きして、あ・げ・る♪」
うっひょ〜!!と周りの叫び声に男は威嚇するように睨みを利かせてたが、すぐに椿の方を見て鼻の穴をのばし始めた。
ふふふそんな顔をしてられるのも今のうちよ。
デコピンの用意をすると京子達の顔が青ざめて来る。里見のSP達までも病院搬送の指示を出しているから笑える。
ビシッ!!
強烈に響くデコピンの音が炸裂したと同時に男の体は宙を舞った。
その後額を両手で押さえて七転八倒するチョイ悪な男は、里見家のSPによって無事に病院搬送されて行った。
里見達が私の隣にいればもう安心だ。黒服にグラサンの強面の人達がさっと来て、「さ、こちらです」って言えば、モーゼの十戒みたく、ささっと人垣が割れて道が出来る。
初めてこれを見た時は、すっげーと感動したけど。こんな風に毎回二人のお遊びに連れ出される度に、客寄せパンダみたく写真を撮られまくる身としてみれば、SP使うのも当たり前だろうって思うようになった。
慣れって恐ろしい。
こんな日は早く帰るに限る!絶対に職場の人や保護者には見つかりたくない。
絶対に、ネタにされるに決まってる。特に明美先生と幸子先生にはね。
あの二人はいつもゴシップを集めるのが大好きだから。こんな姿を見られたりしたら…半年は絶対に騒がれるのは間違いなし。
「あ!椿先生だ!」
「え?」
あ……見つかってしまった。
しかも、よりに寄ってこの子は去年まで私の受け持ちのクラスだった子供だよ…不味いよ…。
子供の手を引く保護者の顔が引き攣ってるのがわかるよ。
そうだよね〜。別にここは某テーマパークでもないんだし、何で幼稚園の先生が黒いチャイナドレスを着てんだよって突っ込みたいよね。太腿はちら見せでガーター付けてるし。まだチャイナ服が赤だったら良かったのよね。
わかるよ……私も突っ込みたいもん。何でお前等は私にこんな喧嘩上等の香港の夜の女王みたいな服を着せるんだよ。
「あ…見つかっちゃった……」
笑顔で乗り切るしかないよね…保護者からは頭から足下まで見られてるし。分かるよ、分かる!!もし私が反対の立場だったら同じ事してるもん。
(本当にこの人が幼稚園の先生なのぉ?)
そーですよね〜。この格好って結構怪しいですよね。
だって私も同じ事思うもん。
「え? 椿先生って…翼の幼稚園の? あ、あらぁ〜」
そんなに露骨に不味い物をみてしまったなんて顔をしないでください、本当に地味に傷つくから。
「こ、こんにちは……翼くん」
思わず声が震えたのはしょうがないじゃん。
「やっぱり、椿先生だぁ。椿先生カッコイイ!!ゲームの中のお姫様みたいだよ〜。ねー!!」
翼くん、お願いだ〜!! そこでママに聞くな!確認すな!
お母さんも困ってるだろうが! 早くこの場は去ってくれとばかりに佐々木さんにアイコンタクトを送ってたんだけど…。
「本当、お似合いですよ〜。そう言えば先週のふわふわドレスもお似合いでしたよ」
え?先週って見てたんですかあなた達??
さーっと血の気が降りるってこう言うことを言うんですね…笑顔が固まってしまったよ。
「あの時も翼が椿先生だって言って教えてくれたんですけど、ちょっとイベントみたいだったから、お声をかけるのを止めたんですよ。今日はイベントはないんですか?さっき、撮影会をされていましたよね?」
だったら声なんかかけないでくださいって言いたかった。
「え…いえ…その…撮影会とかイベントなんて言う大それた物なんてありませんけど…」
あ……そうだったわ、この佐々木さんって人よりもワンテンポ遅れてる無自覚天然のほほんママさんだったって事をすっかり忘れてた。
この後、私達は壊れた機械のように「おほほほ」「まあ、恥ずかしいですわ」なんて寒イボが走るよな言葉を繰り返してた。
また幼稚園でね〜なんて言って手を振った私は、後ろを振り向いた。
「里見。京子。コートでも良いからSPから調達してくれない?あんた達だけ上着来てるのはずるいでしょ!でないと、友情の絆をぶった切る!ついでにこのホテルランチ優待券もな」
えー似合ってるのにとぶーぶー二人には言われたが、執事の格好をしている京子と魔法少女の格好をしている里見はすでに舞台度胸みたいなもんが付いているから、後ろの集団の撮影会にも笑顔で返しているけど、にわか女優の私にはそんな京子みたいな度胸も里見みたいな胸もない。
恐るべし上流世界。渋々SPから差し出された薄手のコートを奪うようにして羽織った。はぁ〜これで少しは落ち着ける。
はぁぁ…夏休み明けにどうやって職場に行けって言うのよ。
明後日から始まる幼稚園の新学期。
ただでさえ、憂鬱だって言うのに…。
翼くんのお母さんが不慮の事故で天国に召されたのを次の日の朝刊で知った。